第24話 連絡係になっただけなのに、生徒会長が俺を逃がしてくれない
月曜日の朝、七瀬春樹はいつもより少しだけ早く目を覚ました。
だからといって、何か特別な予定を楽しみにしていたわけではない。むしろ今日の放課後には、できることなら存在そのものを忘れてしまいたい予定が待っている。
校内スポーツ交流会、競技代表者連絡会。
金曜日に担任の永山剛志から渡されたプリントは、春樹の通学鞄の内ポケットへしっかり収まっていた。捨てたわけでも、家に忘れたわけでもないあたり、引き受けた以上はきちんとやるつもりなのだが、それと楽しみにしているかどうかはまったく別の問題である。
「三十分……」
ベッドの上で身体を起こしながら呟き、枕元に置いていた文庫本へ視線を向ける。
三十分あれば、今読んでいる作品なら四十ページ前後は進められる。会話が多い場面ならもう少しいけるかもしれない。
(いや、考えるな。損した気分になる)
まだ失ってすらいない読書時間をページ数へ換算するのはよくない。
そんなことを考えながら制服へ着替え、朝食を済ませて家を出る。六月も半ばへ近づき、朝の空気には梅雨らしい湿気が混じっていた。空は薄い雲に覆われているものの、雨が降りそうな重さまではない。
住宅街を抜ける道の途中で、前方に見慣れた姿があった。
「雫」
呼びかけると、西条雫が振り返る。
「おはよう」
「おはよう。珍しいな、今日は先にいるじゃん」
「私が遅いみたいに言わないで」
「普段ほぼ同じ時間だろ」
「春樹がちょっと早いんじゃない?」
「目が覚めた」
「本?」
「何で俺が早起きした理由の第一候補が本なんだよ」
「違うの?」
「……昨日、いいところで止めたからちょっと読んだ」
「ほら」
「でも目が覚めたのが先だから!」
雫は笑いながら歩き出し、春樹もその隣へ並んだ。
「今日、放課後あれでしょ?」
「あれ?」
「代表者の集まり」
「ああ……」
思い出させられた春樹の声が露骨に沈む。
「忘れてた?」
「忘れようとはしてた」
「駄目じゃない」
「プリントは持ってる。引き受けた以上は行くよ。ただ、できれば午前中くらいまでは存在を意識したくなかった」
「そこまで嫌?」
「会議って聞くだけで読書時間を奪う響きがある」
「偏見」
「放課後三十分だぞ? 三十分あれば――」
「何ページ読めるか計算しない」
「先に言うなよ」
「絶対言うと思ったから」
雫が得意げに笑う。
春樹は不満そうに口を尖らせたが、反論はしなかった。
「そういえば」
少し歩いたところで、雫が話題を変えた。
「ひよりちゃん、本どうだったかな」
「金曜の時点で一編目は読み終わってた。図書室で二編目入り始めてたから、週末読んでれば結構進んでるんじゃない?」
「連絡来た?」
「土曜の夜に来た」
「……来たんだ」
「三編目まで読んだって」
雫の歩調がほんのわずかに変わった。
春樹はそれに気づいたものの、理由までは分からない。
「何?」
「別に。ひよりちゃん、春樹に普通に連絡するようになったなと思って」
「本借りてるんだから、そりゃするだろ」
「まあ、そうなんだけど」
「感想も少し来たぞ。二編目の主人公より妹の方が好きらしい」
「ひよりちゃんっぽい」
「だろ? 俺もそう思った」
春樹の声が少し弾む。
「あと三編目の途中で、『この人、一編目にいました?』って聞いてきたから、そこは自分で確認しろって返した」
「教えてあげなかったの?」
「自分で見つけた方が絶対面白いからな。既読のところなら読み返してもネタバレじゃないし」
「それで?」
「二十分くらいして、『いました!』って来た」
「楽しんでるね」
「うん。多分あの本、小日向に思ったより合ってる」
春樹が嬉しそうに話す横で、雫は一度だけその横顔を見た。
以前なら、春樹が自分以外の女子と夜にメッセージをやり取りしていると聞けば、もう少し胸の奥がざわついたかもしれない。
今も、まったく何も感じないわけではない。
けれど春樹の表情を見ていると、その理由が本であることは嫌というほど分かる。ひよりが本を楽しんでいるから春樹も嬉しい。それ以上でも、それ以下でもない。
(……だから気にならない、とは言い切れないけど)
雫は小さく息を吐き、前を向いた。
「私もひよりちゃんの感想聞きたい」
「じゃあ今日来たら聞けば?」
「全部読み終わってからの方がいいかな」
「その方が先入観入らなくていいかも。特に五編目と六編目は」
「じゃあ我慢する」
「珍しい」
「何が?」
「雫、俺が読んでる途中でも普通に『そこまで読んだ?』って聞くじゃん」
「春樹相手ならいいの」
「扱い雑じゃない?」
「長い付き合いだから」
「便利だな、幼馴染」
春樹は笑った。
雫も笑い返したものの、その言葉が胸の奥へ触れた瞬間だけ、わずかな違和感が残った。
幼馴染。
大切で、特別で、何よりも長く続いてきた関係。
それなのに最近、その一言だけで全部を説明されると、少しだけ物足りない。
まだ答えは出ない。
だから雫は、その感覚を胸の奥へ置いたまま、春樹と並んで学校へ向かった。
◇◇◇
午前中の授業は、春樹にとって平和だった。
少なくとも三時間目までは。
四時間目の現代文で桐谷美月が教室へ入ってきた瞬間、春樹は嫌な予感を覚えた。
「おはようございます」
「もう昼前ですよ、先生」
「七瀬君、細かいことを気にするとモテないわよ」
「挨拶の時間帯を指摘しただけで恋愛評価に繋げないでください」
「大丈夫。先生はそういう細かいところも嫌いじゃないから」
「何のフォローですか、それ」
教室に笑いが広がる。
美月は教科書とファイルを教卓へ置くと、出席簿を確認してから黒板へ今日の範囲を書き始めた。
「今日は先週の続き。あと授業の最後に、ペアで推薦した本について少しだけ確認します」
春樹の視線が上がる。
「確認?」
「そう。実際に読んだ人がいるなら、どうだったか聞きたいの」
「強制読書じゃなかったですよね?」
「もちろん。読んでなくても減点しません」
「ならいいです」
「七瀬君、本当にそこ気にするわね」
「合わない本を無理に読ませるの嫌なんですよ」
「知ってる」
美月は柔らかく笑った。
「だからこそ、読んだ人がいたら感想を聞きたいの。推薦した側の予想と、実際に読んだ側の感想がどれくらい違うのかも面白いでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、春樹の表情が少し変わった。
「……それは確かに面白い」
「でしょう?」
「でも先生、俺を釣るために今それ言いました?」
「何のことかしら」
「絶対分かってて言った」
「授業を始めます」
「逃げた!」
再び教室に笑いが起こり、美月は何事もなかったように教科書を開いた。
授業自体は短編小説の語り手についての内容だった。
同じ出来事でも、誰の視点から描くかによって読者が受け取る情報は変わる。語り手自身が誤解している可能性もあり、読者だけが別の意味へ気づくこともある。
春樹にとってはかなり好きな分野だった。
「じゃあ、この場面。主人公は『友人が怒っている』と思ってる。でも実際に友人の台詞だけ読むと、どう見える?」
美月が問いかける。
何人かが教科書へ視線を落とす中、春樹は少し考えた。
「怒ってるっていうより、焦ってるように見えます」
「理由は?」
「主人公が『怒られた』って書いてるから最初はそう見えるけど、友人の台詞って責めてる内容じゃないんですよ。『何で言わなかった』とか『一人で決めるな』だから、怒りより心配の方が近いと思います」
「なるほど」
美月が頷く。
「他には?」
別の女子生徒が手を上げた。
「寂しいのもあると思います。自分だけ相談されなかったから」
「そうね。それも読める」
美月は黒板へ『怒り/焦り/心配/寂しさ』と書いた。
「大事なのは、主人公がそう認識していることと、実際に相手が何を感じているかは必ずしも同じじゃないってこと。小説では、本人が気づいていない感情を読者が先に見つけることもあります」
春樹は素直に頷いた。
「そういうの好きです」
「知ってるわ」
「何で?」
「この前、似た話したでしょう?」
「ああ」
「登場人物本人より読者が先に気づく恋愛」
「それは好きです。本人が急に『好きだ!』ってなるより、読者が『いやお前もう好きだろ』って思いながら読める方が楽しい」
教室のあちこちから笑いが漏れる。
雫は笑えなかった。
春樹の言葉そのものがおかしいわけではない。むしろ以前から何度も聞いてきた、春樹らしい恋愛小説の好みである。
ただ今日の授業内容と重なったことで、妙に胸へ残った。
(本人が気づいてない感情……)
無意識に春樹の横顔へ視線を向ける。
本人は教科書を見ながら、作品の構造について真剣に考えているだけだった。
(……いや、何考えてるの、私)
雫は慌てて視線を前へ戻した。
美月はそんな教室の空気を一度見渡したが、特定の誰かへ何かを言うことはなかった。
◇◇◇
授業の終盤、ペア推薦の確認が始まった。
春樹と組んでいた男子生徒は、以前勧めた会話中心の連作ミステリーを鞄から取り出した。
「七瀬」
「読んだ?」
「最初の話だけ」
「どうだった?」
「思ってたより読みやすかった」
春樹の表情が明るくなる。
「本当に?」
「お前、何で推薦した側の方が嬉しそうなんだよ」
「だって合ったなら嬉しいだろ」
「まあ……続きは読むと思う」
「無理しなくていいぞ?」
「分かってるって。別に課題だから読むんじゃなくて、普通に次が気になる」
「それならよかった」
春樹は心底安心したように笑った。
美月は教卓からそのやり取りを眺めていた。
最初にこの課題を出したとき、七瀬春樹なら本選びそのものを楽しむだろうとは思っていた。しかし実際には、それ以上だった。
自分が好きな本を押しつけるのではなく、相手の好みに合わせて選び、途中でやめてもいいと何度も伝える。相手が一編だけでも楽しめれば、それで嬉しそうにする。
(本当に、本そのものだけが好きなわけじゃないのね)
読むことが好きなのは間違いない。
けれど今の春樹は、本を介して誰かの考えを知ることにも楽しさを見つけ始めている。
「七瀬君」
「はい?」
「あとで先生にも一冊選んで」
「嫌です」
「即答!?」
「先生は自分で選べるでしょ!」
「人に選んでもらうのも楽しいじゃない」
「俺の読書時間を何だと思ってるんですか」
「最近、選ぶ時間も読書生活の一部になってきたんじゃなかった?」
「……先生、それ言えば俺が黙ると思ってません?」
「思ってる」
「認めた!」
教室が笑いに包まれ、美月も楽しそうに笑った。
「じゃあ宿題ね」
「成績に入ります?」
「入れない」
「じゃあ気が向いたら」
「十分よ」
「先生、俺の扱い上手くなってません?」
「国語教師だから」
「関係あります?」
「人を読むのも仕事のうちよ」
「絶対違う」
チャイムが鳴り、授業が終わる。
春樹は教科書を閉じながら、さっきの推薦相手の言葉を思い返していた。
『普通に次が気になる』
たったそれだけなのに、妙に嬉しい。
(……人に本選ぶの、やっぱ面白いな)
そう思ってしまった自分に、春樹は小さく笑った。
◇◇◇
昼休み。
弁当を食べ終えた春樹が図書室へ向かおうと教室を出たところで、廊下の先から小日向ひよりが走ってくるのが見えた。
「春樹先輩!」
「廊下走るな」
反射的にそう言うと、ひよりは慌てて速度を落とした。
「すみません!」
「九条に見つかったら俺まで怒られそうだから」
「何で春樹先輩まで?」
「知り合いだから連帯責任とか言われそう」
「九条先輩そんなこと言います?」
「言わないと思う」
「じゃあ何で!」
ひよりが頬を膨らませる。
その腕には、例の連作短編集が抱えられていた。
「まさか読み終わった?」
「まだです! 五編目の途中!」
「早いな」
「昨日いっぱい読みました」
「無理してない?」
「してません。続き気になったんです」
「ならいいけど」
「それで!」
ひよりは何かを言いかけ、周囲を歩く生徒を気にしたのか少しだけ声を落とした。
「五編目の人、ずっと待ってるじゃないですか」
「うん」
「私、最初ちょっとイライラしたんです」
「へえ」
春樹の目がすぐに興味深そうなものへ変わる。
「何で?」
「来るか分かんないなら、電話すればいいのにって」
「ああ、小日向らしい」
「どういう意味ですか!」
「悪い意味じゃない。小日向って、気になったら動く方だろ?」
「……まあ、そうです」
「だから待ってるだけの人物に引っかかったんじゃない?」
ひよりは少し考えた。
「でも途中から、待ってるだけじゃない気がしてきて」
「どこで?」
「まだ最後まで読んでないから、うまく言えないです」
「じゃあ今は言わなくていいよ」
「いいんですか?」
「読み終わってから変わるかもしれないし。途中の感想も面白いけど、今のを覚えとけば後で比べられる」
「なるほど……」
ひよりは本を見下ろした。
「じゃあ、読み終わったらまた話します」
「おう」
「今日の放課後、図書室います?」
「今日は無理」
「えっ」
ひよりの顔に分かりやすく残念そうな色が浮かぶ。
「代表者連絡会」
「ああ、スポーツ交流会の!」
「サッカーの連絡係にされた」
「代表じゃないんですか?」
「連絡係」
「同じじゃないですか?」
「違う!」
「西条先輩も同じこと言ってました」
「何で知ってるの?」
「朝、会いました」
「俺のいないところで情報共有されてる……」
「有名人ですね!」
「嫌だよ」
ひよりが笑う。
「じゃあ今日は一人で読みます」
「白石先輩はいると思うぞ」
「行ってみます!」
「でも白石先輩も委員の仕事あるから邪魔するなよ」
「分かってます!」
「あと走るな」
「分かってます!」
ひよりは元気よく答えたあと、今度はきちんと歩いて図書室の方へ向かった。
春樹はその背中を見送りながら、少しだけ笑う。
「何笑ってんの?」
後ろから声をかけられ、振り返ると悠斗がいた。
「別に。小日向が本にハマってるなと思って」
「お前さ」
「何?」
「本勧めた相手がハマると、本当に嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいだろ」
「その顔を女子に向けるの、ちょっと危ないと思う」
「何が?」
「……やっぱいい」
「最近みんな説明放棄しすぎじゃない?」
「説明しても分からなそうだからな」
「失礼な!」
悠斗は笑いながら春樹の肩を叩いた。
「ほら、飯食おうぜ」
「お前まだ食ってなかったの?」
「紗弥にノート見せてもらってた」
「へえ」
「……何だよ」
「いや?」
「何だよ、その顔!」
「別に」
「お前までそれ使うな!」
今度は春樹が笑う番だった。
◇◇◇
放課後。
終礼が終わると同時に、春樹は鞄から例のプリントを取り出した。
「行ってらっしゃい」
雫が言う。
「その言い方、帰ってこない人みたいだからやめて」
「三十分でしょ?」
「予定ではな」
「一ノ瀬先輩に捕まらなければ?」
「不吉なこと言うなよ」
「でも気に入られてるんでしょ?」
「白石先輩まで同じこと言ってたけど、変な後輩として面白がられてるだけだから」
「それを気に入られてるって言うんじゃない?」
「そうなの?」
「知らない」
「聞いた俺が悪かった」
春樹が鞄を肩へ掛けたところで、雫が少し迷ってから尋ねた。
「終わったら図書室?」
「時間次第。四時前なら行く」
「じゃあ私も、まだいたら行こうかな」
「おう」
何気ない約束を交わし、春樹は教室を出た。
視聴覚室は特別棟の二階にある。廊下を進んで階段を下り、渡り廊下へ出ると、前方に九条凛の姿が見えた。
「九条」
呼びかけると、凛が振り返る。
「七瀬。今から連絡会か」
「そう。九条も?」
「ああ」
「仲間がいてよかった」
「私は嫌々ではない」
「そこは今だけ合わせてくれよ」
「なぜだ」
「一人で面倒くさがってるみたいじゃん」
「実際そうだろう」
「否定できない」
二人は並んで特別棟へ向かう。
「九条はリレーだっけ?」
「そうだ。うちのクラスは希望者が少なかったから、私が引き受けた」
「剣道部なのに走るのも速いの?」
「普通だ」
「九条の普通、信用していい?」
「お前に言われたくない」
「それはそう」
春樹は笑った。
「でもリレー代表って連絡係とは違うだろ?」
「クラス内の調整もする。走順などは後で決めるがな」
「やっぱ面倒そう」
「お前は本当に一貫しているな」
「面倒なものは面倒だろ。でもやるならちゃんとやるよ」
「知っている」
「……九条まで俺の扱い慣れてきてない?」
「お前が分かりやすいだけだ」
「そんなに?」
「ああ」
「納得いかない」
視聴覚室へ着くと、すでに十数人の生徒が集まっていた。
二年生だけではない。前方には一年生と三年生らしき姿もあり、どうやら全学年の代表者をまとめて集めているらしい。
「思ったより多いな」
「各クラス、競技ごとだからな」
「三十分で終わる?」
「それを私に聞くな」
入口に置かれた名簿へ名前を記入しようとしたところで、横から聞き慣れた声が飛んできた。
「春樹」
「……何でいるんだよ」
神谷蓮が楽しそうに手を上げていた。
「サッカー代表」
「お前は納得」
「お前もサッカー代表だろ」
「連絡係」
「まだ言ってんの?」
「大事な違いだ」
「何が?」
「責任の重さ」
「同じだって」
「違う!」
二人のやり取りを聞いていた凛が小さく息を吐く。
「お前たち、そこを議論しているうちに始まるぞ」
「九条もいるじゃん」
「リレーだ」
「へえ。足速そう」
「なぜ全員そう言う」
「剣道部だから?」
「剣道と短距離走は別だ」
「でも身体能力高そうじゃん」
「……七瀬と同じことを言うな」
「俺たち気が合うな、春樹」
「そこは別に嬉しくない」
「ひどくない?」
三人が話していると、前方でマイクの電源が入った。
「皆さん、席についてください」
室内のざわめきが少しずつ収まる。
教壇の前に立っていたのは、一ノ瀬怜華だった。
制服の着こなしに乱れはなく、手元には資料が綺麗に揃えられている。教室へ来たときの少し楽しそうな表情とは違い、今は誰が見ても生徒会長らしい落ち着いた微笑みを浮かべていた。
「本日は集まっていただきありがとうございます。校内スポーツ交流会まで残り二週間を切りましたので、今日は競技ごとの基本ルール、当日の流れ、各クラス代表者の役割を確認します」
「ほら代表者」
蓮が小声で言う。
「黙れ」
春樹も小声で返す。
前方の怜華の視線が、一瞬だけこちらへ向いた。
笑顔は変わらない。
しかし目だけが、明らかに笑っている。
(聞こえてるな、あれ)
春樹がそう思った直後、怜華が口を開いた。
「なお、代表者という名称ですが、必ずしも競技中のキャプテンを意味するものではありません。主な役割は連絡と人数確認ですので、そこは安心してください」
蓮が隣で肩を震わせ始めた。
「……絶対俺に言っただろ」
「気のせいじゃないか?」
「お前、笑ってるぞ」
「笑ってない」
「肩揺れてる」
凛は二人から少し距離を取った。
「九条、逃げるなよ」
「巻き込むな」
怜華は何事もなかったように説明を続けていく。
配られた資料には、当日のタイムテーブル、各競技の会場、基本ルール、得点方式がまとめられていた。
サッカーは二年生の場合、グラウンド東側を使用。試合時間は前後半各十分で、間に五分の休憩。交代は人数調整のため自由度を高くし、事前登録された選手であれば複数回の出入りも認められる。
「本当に短くなったな」
春樹が資料を見ながら呟く。
「去年は十五分ハーフだったらしい」
蓮が答える。
「初心者にはこっちの方がいいと思う」
「お前が言ったやつ?」
「俺だけじゃないだろ」
「でも生徒会長に直接言ったんだろ?」
「何で知ってる?」
「一ノ瀬先輩がサッカー部にも聞き取り来たから。お前の名前出てたぞ」
「どういう出方?」
「『七瀬君はこう言っていましたが、競技経験者としてどう思いますか』って」
「……俺、知らないところで使われてる」
「役に立ってるじゃん」
「勝手に資料扱いするなよ」
前方から、再び怜華の視線が飛んでくる。
春樹は口を閉じた。
「今、七瀬君と神谷君が話してくれている通り」
「聞こえてた!」
思わず声が出た。
室内の視線が一斉に春樹へ集まる。
怜華は完璧な笑顔のまま続けた。
「サッカーについては、経験者の意見も参考にして試合時間と交代方式を変更しています。特にクラス対抗行事ですから、経験者だけが長時間出場するのではなく、できる限り参加者全員が競技へ関われる形を目指しています」
周囲から小さな納得の声が上がる。
「七瀬君」
「はい……」
「何か補足は?」
「何で俺に振るんですか」
「実際に提案した一人でしょう?」
「相談されたから答えただけです」
「では、その相談内容を簡単に」
「俺、今日聞く側ですよね?」
「三十秒でいいわ」
「時間指定された……」
春樹は周囲の視線を感じながら、仕方なく立ち上がった。
前へ出るほどではないと判断し、その場から話す。
「別に大した話じゃないです。サッカー経験ある人が初心者相手に本気で一人で抜きまくっても、多分やる側は楽しくないし、クラス対抗としても微妙だと思っただけで」
何人かの生徒が頷く。
「経験者がいるなら、後ろから声かけたり、パス回したり、ボール触れてない人に回した方がいいんじゃないかって。一人がずっと持つより、その方がチームとしてはやりやすいと思います」
「経験者は手加減しろってこと?」
別クラスの男子から声が上がった。
春樹は少し考える。
「手加減っていうより、役割変える感じかな。経験者同士で競るところは普通にやればいいと思う。でも初心者相手に技術差見せつけても仕方ないだろ?」
「まあ、確かに」
「あと初心者だからって何もさせないのも違うし。最初に誰がどれくらいできるか分かれば、パス出す場所も変えられるから」
「お前、やっぱキャプテン向きじゃん」
蓮が横から言う。
「違う」
即座に否定すると、室内に笑いが起きた。
怜華も口元を少し緩める。
「ありがとう。座っていいわ」
「もう振らないでくださいね」
「善処します」
「それ信用できない言い方!」
また笑いが広がった。
春樹は座りながら、隣の蓮を睨む。
「お前が余計なこと言うから」
「俺何もしてないだろ」
「キャプテン向きとか言った」
「事実じゃん」
「俺は本が読みたいんだよ」
「サッカーと関係なくね?」
「放課後の時間に直結するんだよ!」
凛は少し離れた席からそのやり取りを見ていた。
春樹本人は、ただ聞かれたから答えただけだと思っているのだろう。
しかし周囲の反応は違う。
経験者だから初心者より上手い、というだけではない。初心者をどう使うか、どうすれば全員が参加できるかを、ごく自然に考えている。
金曜日に森下へ数学を教えていたときも同じだった。
答えを知っているから自分で解いてしまうのではなく、相手が自分で答えへ辿り着ける位置へ立つ。
(本人は意識していないんだろうな)
凛は前方へ視線を戻した。
それを人に教えたところで、春樹はきっと「普通だろ」と言うだけだろう。
◇◇◇
連絡会は、予定より五分だけ長引いた。
「三十五分……」
終了時刻を確認した春樹が絶望したように呟く。
「五分だぞ」
蓮が笑う。
「五分あれば八ページくらい読めた」
「本当に換算するんだな」
「今日は我慢してたんだよ!」
「誰に?」
「雫」
「西条?」
「朝、ページ換算するなって言われた」
「夫婦かよ」
「何でそうなる!」
春樹の声が視聴覚室に残っていた何人かの生徒へ届き、こちらを見る視線が増えた。
「蓮、お前そういうこと大声で言うな!」
「言ったの俺だけど声大きくしたのお前じゃん」
「ぐっ……」
「七瀬」
凛が近づいてくる。
「廊下へ出るぞ。他の生徒の邪魔になる」
「はい」
「九条には素直なんだな」
「正論だから」
「俺も正論言ってるだろ」
「お前は面白がってる割合が多い」
「バレた?」
「バレるよ!」
三人で廊下へ出ようとしたところで、後方から声をかけられた。
「七瀬君」
春樹の足が止まる。
「……ほら」
「何が?」
蓮が首を傾げる。
「雫が言ってたんだよ。一ノ瀬先輩に捕まらなければ三十分で終わるって」
「予言当たったな」
「笑うな」
振り返ると、怜華が資料を抱えて立っていた。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいでしょう?」
「今から図書室行くんです」
「知ってる」
「何で?」
「白石さんから聞いたことがあるもの。あなた、放課後はよく図書室にいるんでしょう?」
「いつ聞いたんですか」
「前からよ。図書委員会と生徒会は多少関わりがあるから」
「……学校って情報網広いな」
「あなたが分かりやすいだけじゃない?」
「九条と同じこと言う」
春樹が凛へ視線を向けると、凛は肩をすくめた。
「それで、何ですか?」
「サッカーの参加者名簿、明日の放課後までに一度確認してほしいの」
「俺が?」
「二年三組の分だけ。希望者十一人のうち、二人が別競技との兼任候補になっているから、本人たちがどちらを優先するか確認して」
「それ、担任の仕事じゃないんですか?」
「担任が最終確認する前の整理ね」
「連絡係の仕事、増えてません?」
「連絡係でしょう?」
「……言い返せない」
怜華が少し楽しそうに笑う。
「明日の昼まででも構わないわ」
「じゃあ明日の朝聞きます。放課後は使いたくないので」
「読書?」
「読書」
「本当にぶれないわね」
「一ノ瀬先輩だって、生徒会の仕事を放置して遊びに行かないでしょ?」
「そうね」
「俺にとって読書はそれくらい優先順位高いんです」
「なるほど」
怜華は一度だけ目を細めた。
冗談のように聞こえるが、春樹は本気で言っている。
そしてその一方で、必要だと判断した仕事は断らない。先ほども突然意見を求められたのに、嫌そうな顔をしながら結局はきちんと説明した。
「七瀬君」
「はい?」
「あなた、面倒と言いながら真面目ね」
「それ最近よく言われます」
「嫌?」
「嫌じゃないですけど、真面目な人だと思われて仕事増やされるのは嫌です」
「そこなの?」
「大事です」
「分かったわ。できるだけ増やさないようにする」
「本当ですか?」
「できるだけ」
「今、逃げ道残した」
「よく聞いてるわね」
「先輩相手だと油断できないので」
怜華は思わず笑った。
作った笑顔ではなく、口元が自然に崩れる。
「やっぱり面白い」
「また言った」
「だって面白いもの」
「俺からすると一ノ瀬先輩の方が変ですよ」
怜華の笑みが止まる。
「私が?」
「だって学校では完璧な生徒会長みたいな顔してるのに、俺と話すとき結構楽しんでるでしょ」
すぐ隣にいた蓮が目を見開いた。
凛も一瞬だけ春樹へ視線を向ける。
怜華は数秒黙ったあと、少しだけ首を傾げた。
「……それ、他の人がいる前でも言うのね」
「駄目でした?」
「普通はもう少し遠慮すると思う」
「悪口じゃないですよ。楽しそうだなってだけで」
「七瀬君」
「はい」
「あなた、本当に自分のこと以外はよく見ているのね」
「自分?」
「何でもない」
「一ノ瀬先輩までそれ使うんですか!?」
怜華が笑う。
蓮は二人を交互に見てから、春樹の肩へ手を置いた。
「春樹」
「何だよ」
「お前、すげえな」
「何が?」
「いや……何でもない」
「お前まで!?」
凛は額へ手を当てた。
「七瀬。諦めろ」
「九条まで見捨てるなよ!」
廊下に春樹の声が響き、近くを通りかかった生徒が何事かと振り返る。
怜華はそんな春樹を見ながら、また少し笑っていた。
◇◇◇
「春樹、お前一ノ瀬先輩と何があったの?」
特別棟を出てすぐ、蓮が尋ねた。
「何もない」
「いや、何もない距離感じゃなかっただろ」
「二回話しただけ」
「今日で三回だろ」
「回数数えるなよ」
「お前、あの人に『学校では完璧な生徒会長みたいな顔してる』って本人へ言ったんだぞ?」
「そう見えるから」
「普通言わねえよ」
「悪口じゃないって説明しただろ」
「そういう問題じゃなくてだな……」
蓮は困ったように頭を掻いた。
「九条、分かる?」
「七瀬だから、としか言いようがない」
「九条までそれで処理するなよ」
「だが、お前は相手が誰でもあまり変わらないだろう」
「そりゃ相手によって多少敬語とか変えるけど、思ってることまで全部変える必要ないだろ」
「それだよ」
蓮が指を差す。
「何が?」
「その感じ」
「説明しろよ!」
「難しい」
「投げるな!」
三人は昇降口へ向かう途中で別れることになった。蓮はそのままサッカー部へ、凛は剣道場へ向かう。
「春樹!」
蓮が走り出す前に振り返る。
「今週また蹴ろうぜ!」
「毎日は嫌だぞ!」
「分かってる! 水曜か木曜!」
「予定見てから!」
「了解!」
蓮が手を上げて走っていく。
凛も剣道場へ向かいかけたところで、春樹を振り返った。
「七瀬」
「何?」
「連絡係、向いていると思うぞ」
「九条まで追い打ちかける?」
「事実を言っただけだ」
「俺は静かに本が読みたいんだけど」
「それも知っている」
凛はわずかに笑う。
「だから必要な分だけやればいい。お前なら、必要以上に背負うことはないだろう」
「……まあ、それはそうする」
「ではな」
「おう。部活頑張れ」
凛が去り、春樹は一人で図書室へ向かった。
腕時計を見る。
「四時十二分……」
三十分の予定が、結局かなり伸びた。
「一ノ瀬先輩……」
思わず名前を呟き、すぐに首を振る。
怜華だけのせいではない。連絡会自体が五分延び、蓮と話し、凛とも話していた。
(まあ、必要な時間だったしな)
そう考えると、不思議と以前ほど損をした気分にはならなかった。
それでも図書室の扉が見えた瞬間、春樹の歩調は少しだけ速くなった。
◇◇◇
図書室へ入ると、最初に見えたのは窓際の席に座る雫だった。
その向かいには、ひよりもいる。
「……何でいるの?」
春樹が小声で尋ねると、雫が顔を上げた。
「来るって言ったでしょ」
「小日向は?」
「本読んでます」
ひよりが小声で答える。
「五編目終わった?」
「終わりました」
「感想は?」
「図書室です」
「あ」
春樹は口を閉じた。
カウンターを見ると、栞が笑いを堪えるようにこちらを見ている。
「白石先輩」
「まだ何も言ってません」
「顔が言ってます」
「七瀬君も人の顔を見るんですね」
「一ノ瀬先輩みたいなこと言わないでください」
「一ノ瀬先輩?」
雫が反応する。
「連絡会でまた絡まれた」
「絡まれたって言い方……」
「だって仕事増やされたんだぞ」
春樹は鞄を下ろしながら、今日渡された資料を取り出した。
「明日の朝、サッカー希望者の兼任確認しないといけない」
「代表っぽい」
「連絡係!」
「まだ言ってるんですか?」
ひよりまで笑う。
「小日向までそっち側に行くな」
「でも春樹先輩、似合いそうです」
「何が?」
「みんなに『お前ここね』『次こっち』って言ってそう」
「俺は監督じゃない!」
少し声が大きくなり、栞が口元へ人差し指を立てた。
「……すみません」
春樹は即座に謝り、三人が肩を震わせる。
「何で笑うんだよ」
「春樹、最近図書室で怒られる側になってる」
「昔からだろ」
「前は本読みすぎで、今は話しすぎ」
「……悪化してない?」
「賑やかになったんじゃない?」
雫が言う。
その言葉に、春樹は一瞬だけ黙った。
以前、桐谷にも似たようなことを言われた。
読書生活が侵食されているのではなく、広がっているのかもしれない、と。
「まあいいや。読む」
「切り替え早いですね」
ひよりが笑う。
「今日はもう三十五分以上使ったんだ。ここから取り戻す」
「ページ換算してる」
「するよ!」
春樹はいつもの席へ座り、本を取り出した。
右隣には雫。
向かいにはひより。
少し離れたカウンターには栞。
少し前なら、一人で本を読むために来ていた場所だった。
今も、本を読む場所であることは変わらない。
ただ、その静けさの中に誰かがいることにも、もう違和感はなかった。
◇◇◇
一方その頃、生徒会室では怜華が今日の連絡会で回収した確認用紙を整理していた。
「会長、サッカーの説明だけ妙に具体的でしたね」
同じ生徒会の男子生徒が資料を揃えながら言う。
「そう?」
「経験者から意見聞いたんでしたっけ」
「ええ。何人かにね」
「二年の七瀬って人も?」
「そうよ」
「今日も結構話してましたね」
怜華の手が一瞬だけ止まる。
「見ていたの?」
「そりゃ同じ部屋にいましたから」
「そう」
怜華は再び資料へ視線を落とした。
「変わった子なの」
「会長が人のことそう言うの珍しいですね」
「そうかしら」
「大体、『面白い人ね』って笑って終わるじゃないですか」
「今回も面白い子よ?」
「じゃあ同じでは?」
「……そうね」
怜華はそう答えたが、ほんの少しだけ違う気もしていた。
面白い人間は好きだ。
予想外の反応をする相手も、見ていて飽きない。
ただ、七瀬春樹の場合は少し種類が違う。
こちらの肩書きを気にしないだけではない。完璧に整えた笑顔の奥を平然と指摘しながら、それを暴こうとも、否定しようともしない。
『楽しそうだなってだけで』
あの言葉が妙に残っている。
(普通は、もう少し構えるものなんだけど)
自分が人をからかって楽しんでいると気づけば、不快に思うか、警戒するか、逆に必要以上に意識する人が多い。
春樹はどれでもない。
ただ見つけて、そのまま受け入れる。
「会長?」
「何?」
「手、止まってます」
「あら」
怜華は自分の手元を見て、小さく笑った。
「珍しいこともあるものね」
「疲れてるんじゃないですか?」
「そうかもしれないわ」
そう答えながら、怜華は再び作業を始めた。
恋愛感情などではない。
まだ数回話しただけの後輩であり、互いに知っていることも少ない。
ただ、もう一度くらい話してみたいと思っていた昨日までと違い、今日話したあとでも、その興味は消えていなかった。
むしろ少しだけ増えている。
(次は、どんな顔をするのかしら)
そんなことを考えた自分に気づき、怜華は誰にも分からない程度に口元を緩めた。
◇◇◇
図書室を出た頃には、外は薄い夕暮れに包まれていた。
「ひよりちゃん、六編目は家で読むの?」
「はい。今日読み終わると思います!」
「じゃあ明日返せる?」
雫が尋ねる。
「多分!」
「急がなくていいぞ」
春樹が横から言う。
「でも続き気になるので」
「なら止めない」
「明日、感想言っていいですか?」
「もちろん」
「西条先輩も?」
「聞きたい」
「白石先輩も!」
少し後ろを歩いていた栞が驚いて目を瞬く。
「私も?」
「みんな読んだんですよね?」
「はい」
「じゃあみんなで話したいです」
ひよりは当たり前のように言った。
春樹はその言葉を聞いて少し考える。
「全員で感想会か」
「駄目ですか?」
「いや」
春樹は首を振った。
「面白そう」
その答えに、ひよりが嬉しそうに笑う。
雫も小さく笑い、栞も穏やかに頷いた。
「新海も呼ぶ?」
春樹が言う。
「真実先輩も!」
「だから先輩じゃないって怒られるぞ」
「でも呼びます!」
「じゃあ明日の昼か放課後、都合合えばな」
春樹はそこまで言ってから、自分で少しおかしくなった。
以前なら昼休みも放課後も、できるだけ一人で本を読む時間として確保しようとしていた。
今は自分から、何人かで本の話をする予定を立てている。
(……俺、本当に変わったな)
けれど嫌ではない。
読みたい本が減ったわけでも、読書への興味が薄れたわけでもない。
むしろ逆だった。
同じ一冊でも、読む人が違えば見えるものが変わる。
自分一人では気づかなかった解釈を聞けば、もう一度読み返したくなる。
本を読む時間と、本について話す時間。
どちらかを捨てる必要はないのかもしれない。
「春樹?」
雫の声に顔を上げる。
「何?」
「また考え事?」
「明日の感想会、面白そうだなって」
「……そっか」
雫は一瞬だけ驚いたあと、柔らかく笑った。
「楽しみ?」
「うん」
「本読む時間減るよ?」
「それは……」
春樹は真剣に考えた。
「三十分までなら」
「そこは譲らないんだ」
「当たり前だろ!」
ひよりが笑い、栞も口元を緩める。
夕暮れの校舎へ、四人の笑い声が小さく残った。
その少し先では、グラウンドからサッカー部の掛け声が聞こえている。
明日には、ひよりが連作短編集を読み終えるかもしれない。
サッカーの参加者調整もしなければならない。
今週のどこかでは、蓮ともう一度ボールを蹴ることになるかもしれない。
そして生徒会長は、どうやら春樹が思っているほど簡単には自分への興味を失ってくれそうにない。
もちろん、春樹は最後の一つだけ知らない。
彼が今考えているのは、家へ帰ったらどこまで本を読めるかということと、明日の感想会でどんな話が聞けるかということだけだった。
静かに本を読みたい。
その願いは、今も何一つ変わっていない。
ただ最近は、その「静かな読書」のすぐ隣にいる人たちまで、少しずつ春樹の読書生活の一部になり始めていた。




