灯火祭の出力試験
二十個の吊り灯を、すべて町内会へ納め終えた朝だった。
広場では、櫓の組み上げが仕上げに入っていた。リーゼの直した吊り灯は、その櫓から通りへ、蔓のように渡された綱へ吊られていく。
受け取りに来た年配は、一つずつ検分して、最後に目を細めた。
「祖父さんの直しと、見分けがつかんね」
たぶん、今年いちばん嬉しい褒め言葉だった。
灯火祭は、明日。今日は昼前から、町の魔導塔で出力の試験がある。
祭りの夜は町中の魔導灯を一晩中ともすから、塔の送出をいつもより一段高くして、備えを確かめるのだという。
百年続く祭りの、毎年の手順らしい。
「昼前に灯りがちょっと揺れるが、驚きなさんな」
年配はそう言って、慣れた口ぶりで笑った。毎年の、見慣れた揺れ。誰も気に留めない、恒例の行事。
アルベルトは朝から塔だった。点検記録を見せてもらう手筈をつけたと言っていたから、試験はちょうどいい機会なのだろう。
別れ際、彼はいつもの調子で「今日は素手で回路に触るな」と言い置いていった。監査官の小言というより、もう半分は口癖である。
リーゼは工房へ戻り、卓を片付け、祭りのあいだに持ち込まれそうな修理の道具を揃えていた。町の浮き立ちは、今日が一番かもしれない。
窓の外を、飾りを抱えた人が何人も通っていく。どこかの家から、灯籠行列の練習の笛が聞こえる。
昼前。
天井から下がる工房の魔導灯が、ふ、と一瞬だけ明るくなった。
(……出力試験)
塔の送出が上がったのだ。灯りはすぐ普段の明るさへ戻る。年配の言った通りの、毎年の揺れ。
戻ったはずなのに、リーゼの耳の奥に、何か細い違和感が残った。
棚の上の古い部品箱が、鳴った――ような。
箱の中身は、壊れた部品ばかりだ。鳴る道理がない。リーゼは手を止め、棚へ近づいた。耳を寄せる。
何も聞こえない。気のせいと呼ぶには、指先が覚えている。あれは、残響が身じろぎをしたときの、あの感触に似ていた。
触れてもいないのに。
確かめる間もなかった。
戸口が乱暴に開いて、ミアが飛び込んできた。
「リーゼお姉ちゃん!」
息が切れて、言葉が続かない。頬に汗が伝っている。
「アンナの家! 変な音がして、廊下が煙くさいの! おうちの人が、火事になるって……!」
工具鞄を掴むのと、駆け出すのは、ほとんど同時だった。
祭りの支度で賑わう通りを、ミアの背中を追って走る。すれ違う人の吊るした色硝子が、場違いに綺麗だった。
角を二つ曲がると、もう匂いが分かった。樹脂の焦げる、嫌な匂い。
現場は、町の南側にある古い集合住宅だった。ミアの友だち一家を含めて、六世帯が暮らしている。
着いたときには、住人が総出で建物の外に出ていた。煙は、二階の共用廊下から薄く漏れている。
「暖房です! 二階の!」
叫ぶ住人へ頷いて、リーゼは階段を駆け上がった。
二階の廊下の奥、備え付けの旧式暖房魔導具が、低い唸りを上げていた。火は、まだ出ていない。だが外装の継ぎ目が熱で変色し、焦げた匂いが漏れている。
魔力の流れが暴れて、内部で異常な熱を持っている音だ。
考えるより先に、手が動いた。壁の供給栓を回して閉じる。焼けた外装には触れず、工具の柄で本体の魔力遮断具を叩き落とす。
逃がし弁を開けて、こもった熱に道を作る。
唸りが、ゆっくりと細くなり、消える。
継ぎ目から漏れる熱気が、少しずつ薄れていった。
――間に合った。
膝の力が、一拍遅れて抜けそうになる。祖父の工房で暴走間際の炉を止めたのは、まだ十四のときだった。
手順は身体が覚えている。怖さだけは、何度やっても慣れない。
息を吐いたところへ、階段を駆け上がる足音がした。アルベルトだった。塔からここまで、走ってきたらしい。
「無事か」
「私は。……この子は、駄目です」
遮断した暖房を顎で示すと、彼は短く息を整えて、検査器を抜いた。
調べはじめてすぐ、住人たちが階下から口々に報せてきた。故障は、暖房だけではなかった。
同じ建物で、ほぼ同時に三件。
二階の旧式暖房魔導具。地下の共用給湯器。そして一階廊下の、古い魔導灯。
地下へ降りると、給湯器は湯を沸かす前に自分で止まっていた。安全弁が働いたのだ。開けてみれば、魔力管の付け根に、髪の毛より細い亀裂。
一階廊下の魔導灯は、灯ったまま消えなくなって、住人が布を被せていた。分解すると、点滅を制御する回路が焼き切れている。
暖房は十五年前の型。給湯器は二十二年前。魔導灯にいたっては、三十年以上前の代物だ。製造元も違えば、構造もまるで違う。
壊れた場所も、壊れ方の派手さも、ばらばらだった。
それなのに――アルベルトの検査器は、三台の故障箇所に、同じものを見つけていった。
内側から、少しずつ軋ませ続けたような、細かな亀裂。そして三台すべてに、あの気味の悪いほど均一な、新型供給網の魔力波形。
リーゼも、素手ではなく目と工具で確かめた。三台の壊れ方は、教本のどの故障例とも微妙に違う。
強いて言えば――長く重いものを提げ続けた紐が、ある日ふつりと切れる、あの切れ方に似ていた。
「暖房と給湯器は、供給網に繋がっています」
リーゼは指を折った。
「でも、この魔導灯は内蔵魔力石式です。繋がっていません」
オルゴールと、懐中時計と、同じだ。
アルベルトは検査器の記録紙を睨んだまま、低く言った。
「同じ供給線の故障じゃない。系統がばらばらだ」
「繋がっていない灯りにも、同じ痕がある。……線の故障なら、あり得ません」
二人で立てかけた仮説が、音を立てて崩れていく。接続の有無ではない。では、何なのか。
答えの代わりに、階下から住人の声がした。
「〈つぎはぎ屋〉さん! 直るのかい! 今夜も冷えるんだよ!」




