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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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『高野聖』の檜と『狂風記』の倒木

『高野聖』の檜の描写が印象深いです。


 路はここで二条になって、一条はこれからすぐに坂になって上りも急なり、草も両方から生茂ったのが、路傍のその角の処にある、それこそ四抱、そうさな、五抱もあろうという一本の檜の、背後へ蜿って切出したような大巌が二ツ三ツ四ツと並んで、上の方へ層なってその背後へ通じているが、私が見当をつけて、心組んだのはこっちではないので、やっぱり今まで歩いて来たその幅の広いなだらかな方が正しく本道、あと二里足らず行けば山になって、それからが峠になるはず。  と見ると、どうしたことかさ、今いうその檜じゃが、そこらに何もない路を横断って見果のつかぬ田圃の中空へ虹のように突出ている、見事な。根方の処の土が壊れて大鰻を捏ねたような根が幾筋ともなく露れた、その根から一筋の水がさっと落ちて、地の上へ流れるのが、取って進もうとする道の真中に流出してあたりは一面。  田圃が湖にならぬが不思議で、どうどうと瀬になって、前途に一叢の藪が見える、それを境にしておよそ二町ばかりの間まるで川じゃ。礫はばらばら、飛石のようにひょいひょいと大跨で伝えそうにずっと見ごたえのあるのが、それでも人の手で並べたに違いはない。  もっとも衣服を脱いで渡るほどの大事なのではないが、本街道にはちと難儀過ぎて、なかなか馬などが歩行かれる訳のものではないので。


泉鏡花『高野聖』


これを読むと、石川淳『狂風記』の冒頭を思い出します。


なんという木か、途方もなく大きい木が一本、もろに横だおしに、地ひびき打って……その木はだいぶまえから日でりにも風雨にもそこに野ざらしになっているようだから、たったいま落ちかかったわけではないが、それでもくろぐろとした幹はうなりを発するまでにすさまじく、あおむけにのけぞって、大枝も小枝もなく、葉の一つすらなく、手足をぶったぎられた巨人の胴体が泥まみれに、ほとんど血まみれに、投げ出されたというけはいであった。胴体のなかばは腐蝕した物質の中にうずもれている。根はまだ残っているのか、すでに伐りとられたのか、かくれていて見えない。というのは、ここは平地ではないからである。下からは見あげるほど、いちめんにがらくたの堆積。紙屑、野菜屑、あきびん、あきかん、つぶれたダンボール、さびついた自転車、ぶっこわれの冷蔵庫、ぽんこつのカー、猫の死骸、犬の死骸、もしかすると行きだおれの人間の死骸まで下積になっていても不思議でなく、その他ごたごた、やけにぶちまけたのが高く盛りあがって、それは廃品の山であった。そのでこぼこの山なみの、うっちゃっておけば、ぷつぷつ煙を吐き、やがて火も吹き出しそうなてっぺんに、ずっしりわだかまった大木のすがたは、おのずとにらみがきいて、この山の主といういきおいの、殺されてもくたばらぬ貫禄に見えた。


石川淳『狂風記』


『高野聖』ではこのあと僧は美女と謎の男のいる家に迷い込むことになり、『狂風記』ではさっそくゴミ山から屑掘りの主人公が登場します。

『高野聖』は僧が迷い込んだ山奥の異界、『狂風記』は、ほとんど異界な裏社会にうごめく群像を描いていますが、両作とも、現世と異界の境界を区切るものとして「大木」があるように思います。

後続者・石川淳は昭和の社会のゴミ山を、泉鏡花の幻想世界の舞台としての山として見立てているようにも思います。


『高野聖』の山は根が露わになりつつも生きている檜、そこから溢れ出る「水」と関連付けられ、『狂風記』のゴミ山は倒木であるけれども根が深く隠れており、まるでふつふつと発熱する火山、つまり「火」と関連付けられていて、恐ろしくも神秘的で幽玄な世界へと誘う『高野聖』に対し、怨念と陰謀がおどろおどろしく絡まる『狂風記』というように、対照的な構図になっていると思います。

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