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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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埴谷雄高Ⅲ

「革命家は一匹狼」というテーゼがヒントになるんだと思います。

まず一匹狼なら社会的なモラルから逸脱してますよね。だからモラルを自分で措定しなきゃならない。でもそれによってこの世の中には釈迦やらキリストやらが説く「やばい真理」、「のっぴきならないように見える節理」があることに気づいてしまう。社会のモラルに反するにしても、個のモラルとその宇宙レベルのモラルを止揚するのはおそらく非常に苦しい無理筋な試みなわけです。

一匹狼と大宇宙を接続する、そういう夢想から死靈の構想は始まったんじゃないか。それはある意味で救済に違いないが、似非科学や似非宗教、似非哲学に堕す危険がたっぷりある。その志向・思考のよどみにハマったら、容易に戻れない、というのがそれらの共通点だと思います。

それで、私の妄想としては、本当の個と真理の接続というのは、いったんなされたら絶対に戻れない、ということじゃないか。それは悟りというのも究極にはそうでしょう。絶対に戻ってこない。だからそれは、いうなれば見かけは限りなく死に近いわけです。二度と帰らぬ旅に出る、ってことで、しかもそれが精神上の冒険なんだから、それはまさしく『死(出の旅にでる)靈(精神)』じゃないか。仮に戻ってくるにしても、もう単なる一匹狼、単なる逸脱者、単なる大宇宙じゃないわけです。

これも妄想ですけれども、そういう、埴谷の言葉を借りつつ表現すれば、究極の文学、究極のインチキみたようなものは、妄想・夢想を超えて、それが存在としての充実をもつ、または存在を最高の充実にするように働きかけるんじゃないか。少なくとも文学は魂のガソリンスタンドみたようなものです。扱いようによっては危険なエネルギーを精神に注入する。それは爆発力を持ってるわけです。だから「死靈は時限爆弾」という言葉もでてくる。

まさにそう、おっしゃる通り花火ですね。われわれは花火のように永遠になることを試みている。つまり現実的には一瞬で消え失せるが、記憶としては魂に残り続ける。それをひっくり返せば、観念としては妄想とみなされ、すぐに忘れ去られるようなことを、人類全部が注目して必死に残そうとすれば、確実に現実の様相は永久に一変するでしょう。しかしそれは誰もが狂気だと恐れていることでしょうけれどもね。

そうそう、国家と革命を反転して革命と国家という論文をものそうとした心意気に、埴谷の特質が顕れています。まず、主眼を逆に反転させる。また、革命、つまり動きが絶えざる常態で、国家、固定されたものは一時の状態であると。妄想ですが。

私は埴谷は反ユートピア的な文脈から読むことができるんじゃないかと思っています。つまり理想郷の完成はない。絶えず動き回る人魂こそこの世の形態となるべきであり、すなわち存在=意識、そこにたどり着くのがまずそもそもの始めだと。もちろんその前に世の中のあれこれの問題があるわけですが。いわゆる人新世の課題というやつでしょうか。でもそういった問題を解決するために埴谷は書いていたというより、その次の、そのもっと次の段階を見越して書いているんじゃないか。リレーを渡す相手がだいぶ先にいるのかもしれない。

長々と書いてしまいましたが、最後に付け加えると、われわれは埴谷を読んで何がわかるか。少なくとも、「未来の眼」じゃないですが、われわれはいわゆるパスカルの中間者ではないか、まだまだやることはあるんじゃないか、というユニークな元気の素をもらえるし、われわれは喩えるならいまだお釈迦さまの手の上で回っている猿なんじゃないか、さらにいえばそれでもお釈迦さまに一杯くわせようとする不遜さをもっていろいろ思考したり志向したり試行したりしていくんだ、というかなりラディカルな諦念だか妄念だかわからないアブナイ種子を植え付けられるというところに、現在進行形で埴谷を読むうま味がしっかり噛めば噛むほどにじみ出てくるんではないか。とりあえず以上です。

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