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『俺は本が読みたいだけ!! 〜恋愛小説を読んでいたいだけなのに、どうして俺がラブコメしてるんだ!?〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第93話 俺は本が読みたいだけなのに、どうして昨日のことを何度も思い出してしまうんだ?



 日曜日の朝、目を覚ました俺が最初に見たのは、机の上に置きっぱなしになっていた小さなノートだった。昨夜、公園から帰ってきて書いた一日の記録が挟まっている。いつもなら起き抜けに気になる本へ手を伸ばすのに、今日はそのノートを見ただけで、池の水面に映っていた木々の影や、隣で笑っていた雫の顔が次々と思い浮かんだ。


 窓の外には薄い雲が流れ、昨日より日差しが柔らかい。庭先から聞こえる鳥の声に耳を傾けながら、俺は布団を畳み、机の前へ座った。ノートを開くと、最後の一行に「一緒に見たり話したりした時間が一番印象に残っている」と書いてある。昨日の自分が書いた言葉なのに、今朝読み返すと少し照れくさかった。


(間違ったことは書いてないんだけどな。公園も店も本屋も楽しかったし、雫と話したことが一番覚えてる)


 自分の文章を他人に見せる予定はない。それでも、こうして読み返すと、何を感じていたのかがはっきり分かる。読書ノートも同じで、読んだ瞬間には気づかなかったことが、あとから見返して初めて分かる場合がある。俺はノートを閉じ、昨夜途中で止めた短編集を手に取った。


 今読んでいるのは、雨の日だけ窓辺に置かれる小さな紙袋の話だ。最初の数ページでは、主人公が商店街の一角で紙袋を見つけ、翌日の晴れた朝にはなくなっていることを不思議に思っていた。誰が置いたのかも、中に何が入っているのかもまだ分からない。俺は栞を抜き、窓際の椅子へ移って続きを読み始めた。


 ところが、登場人物が窓の向こうを覗こうとする場面で、ふと昨日の洋食店の窓を思い出した。向かいに座った雫は、料理を選ぶときに少し首を傾げ、オムライスが運ばれてくると嬉しそうに笑っていた。店の外を歩いていた親子のことまで思い出せるのに、今朝の朝食に何を食べようとしていたのかは、まだ考えていない。


(昨日のことを思い出すのはいいけど、さすがに本の続きを読んでるときまで気になるのか)


 苦笑してページへ視線を戻す。物語の中の主人公も、見慣れた商店街に一つ気になるものができたせいで、普段なら通り過ぎる窓を何度も見上げるようになっていた。偶然とはいえ、少しだけ今の自分に似ている気がする。俺は背もたれに体を預け、今度こそ文章を一行ずつ追い始めた。


     ◇◇◇


 朝食のあと、家の用事を一つ済ませてから、俺は近所へ少し歩きに出ることにした。昨日あれだけ公園を歩いたのだから今日は家で本を読んでいてもよかったが、窓から見える空が思いのほか穏やかだった。外の空気を吸って戻れば、読書にも集中できるだろう。


 家の前の道を進むと、平日には通学する生徒が行き交う角も、日曜日の午前中は静かだった。植え込みの葉には昨日の風で落ちた小さな枝が引っ掛かり、道端には乾いた落ち葉が集まっている。俺は歩きながら、昨日の公園で雫が足を止めた場所を思い返した。木の名前を示す札や、池に浮かんでいた鳥、ベンチから見えた水の模様。何かを一つずつ覚えようとしたわけではないのに、景色は思いのほか鮮明だった。


 しばらくすると、雫と何度か立ち止まった小さな花のある場所に着いた。花はまだ咲いているが、今日は風が少ないせいか、細い茎もほとんど揺れていない。俺は歩道の端で足を止め、葉の付き方を見た。昨日、駅から公園へ向かう途中で見かけた似た色の花とは、やはり形が違うように思える。


「名前が分からないままでも、こうして見に来るようになるんだな」


 声に出してから、近くに人がいないことを確かめた。花の名前を調べるなら図鑑や資料を使えばいいのだろうが、形の似たものが多い以上、曖昧な特徴だけで決めつけたくない。何より、名前を知ることだけが目的ではない。雫が見つけた花を、俺も気に掛けるようになったこと自体が、少し面白かった。


 その場を離れようとしたとき、スマートフォンが短く震えた。画面には雫からのメッセージが表示されている。昨日の外出のあとにも連絡を取り合っていたので、特別な用件ではないだろうと思いながら開くと、そこには一枚の写真が添えられていた。


『おはよう、春樹。昨日のことをメモ帳に書いてたら、池の近くの道をまた思い出しちゃった。帰りに撮った木の写真を見つけたから送るね。春樹も、今日はゆっくり休んでね』


 写真には、池の近くの散策路から見上げた木の枝が写っていた。雫がいつ撮ったのか、俺は気づいていなかった。画面の中には水面そのものは映っていないが、葉の間から差し込む光が、昨日の静かな空気を思い出させる。


『おはよう。写真ありがとう。ちょうど散歩に出てたところで、いつもの小さな花を見てたよ。昨日の公園のこと、俺も今朝から思い出してた。雫も無理せず休んでね』


 送信してから、俺は少し迷い、もう一文だけ付け加えた。


『池の道、また季節が違うときに歩いてみたいね』


 昨日も同じような話をしたはずなのに、改めて送ると少し緊張した。次の外出を今すぐ決めたいわけではないし、雫の予定を勝手に考えているわけでもない。ただ、あの場所をまた一緒に見たいという気持ちは本当だった。


 返事はすぐには来なかった。雫にも日曜日の用事があるだろうから、俺はスマートフォンを鞄へしまい、家へ向かって歩き出した。帰り道では、昨日まであまり気に留めていなかった木の影が目に入った。いつもの道も、少し違って見える。短編集の最初の話で主人公が感じた変化を、俺も少しずつ分かるようになっているのかもしれなかった。


     ◇◇◇


 雫は自室の机に向かい、春樹から届いたメッセージを読んでいた。朝からメモ帳を開き、昨日見た景色を思い出せる範囲で書き留めていたが、写真を見返したところで春樹にも送りたくなったのだ。返事を待つつもりで机へスマートフォンを置いたものの、通知が鳴るとすぐに手が伸びてしまった。


(春樹も、昨日のことを思い出してくれてたんだ)


 画面に並んだ文字を読むと、胸の奥が柔らかく温かくなった。とりわけ「また季節が違うときに歩いてみたい」という一文から、なかなか目を離せなかった。昨日、池のそばで春樹はまた来たいと言ってくれた。それだけでも嬉しかったのに、今日になっても同じ気持ちでいてくれることが、雫には大切だった。


 机の端には、春樹から借りている小さな町の喫茶店の小説が置かれている。まだ読み終えていない本を無理に急いで返す必要はないと言ってくれたから、雫は自分のペースで読み進めていた。物語の登場人物たちが少しずつ相手の考えを知っていく場面は、今の雫には以前より近く感じられる。


 雫は返事を打とうとして、指を止めた。「私もまた行きたい」と書くだけなら簡単だ。けれど、それだけでは伝えきれない気持ちがある。春樹と同じ場所を訪ねることだけではなく、これからも一緒に知らない景色を見つけたいと思っている。そう書けば、今まで隠してきた想いまでこぼれてしまいそうだった。


(今すぐ全部伝えなくてもいいよね。昨日だって、春樹は私の話をちゃんと聞いてくれたんだから)


 雫は一度スマートフォンを置き、メモ帳のページを開いた。そこには「また、二人で出かけたい」と書いた昨夜の一文が残っている。文字の形は少しだけ急いでいて、書いたときの高鳴りまで思い出せそうだった。雫はその下に「違う季節の池も見たい」と付け足してから、春樹への返事を打った。


『私もまた歩いてみたいな。春樹と一緒なら、違う季節の景色も楽しそう。今日は家で本の続きを読むつもりだよ』


 送信すると、肩の力が少し抜けた。窓の外では、近所の家から洗濯物を干す音が聞こえている。昨日は朝から服を選ぶだけでも緊張していたが、今日はこうして静かに本を読む時間がある。その落ち着きの中にも、昨日の楽しかった気持ちは消えずに残っていた。


 雫は喫茶店の小説を開き、葉の形をした栞をそっと抜いた。紙の端を傷めないよう指で押さえながら読み始めると、物語の中では、いつもの店へ来た客が新しい席に座ることで、見慣れた景色を違う角度から眺めていた。雫は思わず微笑み、窓の外へ目を向けた。昨日の自分も、春樹と一緒だったからこそ、昔好きだった場所を新しく見ることができたのだろう。


     ◇◇◇


 昼過ぎ、俺は短編集の続きを読んでいた。雨の日だけ窓辺に現れる紙袋について、主人公は何人かの店主に話を聞き、袋が置かれる時間帯に共通点があることを知る。中身を勝手に確かめるのではなく、持ち主や店の人の事情を考えながら調べようとする姿勢が、この短編集らしかった。


 最初の鉢植えの話もそうだったが、この本では小さな謎を解くこと以上に、謎の向こうにいる人をどう見るかが大切にされているらしい。俺は読書ノートを開き、まだ結末が分からないことを明記してから、途中までの感想を書いた。決めつけずに相手の事情を考えるところがいい、と短く残しておく。


 書き終えたところでスマートフォンを確認すると、雫から返事が届いていた。彼女も今日は本を読む予定らしい。俺は何となく嬉しくなり、読みかけの本の表紙を見た。雫が今読んでいる喫茶店の小説と、俺が読んでいる小さな謎の短編集。別々の場所で違う本を読んでいても、あとから感想を話せるのだと思うと、読む時間が少し楽しみになる。


(昨日はずっと一緒にいたけど、今日はそれぞれ好きなことをしてる。それでも話したいことが増えるんだから、面白いな)


 俺は本を閉じずに机へ置き、少しだけ考えた。雫が借りている小説は、まだ結末まで読んでいない。先の展開を話してしまえば楽しみを減らしてしまうから、感想を聞くときも慎重になりたい。逆に俺が今読んでいる短編集についても、雫がいつか手に取るかもしれない以上、謎の答えを気軽に話さない方がいいだろう。


 読書の楽しみ方は人それぞれだ。結末を先に知りたい人もいれば、知らずに読み進めたい人もいる。雫はどうなのだろう。今まで何度も本の話をしてきたのに、そういう細かな好みを確かめたことはなかった気がする。


 俺はメッセージを開き、気になったことをそのまま尋ねた。


『そういえば雫って、本の感想を話すとき、結末を知らないまま聞く方が好き? それとも少しなら先の展開を聞いても平気? 今読んでる短編集、いつか貸すなら気をつけたいなと思って』


 送信してから、また本へ戻る。返事を急がせるつもりはないし、読書中ならあとで見てくれればいい。主人公が商店街の窓を見上げる場面を読み進めながら、俺は自分が雫の読書の好みを知りたがっていることに気づいた。昨日の公園では好きな景色を教えてもらった。今日は本の楽しみ方を知ろうとしている。どちらも、昔から隣にいたはずの雫について、今になって初めて考えていることだった。


     ◇◇◇


 夕方が近づくころ、悠斗からメッセージが届いた。学校で話していた本のことかと思って開くと、最初の一文は「昨日どうだった?」だった。続けて「公園に本が落ちてたか?」と書いてあり、俺は思わず笑ってしまった。


『落ちてなかったし、探してもないよ。池の近くの道を歩いて、昼ご飯を食べて、本屋にも寄った。楽しかったよ』


 返信すると、悠斗からすぐに短い返事が届いた。


『それはよかった。で、本屋で何冊買った?』


『一冊も買ってない。雫と棚を見て回っただけ』


 しばらく既読が付いたまま返事がなく、俺は何かおかしなことを書いただろうかと首を傾げた。やがて届いたのは「お前、本当に楽しかったんだな」という文章だった。どうして本を買わなかったことが楽しさの証明になるのか分からないが、昨日の書店で満足していたことは確かだった。


『うん。買わなくても、雫がどんな本に興味あるのか聞けたし、前に一緒に選んだ栞の話もできたから』


 俺がそう送ると、悠斗は笑っている顔の絵文字を返してきた。そのあと、話題は赤木さんに貸している本へ移った。悠斗によれば、赤木さんはまだ読み終えていないものの、途中の感想を聞くたびに自分が見落としていたことに気づくらしい。俺はそれを聞いて、同じ本を別の人が読む面白さについてしばらくやり取りした。


『紗弥が読み終わったら、ちゃんと感想を聞こうと思ってる。俺も言いたいことを少しメモしてるんだ』


 悠斗のその文章を見て、俺は嬉しくなった。以前なら本を読み終えたかどうかだけを話していた悠斗が、相手と感想を交わすために自分の言葉を用意している。赤木さんがどう感じるかはまだ分からないけれど、二人が互いの考えを聞こうとしていることは伝わってきた。


『いいと思う。悠斗が面白いと思ったところを、そのまま話せばいいんじゃないかな。赤木さんも、きっと自分の感想を聞いてもらえたら嬉しいと思う』


 送信してから、俺は少し考えた。人に感想を伝えることは、思っている以上に勇気がいるのかもしれない。相手と感じ方が違ったらどうしようと心配になることもあるだろうし、うまく言葉にできないことだってある。昨日、雫が池の道についてゆっくり話してくれたときも、俺は彼女の言葉を途中で急かしたくなかった。


 悠斗からは「そうしてみる」と返事が届いた。俺はそれ以上からかわず、また月曜日に話そうと送って会話を終えた。窓の外は少しずつ夕方の色になり、部屋の中では机の影が長く伸び始めている。俺は立ち上がってカーテンを少し寄せ、読みかけの短編集を手元へ戻した。


     ◇◇◇


 雫は午後、喫茶店の小説を読み進めたあと、春樹から届いた質問に返事を考えていた。結末を先に知りたいかどうか。簡単なようで、答えるには少し迷う問いだった。雫は物語の先を知りたくなることもあるが、登場人物がどんな選択をするのか、自分でページをめくって確かめる時間も好きだった。


『私は、できれば結末を知らずに読みたいかな。でも、春樹がどこを面白いと思ったかは聞きたいから、先の展開に触れない範囲なら嬉しいよ。読み終わったら、答えまで含めていっぱい話したいな』


 そう送ると、春樹から「分かった、気をつけるね」と返事が届いた。続けて、雫が自分で見つけた本についても、読み終わったあとに感想を聞かせてほしいと書いてある。雫は画面を見つめ、少しだけ笑った。春樹は本の話になると夢中になるけれど、自分の感想を押し付けようとはしない。そこが昔から好きだった。


(春樹は、私が何を感じたかも知りたいって思ってくれてるんだ)


 昨日の書店では、雫が気になった本を手に取ったとき、春樹はすぐに別の本を勧めるのではなく、どんなところに惹かれたのか聞いてくれた。些細なことかもしれないが、雫にとっては嬉しい変化だった。自分の好きなものを春樹に知ってもらえる。春樹の好きなものを自分も知っていける。その両方が、少しずつ自然になってきている。


 雫はメモ帳を開き、昨日書いた言葉を読み返した。池の道のこと、書店の栞のこと、また二人で出かけたいという気持ち。そこに新しく「感想は、読み終わってから一緒に話したい」と書き加えた。春樹に見せるためではなく、今の自分が何を大切にしたいのか忘れないためだった。


 ふと、丘の上で交わした幼いころの約束が頭をよぎった。あのときのことは、まだ春樹に話していない。いつか伝えたい気持ちはあるが、昨日の公園で話題にしなかったからといって、二人の時間が足りなかったわけではない。むしろ、今の春樹と新しい思い出を作れたことが、雫には何より嬉しかった。


 雫はメモ帳を閉じ、窓の外を見た。明日は月曜日で、また学校へ行けば春樹に会える。昨日のように長い時間を一緒に過ごすわけではなくても、朝の道で挨拶をして、本の感想を少し話すだけで、きっと楽しいだろう。そう考えると、日曜日が終わっていくことも、いつもより寂しくなかった。


     ◇◇◇


 夕食の前には、机の上に置いた三日月の栞を見つけ、昨日の書店での会話をもう一度思い出した。雫は葉の形をした栞を、俺から借りている小説にも使っていると言っていた。俺がそのことを知ったのは昨日が初めてだったけれど、雫にとっては、前から続いていた何気ない習慣なのだろう。そう思うと、同じ日に選んだ二つの栞が、それぞれ別の本のページに挟まれていた時間まで想像できた。


 俺は栞を指先で持ち上げ、机の明かりにかざした。紺色の小さな三日月は買ったときと変わらない形をしているが、今では選んだ日の会話や、読み終えた小説の結末と結び付いている。道具そのものが変わったわけではないのに、使うたびに思い出が増えていくというのは、少し不思議なことだった。


(本の栞なのに、本の中のことだけじゃなくて、雫と出かけた日のことまで思い出すんだな)


 俺は三日月の栞を短編集のページへ挟もうとして、手を止めた。今の本には別の栞を使っているから、無理に入れ替える必要はない。代わりにノートの横へ置き、次に新しい本を読み始めるときに使おうと決めた。小さなものを大切に取っておきたいと思うのは、本好きだからというだけではないのかもしれない。


 夕食の席では、家族から昨日の公園について尋ねられた。俺は駅の向こうにある大きな公園を歩き、雫が以前好きだった池の道を見つけたことや、昼には洋食店へ入ったことを話した。説明しているうちに、自分でも驚くほど細かな景色が浮かんでくる。水面に映った木の影も、雫が昔の記憶を確かめるように立ち止まったことも、何となく忘れたくなかった。


 家族は楽しめたならよかったと笑い、帰りが遅くならなかったことにも安心した様子だった。俺は頷きながら食事を続けたが、話し終わってから、雫のことをずいぶん多く話していたと気づいた。公園へ行ったのだから一緒に歩いた相手の話が出るのは当然だろう。それでも、今日の出来事を振り返るたび、雫の表情が真っ先に浮かぶのは少し不思議だった。


     ◇◇◇


 夜になり、俺は短編集をいったん閉じた。紙袋の謎はまだ解けていないが、主人公が誰かの秘密を暴こうとするのではなく、相手の事情を尊重しながら調べようとしているところが気に入っている。続きを読むのは明日でもいい。物語の結末を急いで知りたい気持ちと、途中の時間を楽しみたい気持ちが、今はうまく釣り合っていた。


 机の上には昨日の外出を記録したノートがある。俺は新しい行を作り、今日気づいたことを書いてみることにした。昨日の景色を何度も思い出したこと、いつもの道の花が気になったこと、雫が送ってくれた写真を見て、池の近くへまた行きたいと思ったこと。書き並べてみると、何か大きな出来事があったわけではないのに、一日がずいぶん豊かだったように感じられた。


『昨日の公園のことを、今日も何度も思い出した。雫と話した場所や見つけたものが、今までより身近に感じられる。思い出は、出かけたその日だけで終わるものじゃないのかもしれない。』


 書き終えたあと、俺は鉛筆を置いてしばらく眺めた。少し大げさな文章かもしれないと思ったが、消す理由も見つからなかった。昨日の自分が感じたことと、今日の自分が感じたことは、確かにつながっている。あとで読み返したとき、今の気持ちを思い出せるなら、それでいい。


 スマートフォンには雫からの返事が残っていた。結末を知らずに読みたいけれど、先の展開に触れない感想なら聞きたいという言葉。俺は短編集の表紙を眺め、今度雫と話すときには、鉢植えの話の答えを伏せたまま、どこが好きだったのか伝えてみようと思った。謎の中身より、読み終わったあとにいつもの景色が少し違って見えたことなら、きっと話せる。


(明日、雫に会ったら何から話そうかな。昨日のことも、今日読んだ本のことも、聞いてほしいことがある)


 そう考えてから、俺は少し笑った。月曜日を楽しみにする理由が、以前より増えている。学校の図書室で本を読めることも、悠斗と話せることも、もちろん楽しみだ。けれど、朝の道で雫に会って、昨日と今日の続きを話せることが、今は真っ先に思い浮かんでいた。


 俺は明日の支度を整え、鞄へ教科書と筆箱を入れた。読みかけの短編集も、いつものように鞄の中へ収める。昨日は持たずに出かけた本が、明日はまた一緒に学校へ向かう。そんな当たり前のことに少し安心しながら、机の明かりを落とした。


 布団に入ると、窓の向こうから夜の風が聞こえた。昨日の池の道は今ごろ静かになっているだろうか。雫が送ってくれた写真の木は、明日も同じ場所で風に揺れているだろうか。考えても分からないことばかりだったが、不思議と気にならなかった。いつかまた行けたときに、その日の景色を見ればいいのだから。


 俺は目を閉じ、明日の朝に雫と交わす挨拶を思い浮かべた。本の続きが気になるのと同じくらい、彼女と話す時間の続きが楽しみだった。その理由をまだうまく説明できないまま、穏やかな眠気がゆっくりと広がっていった。僕は何

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