なにを見るべきか忘れたら
才能があれば苦労してない。ネタがないのはお前の目が節穴だから。今自分がどこを見てるか自覚しろ。
ネタがない。才能もない。どうしていいかわからない。
なにを見るべきかわからない。
今お前はどこを見てるんだ。遠くのきれいな景色を見たり、映画の劇的な展開ばかり見てるんじゃないのか。お前が見るべきは、外じゃない。手の中なんだよ。
作家は経験したことしか書けない。
こんな話を聞いたことがある。
その通りだと思う。経験は大事で、それを基にしないと書けないタイプの人間だと自覚しているじゃないか。
だから異世界に行くことはできないし、転生もできない。悪徳令嬢にもなれなければ、ざまぁみたいな話も縁がない。だから書けない。勇者になった経験も、魔王にあこがれたこともない。誰しもが感動するような壮大な恋愛も経験してないし、いじめは受けたけど反撃はしてないからスカッとするようななにかも書けない。
お前は何年ゼルダをやってるんだ。時オカを年10回近くクリアし続けていたような時期もあるのに、勇者と魔王の話は今まで1回たりとも書いたことがない。二次創作でも書こうともしなかった。
スタフォも何年やってきたんだ。何度アーウィンに乗ってスターウルフとデートして、アンドルフの脳みそと眼球を撃破してきたのか。数えきれないデートと破壊の末、SFが書けたのか。書けなかっただろ。そういうことなんだよ。
無いものなんて、誰でもいっぱいある。無いものねだりをしてなにを生むのか。わがままで醜い気持ちが顔を出すだけなんじゃないのか。
なにも思い浮かばない、なにも書けないときだからこそ、手の中になにがあるのかを見ろ。書き始める前に終わりが見えてないと、締りのない話しになる。まずゴールが見えて、それから。
外部から受けた刺激で書いてもいいけど、そこが重心になると途中で詰まりやすい。勢いで書いたものには齟齬が出やすいし、無理やり感も出やすい。
外部からの刺激でネタが出来たら、手の中に入れて自分なりに消化してからじゃないと書いちゃダメ。駄作を生む。
なにを見るべきか。まずは手の中。それがだめなら足先と内臓。家の中を見る。人を見るな。動物を見ろ。喋るものは参考にするな。それに染まる。自分の目で見て、自然の音を聴け。触れてみて、納得するまで観察しろ。
大きな話ほど、長い小説ほど、ヒントは自分の中にある。
答えはいつも手のひらの中に。ネタはいつも、生活の中に。耳を澄ませ、見えるもの全てからなにかを搾り取れ。




