第十一話 「間」
増床部の吹き抜けは、三階分の高さがあった。天井近くに、来賓の目を引くためのガラス窓が並んでいる。式典の内覧コースは、その真下を通る設計になっていた。
冴が到着したとき、黒木のドローンはすでに吹き抜けの上部を巡回していた。モニターには、施設のどこかから迷い込んだムクドリの小さな群れが表示されていた。数は、十数羽。
「内覧まで、十五分です」
担当者の声が、無線から聞こえた。
群れは、吹き抜けの上部で旋回していた。出口を探しているようにも見えたが、まだ定まっていない。
黒木がモニターを確認し、無線に言った。
「ドローンで誘導します。北側の開口部へ」
冴は、疾を腕に乗せたまま、吹き抜けの下で群れを見上げていた。
風が、上から下へ緩く流れていた。天井の換気口が開いているのだろう。群れは、その風に沿って少しずつ高度を下げ始めていた。
北側の開口部は、群れの現在位置から見て遠い。ドローンが誘導すれば、理屈の上では届く。だが群れは、下がり始めている。このまま下がれば、来賓の通るコースの真上——ガラス窓が近い、視界の悪い一角に入り込む可能性があった。
黒木のドローンが動き出した。北側へ向けて、群れを押すように飛行を始める。
「今のうちに、疾を出しましょう」
黒木が、冴に言った。
「北へ押します。如月さんは、群れが崩れたところを刈り取ってください」
冴は、動かなかった。
群れの隊列を見ていた。風の流れを見ていた。疾の姿勢を見ていた。
群れは、ドローンの動きに反応して、わずかに乱れ始めていた。だが、北側ではなく、南——ガラス窓側に寄ろうとする個体が、数羽出ていた。
「如月さん」
黒木の声が、少し強くなった。
「今だろ」
冴は答えなかった。
風。群れの隊列。ガラス窓までの距離。疾の重心。
今、疾を放てば、群れは驚いて散る。だが、散る方向はドローンの意図通りにはならない。南側に寄っていた数羽が、パニックになってガラス窓の方へ突っ込む可能性があった。
「如月」
黒木がもう一度、名前を呼んだ。
冴は、動かなかった。疾も、腕の上で動かなかった。
群れが、さらに下がった。南側の数羽が、隊列から離れかけた。
一秒。
二秒。
黒木のドローンが、なおも北へ押し続けている。群れの大部分は、それに従いかけていた。だが、南へ逸れかけた数羽が、まだ揺れていた。
三秒。
風の流れが、わずかに変わった。天井の換気口の角度が、外の風に押されて動いたのかもしれない。上から下へ流れていた風が、一瞬、横へ抜けた。
南へ逸れかけていた数羽が、その風に押されるように、向きを変えた。北側の群れへ、吸い込まれるように戻っていく。
隊列が、一つにまとまった。
冴の指が、動いた。
「疾」
疾が、腕を離れた。
低く、まっすぐに、群れの下を抜けるように飛んだ。旋回はしなかった。一直線に、群れの下から突き上げるように迫った。
群れは、驚いて一斉に高度を上げた。まとまったまま、北側の開口部へ向かって流れていった。ガラス窓には、一羽も近づかなかった。
開口部の外へ、群れが抜けていく。
疾は、大きく旋回して戻ってきた。冴の腕に、静かに降りた。
吹き抜けの中に、静けさが戻った。
黒木は、モニターを見たまま、しばらく動かなかった。それから、冴の方を見た。
「……今のは」
冴は、すぐには答えなかった。腕の上の疾を、一度見た。
「風が、変わるのを待っていました」
「予測できたのか、それを」
「いいえ」
冴は疾を見た。
「まだ、放つ時じゃなかった。それだけです」
黒木は、何も言わなかった。ただ、モニターの記録を、もう一度見返していた。
担当者が、少し遅れて到着した。
「今、何か、ありましたか」
「いえ」
冴が答えた。
「何も」
内覧のコースには、鳥の姿はどこにもなかった。来賓が、まもなくその下を通る。




