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『壊れた魔導具は嘘をつかない』 〜「未来を作れない」と婚約破棄された令嬢は、辺境の修理工房で声なき声を聴く〜  作者: たつき


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13/18

町じゅうから、声がする

 前の晩、二人が駆けつけたときには、塔の脈動は収まりかけていた。


 夜が更けると、供給網の送出は自然に下がる。それに合わせるように、明滅は間遠になり、町の古いものたちのざわめきも、潮が引くように静まった。


 塔の管理人は寝間着のまま出てきて、何も異常は出ていない、と首をかしげた。塔の計器の上では、確かに何も起きていなかったのだ。


 だから、翌日。


 管理人と役場の立ち会いのもと、原因調査のための再出力試験が行われることになった。


「出力は普段の半分以下に絞る。上げ方も、階段状に少しずつだ」


 塔の入り口で、アルベルトは計画を並べた。町のあちこちには検査器を置き、リーゼは塔のすぐ外で、古い魔導灯を三つ並べて様子を見る。


 何かが起きるなら、まず弱いところに出る。壊れる前に止める。そのための、慎重に慎重を重ねた試験だった。


 試験にあたって、アルベルトの手配は徹底していた。


 塔を中心に二筋ぶんの通りを完全に封鎖。


 周辺の家には旧式魔導具から離れているよう触れを回し、集合住宅の住人と年寄り、子どもは、大事を取って町外れの役場の広間へ移した。


 ミアと祖母もそこにいる。オルゴールだけは置いてこられなかったらしい、と役場の使いが苦笑いで報せてきた。


「昨日と同じ規模なら、これで人には届かない」


 届くのは魔導具まで。そのはずだった。


 リーゼは手袋を嵌め直し、並べた魔導灯の前に膝をついた。昨夜、触れずに聴こえた。今日も同じことが起きるなら、真っ先に気づくのは検査器ではなく、たぶん自分だ。


「合図をしたら、即座に戻す。いいな」


 アルベルトが管理人へ念を押す。管理人は、緊張の面持ちで頷いた。


 昼下がり。


 管理人が、送出の栓をゆっくりと開けた。


 最初の一段は、何も起きなかった。


 二段目も。


 三段目――普段の半分に届くかどうか、というところで。


 リーゼの足元で、並べた魔導灯が三つ同時に、かたかたと鳴った。


「アルベルトさん!」

「見えている。……おかしい。この出力でこの共鳴は、計算に合わない」


 検査器の針が跳ねていた。送り込んだ魔力は僅かなのに、塔から返ってくる波が、桁違いに大きい。


「止めろ! 送出を戻せ!」


 アルベルトが叫び、管理人が栓へ飛びつく。


 遅かった。


 塔の内部で、何かが深く、長く、鳴った。鐘の音にも似た、けれど耳ではなく骨に届く共鳴だった。


 そして――町が、光った。



 最初に見えたのは、路地の人影だった。


 淡い光でできた、輪郭だけの人。買い物籠を提げて、二歩歩いて、消えた。


 誰もいない広場の隅から、子どもの笑い声が弾けた。閉まっているはずの古い魔導具店から、何十年も前の型の宣伝の音楽が流れ出す。


 どこかの窓辺に、その家で昔暮らしていたらしい誰かの後ろ姿が、一瞬だけ座っていた。


 そして、旋律。


 広場の櫓のまわりを、光の帯が巡りはじめた。手を繋いで踊る人々の残像。屋台の呼び込み。歓声。


 笛の音。今年はまだ開かれていないはずの――灯火祭。


 いや。


 今年の、ではない。


 踊っている人々の服装が、古い。何十年も前の仕立てだ。その向こうには、もっと古い装束の一団が重なって、さらにその奥にも、別の年の祭りが透けている。


 百年ぶんの灯火祭が、一度にほどけて、町へ溢れ出していた。


 封鎖線など、現象は素通りだった。二筋どころではない。町の端から端まで――あれだけ引いた安全線を、光と音は軽々と越えて広がっていく。


 人に届かないはずの試験が、町中の空へ届いていた。


 大きな男の肩の上で、小さな子どもが灯りを指さして笑っている。あの影は、誰だろう。誰でもあり得る。


 この町で祭りを見上げたことのある、すべての誰かだ。


 町外れの役場でも――後で聞いた話だ――ミアの腕のオルゴールが、ひとりでに蓋を震わせて鳴りはじめたという。


 誰も竜頭を巻いていないのに、あの子守唄を。ミアは怯えず、抱えた箱に頬を寄せていたらしい。


 触れを破って通りへ出てきた町の人たちは、立ち尽くしていた。悲鳴を上げる人は、思ったより少なかった。


 それが「怖いもの」ではないことが、たぶん、見れば分かるからだ。


 亡くなった人の影が、灯りの中を横切っていく。


 封鎖線の向こうの通りで、腰の曲がった老人が、光の中のひとつの影へ向かって、掠れた声で名前を呼んだ。


 影は振り向かない。ただ、若い娘の仕草で笑って、別の影と連れ立って、祭りの奥へ歩いていった。


 老人は追わなかった。帽子を脱いで、胸に当てただけだった。


 ――彼らに見えているのは、光と音だけ。


 リーゼは、違った。


 喜び。


 寂しさ。


 恋。


 怒り。


 別れの痛み。再会の泣き笑い。産声を待つ夜の祈り。とうに亡くなった誰かの、とうに忘れられた片想い。


 百年ぶんの感情が、一斉に、彼女の中へ流れ込んできた。


 触れてもいないのに。防ぐ術もなく。


 一つずつなら、読める。オルゴールの恐怖も、剣の安堵も、時計の後悔も、一つずつだったから、受け止められた。


 これは、多すぎる。


 膝が、石畳についた。音が遠い。自分の呼吸の音だけが、妙に近い。町じゅうの声が、他人の人生が、器を超えて注ぎ込まれてくる。


 自分がどこまでで、どこからが他人の感情なのか、境目が溶けていく――


「リーゼ!」


 名前を、呼ばれた。


 聞き覚えのある声。でも、返事の仕方が思い出せない。


 手首を、強く掴まれた。


「リーゼ。俺を見ろ」

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