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『壊れた魔導具は嘘をつかない』 〜「未来を作れない」と婚約破棄された令嬢は、辺境の修理工房で声なき声を聴く〜  作者: たつき


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7/9

父の懐中時計

 祭り用の古い吊り灯は、七つ目まで直して、八つ目に取りかかったところだった。


 灯火祭まで、あと四日。〈つぎはぎ屋〉の作業台には、町内会から預かった旧式の魔導灯が列を作っている。


 百年続く祭りだけあって、灯具も年代物が多い。磨けば灯るもの。笠の油紙を張り替えるもの。魔力線の繋ぎが甘いもの。


 一つずつ確かめては点し、消し、次へ移る。


 灯具を持ち込んだ町内会の年配は、預けるとき、しみじみと言った。


「あんたの祖父さんも、毎年これを直してたよ。祭りの前だけは、店を閉めてでもね」


 それなら、と引き受けた仕事だった。二十の吊り灯は、つまり祖父が二十年直してきた灯だ。手順の癖が、あちこちの補修痕に残っている。


 答え合わせをしながら進むようで、捗った。


 単調で、静かで、いい仕事だった。手伝いに来ているミアが、点いた灯を数える係を勝手に引き受けている。


「八つ! あと十二!」

「数えると増えた気がするから、やめてほしいのだけれど」

「二十って言うと、おばあちゃんは『あら少ない』って言うよ」


 祭りの前は、どこの家もそんな調子らしい。ミアは今日も灯籠行列の練習帰りで、頬がまだ上気していた。


 八つ目の灯が行儀よく点ったのを見届けて、ミアが帰っていったすぐあと、戸口の鈴が控えめに鳴った。


 入ってきたのは、二十代半ばの女性だった。仕立てのいい外出着に、疲れの染みた目元。胸の前で、小さな布包みを抱えている。


 戸口で一度ためらい、看板をもう一度見上げてから、ようやく敷居をまたいだ。


「あの……修理を、お願いしたくて」


 包みから出てきたのは、古い懐中時計だった。


 銀の蓋には細かな傷が無数に入り、竜頭は磨り減って丸い。鎖の環は二度ほど付け替えられている。


 長い年月、毎日、同じ人のポケットで生きてきた時計だ。


 蓋を開けると、針は四時十二分で止まっていた。


「父のものなんです」


 女性は、ぽつりぽつりと話した。


 父は、この町で長く建具屋をしていたこと。二年前、店を継ぐ、継がないで大喧嘩をして、彼女は隣町の仕立物の工房へ勤めに出たこと。


 それきり、父とは必要な話以外していないこと。


 その父が――明後日の朝、この町を出る。店はもう畳んだ。親戚のいる土地で暮らすのだと、本人からではなく、人づてに聞いた。


「昨日、急にうちへ来て、これだけ置いていったんです。何も言わずに」


 荷物の整理で出てきたのだろう、壊れた時計を一つ、卓の上に。


「……捨てろって意味なのか、持っていろって意味なのかも、分からなくて」


 直せば、何か分かる気がしたんです。そう言って、女性は目を伏せた。


 リーゼは時計を受け取り、状態を確かめた。四十年ほど前の携帯式。竜頭の巻きは重く、耳を近づけると、歯車が噛みかけては空回りする微かな音がする。


 摩耗が進んでいて、分解整備が要る。部品は――祖父の抽斗に、同じ系統の型があったはずだ。頭の中で工程を並べる。


 けれど、直せる。それは確かだった。


「お預かりして、明日にはお渡しできます」

「……お願いします」


 女性が帰り支度をするあいだに、リーゼは右の手袋を外し、裏蓋の内側へ指先を添えた。


 ――流れ込んでくる。


 まず、幾重にも重なった、同じ人の魔力の癖。穏やかで、変わらない気配が、何十年ぶんも積もっている。


 その奥に。


 重い、〈後悔〉。


 怒りのように熱くはない。恐怖のように鋭くもない。同じ場所を、ゆっくりと巡りつづける、石臼のような感情だった。


 (……何を、後悔しているの?)


 それが、分からない。娘との喧嘩か。家業のことか。それとも、もっと別の何かか。感じ取れるのは感情の重さだけで、中身までは伝わってこない。


「……どう、ですか」


 女性の声に、リーゼは顔を上げた。


「直せます。歯車を三枚替えて、油を差し直せば、また動きます」


 女性の肩から、わずかに力が抜けた。


「おいくら、ですか」


 リーゼは部品代と手間賃を伝えた。仕立物の工房勤めに無理のない額のはずだが、女性は金額を聞いていないような顔で頷いた。


 値段の話をしに来たのではないのだ、この人は。



 アルベルトが工房へ顔を出したのは、その日の夕方だった。祭り前の監査は今日で一区切りらしい。


 彼は挨拶より先に作業台の時計へ目を留め、検査器を取り出した。


「借りるぞ」

「どうぞ」


 触針が時計をなぞる。読み取りを二度繰り返して、彼の眉が寄った。


「……これも、か」


 差し出された記録紙を、リーゼも覗き込む。薄い。オルゴールのときよりずっと薄い。だが、あの気味の悪いほど均一な波形が、確かに出ている。


「この時計、供給網には」

「繋がりません。携帯式です。巻いた魔力だけで動く型ですから」

「持ち主は」

「この町の建具屋さんです。長く、この町で」


 アルベルトは記録紙の端へ、時計の型番と日付を書き付けた。オルゴール。そして、この時計。繋がっていないはずのものが、二件。


 一件なら、偶然と呼べた。二件目からは、呼び方を探さなくてはならない。


 リーゼは作業台へ戻り、摩耗した歯車の一枚目を、そっと外した。


 その瞬間。


 指先の奥で、あの重い後悔が――ほんのわずか、薄くなった。



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