↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『壊れた魔導具は嘘をつかない』 〜「未来を作れない」と婚約破棄された令嬢は、辺境の修理工房で声なき声を聴く〜  作者: たつき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/20

残すもの、替えるもの

 送出は、完全に止められた。


 それでも亀裂は、もう戻らない。百年働き続けた塔の中核は、次に大きな波が来れば砕ける。そして供給網が生きている限り、波は必ずまた来る。


 検分と議論は、夜を越えた。


 夜明け前の塔の前で、選択肢は二つに割れた。


 すべて残すか。


 すべて替えるか。


 技術局の出張所から駆けつけた技師たちは、全面交換を主張した。正しい判断だ。旧式の中核と機構をすべて撤去し、新型に据え替えれば、塔は今日の何倍も安全になる。


 けれど、それは。


 報せを聞いて集まってきた町の人たちが、塔を見上げて立っていた。


「……塔を、壊すのかい」


 誰かが言った。責める声ではなかった。ただ、途方に暮れた声だった。


 この塔は、百年、町の灯りだった。祭りの記録も、初点灯の日の刻銘も、町の歴史そのものが、あの石と機構の中にある。


 昨夜、光の中を歩いた亡き人たちの残響も。


 リーゼは、塔を見上げた。


 以前の自分なら、迷わず言っただろう。全部残しましょう、直せますから、と。


 いまは、その言葉を選ばない。剣を元に戻さなかった。時計の痕を消して渡した。


 直せることと、残すべきことと、替えるべきことは、全部別の話だと、この町での日々が教えてくれた。


 リーゼは塔の中へ戻り、歯車の森を、一つずつ確かめて歩いた。アルベルトは口を挟まず、灯りだけを掲げて後をついてくる。


 手袋を外し、機構の一つひとつに触れる。どれに重なりが濃く積もっているか。どれがまだ軽いか。


 アルベルトの検査器が、その読みを一つずつ数値で裏取りしていく。残響の指先と、修復師の目と、物理の数字で、選り分けていく。


 百年の記録が刻まれた記録機構。祭りの度に回されてきた祝いの灯りの装置。町の歴史を抱えた外装と刻銘。


「――ここは、残せます」


 そして、蜘蛛の巣の亀裂が走った中核。波を掛け算していた、あの安定機構。


「でも、ここは替えます」


 振り返って、リーゼは続けた。


「中核は新型に。安定機構は撤去します。記録機構と外装は、中核から切り離して残す。……古いところと新しいところの間には、繋ぎを作ります。周期がそのまま伝わらないように」


 アルベルトは、すぐには頷かなかった。


「外側を残したまま、本当に安全にできるのか」

「できます」


 即答だった。我ながら、即答だった。


 アルベルトは検査器を出し、リーゼの示した切り離しの箇所を、一つずつ数値で当たっていった。長い検分だった。


 町の人たちも、技術局の技師たちも、その背中を待った。


 やがて、彼は検査器を仕舞った。


「――分かった」


 一拍。


「君の判断でいこう」


 初めて会った日、この人はリーゼの「直せます」を止めた。あの日から、まだいくらも経っていない。



 作業は、丸一日かかった。


 新型中核は、隣町の技術局出張所から夜のうちに運ばれてきた。祭りを控えたこの季節、塔の急な故障に備えて、標準交換用の中核が一基、保守部品として備蓄されていたのだ。


 荷馬車二台がかりの、大きな旅だった。


 アルベルトは新型中核の据え付けと出力の設定、送出周期の一時変更、安全停止の手順。技術局の技師たちが、その指示で動いた。


 リーゼは、記録機構の切り離しと、歴史部分を残すための接続の加工。そして、旧式側へ周期が伝わりにくくするための、仮の中継部品。


 祖父の部品棚から選び出した古い緩衝素子を削って、新旧の境目に、一つずつ挟み込んでいく。


 途中から、技術局の技師たちが持ち場の合間にリーゼの手元を覗きに来るようになった。


 設計図のない旧式回路を迷いなく切り分けていく手際は、彼らの教本のどこにも載っていない。


 塔の外では、町の人たちが勝手に持ち場を作っていた。荷運びを買って出る若い衆。昼には炊き出しの鍋が出て、日が落ちると、縄の外から手提げの灯りが作業場を照らした。


 ミアは人垣の最前列で、飽きもせずに二人の出入りを数えていたらしい。


 休憩のたび、誰かが茶を押し付けてくる。断る間もない。この町の人たちは、塔を直す手を、もう「お役人と修理屋」とは呼んでいなかった。


 どちらが欠けても、この形にはならなかった。全部残すのでも、全部捨てるのでもない。古いものと新しいものの間に、正しい繋ぎ目を作る。


 夕暮れ。


 新しい中核が、初めての鼓動を打った。


 送出が始まる。歯車の森は、もう軋まない。切り離された記録機構は静かに眠り、外装の刻銘は夕陽を受けて、昨日までと同じ顔で町を見下ろしていた。


 町のどこからも、もう光の人影は立たない。残響顕在化は、潮が引くように収まっていた。


 塔の前で、町の人たちから、拍手とも安堵ともつかない息が漏れた。


 その輪の外で、アルベルトが静かに言った。


「塔は直った」

「……はい」

「原因は、直っていない」


 リーゼは頷いた。分かっていた。


 波の源は、この町の塔ではない。中央供給網が生きて脈打つ限り、あの微かな波は、王国中の旧式魔導具のそばに、今日も届き続けている。


 この町は、たまたま拡声器を抱えていたから、十五年ぶんの請求書が早く届いた。それだけのことだ。


 では、他の町では。王都では。


 考えかけたリーゼへ、アルベルトが向き直った。


「リーゼ・アルトマン」


 急に姓ごと呼ばれて、背筋が伸びた。


「この件は、町の修理工房が抱えていい範囲を超えた。技術局へ正式に報告する。……その上で、局へ具申する。今後の調査に、君の協力が要る、と」

「私、ですか」

「旧式回路をこれだけ読める技師を、俺は他に知らん。それに」


 彼は、少しだけ言葉を探した。


「……それに、の続きは、具申が通ってからだ」


 実感は、まだ湧かなかった。ただ、悪い気は、しなかった。



 片付けの最後に、それは見つかった。


 切り離した記録機構を納め直そうとした壁際に、旧い点検箱が埋め込まれていた。錆びた蓋の中には、歴代の点検票の綴り。


 管理人も存在を忘れていたという、百年ぶんの紙の地層。


 何気なく繰っていたリーゼの手が、止まった。


 十五年前の日付。


 見慣れた、癖のある右下がりの字。


 署名――『アルトマン』。


「……お祖父様?」


 頁には、図が描かれていた。塔の中核の、回路の損傷図。細かな亀裂の入り方まで、今日リーゼたちが見つけたものと、酷似している。


 図の余白に、短い走り書き。


 『接続の有無ではない』


 その次の行。


 『周期を調べること』


 十五年前に。


 自分たちがこの数日でようやく辿り着いた場所に、祖父は、とうに立っていた。


 綴りを遡ると、祖父の字は何年ぶんも続いていた。毎年の点検。細かな注意書き。塔を診てきた技師の、几帳面な記録。


 この人は、ただの町の修理屋として、十年以上この塔へ通っていたのだ。


 そして、十五年前のこの頁。


 震える指でめくった綴りの端に、もう一つ判が押されていた。見覚えのない、双頭の鷲の印章。


 覗き込んだアルベルトの顔色が、変わった。


「……技術局の、受理印だ」

「受理って」

「この報告は、十五年前に、王立魔導技術局へ正式に提出されている。受け取られて、記録されている。――それなのに」


 それなのに。


 少なくともこの塔に、対策の痕跡は残っていない。


 祖父は気づいていただけではない。調べ、まとめ、届けていた。国はそれを、確かに受け取っていた。


 そのあと、何があったのか。あるいは、何がなかったのか。


 誰が受け取り、何を判断し、どうして十五年間、この紙は錆びた箱の中で眠っていたのか。


 もう一つ、リーゼの胸に刺さったことがある。受理印のあるこの頁を最後に――綴りから、祖父の字が消えていた。


 翌年も、その翌年も、点検票は別人の簡素な記入に変わっている。十年以上通った塔に、祖父はそれきり、記録を残していない。


 残さなかったのか。残せなかったのか。


 夜の入り口の塔の中で、リーゼとアルベルトは、答えの代わりに互いの顔を見た。


 町の異変は、終わった。


 もっと大きな何かが、いま、始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。