47.
……夜、奉太郎は幼なじみである、塩尻みさおの家を訪ねていた。
みさおの実家は、駅前にある喫茶店【あるくま】。
レトロな雰囲気の、小さな喫茶店である。
ここへ来るのは本当に久しぶりだった。
記憶の中にある、あるくまと、同じ店構えをしている。
扉に手をかけて、小さく……深呼吸をした。
後ろに下がろうとする足を、しかし、気合いで前に進める。
からん、とドアベルの音がする。
暖色系のあかりに照らされた店内。
赤いふかふかのクッションがあちこちに置かれている。
「え……? 奉太郎君……?」
彼を出迎えたのは、みさおの父だった。
少し癖のある黒髪、優しげなまなざし。
「お久しぶりです。聡太さん」
「うん、久しぶり」
みさおの父、聡太に挨拶をする奉太郎。
「……本当に、久しぶりだね。真二郎が死んで以来か」
阿智 真二郎。
奉太郎の父の名前だ。
……もうすでに父は他界している。
だから、本当は名前すら聞きたくなかった。
ここに来れば、聡太の親友である、真二郎の、父の名前が出るのはわかっていたから。
だから……ここへはこなかったのだ。
「そうですね」
「そっか……。みさおに会いに来てくれたのかな?」
「はい。居ますか?」
「もうちょっとで部活から帰ってくると思うから。ちょっとコーヒー飲んで待っててよ」
「はい、いただきます」
聡太は奉太郎を、店内の端にあるソファ席に座らせる。
「詩子も君に会いたがってるよ。遅くまで居られる?」
詩子というのは、みさおの母の名前だ。
今は外出してるらしい。
「みさおと会ったら、すぐに帰ります」
「そっか……わかったよ」
残念とは言わなかったものの、落胆してるのは見て分かった。
だから……。
「また来ます。今度は、ちゃんと事前に連絡してから」
奉太郎の言葉に、聡太は目を丸くする。
「そっか……うん。いつでも待ってるよ」
……そんな風に言えるようになる日がくるとは思わなかった。
この店は、奉太郎の過去が詰まっている。
死んでしまった両親との思い出がある。
だから、この店にはなるべく近づきたくなかった。
塩尻家とは距離を置いてしまっていた。
……でも、奉太郎は決めたのだ。
前に進むと。
そのために、奉太郎はみさおに……元カノに会いに来たのである。




