結果はお前の手で掴め。書き続けろ
書いたから当たり前に評価されると思うな。勝手に落ち込む原因にしかならない。
評価とか、閲覧数とか、拾い上げとか。いろんなものに期待する。ダサい。やめろ。実力で勝負するほかない。人を頼るな。自分の手で結果をつかめ。
コンテストにしろ公募の小説大賞にしろ、戦う場はいろいろある。エッセイだって書ける。書ける力があるのにそれを研磨せず、「書きました、いい評価だけください、結果は読者が決めるから読んで高評価お願いします」ってのはおかしな話。
なにと戦ってどうなりたいのか。それが弱いからそんな考えになる。
なにと戦うのか。
物を書くとき戦う相手は自分。いかに自分と向き合うか。いかに妥協せず、苦しくても書き抜くか。書き抜いたものを自分で削って、磨き上げて、清書するときに「伝われ伝われ、読んでくれ」と念じながらボールペンで1文字1文字書き上げる。
媚びるな。媚びてるうちは戦ってない。顔色をうかがうんじゃない。
どうなりたいのか。
今の朝から晩まで書き続ける生活を、老人になっても続ける覚悟があるのか。書いたものが評価されない、酷評される、馬鹿みたいな批判を受けることもある。それを含めて、そこに負けない気持ちを持って書けるか。そこまでして書いて生きていきたいのか。無理と思うなら別の道に行け。
書いて生きていきたいなら、自分の手で結果をつかまなければならない。
毎日代わり映えしない生活の中だからこそ、小さな違和感は落ちてる。風に当たり、季節の空気に触れ、空を眺め霧の中を歩き、日々鳴り響く生活音に耳を澄ませろ。小さなものの中にこそ、大きな世界が広がってる。
結果を出すためには、自分だけが中心で物を書くと形にならない。散らかった文章は品がない。
一歩引いてすべてを完結させろ。手で書いて目で見て、頭で考えて、離れた位置に座れ。
真ん中に座って自分が主役で、こうなんだああなんだと口やかましく詰め込んで書くと、ただの主張になる。成立しない。そんなものは誰も読みたくない。自分がワクワクしないと面白くないかもしれないけど、自分だけがワクワクしてもしょうがなかろう。
なにをどう伝えるか。どこでどう大きな表現を持ってくるのか。平坦な小説ほど、面白くないものはない。100枚書くなら、大波小波を作れ。結果を出すためになにが必要なのか、しっかりと把握して書き始めろ。そして結果をつかめ。書き続けろ。
結果は人がつけるもの。その結果を手繰り寄せるのは自分。己の手で結果をつかめ。




