表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/76

『特性のない男』の話Ⅰ

『特性のない男』はおおまかに前半と後半にわけられまして、前半は徹底した現実批判、それもアイロニー、皮肉ですね、これを使って我々の生きている世界を極限まで批判して確実な認識をえぐりだそうとするわけですけれど、 後半はその索漠たる現実に俗にいう神秘主義、つまり千年王国、ユートピアですね、これを打ち立てようとする試み、なんていわれますけれど、しかしこれは神秘主義といっても一概にたんじゅんなロマンチシズムやアナクロな夢想ではないのではないか。

じっさいに読んでみると、そこには確固たる心理学や認識論による土台が築かれたうえで、そのユートピアへの志向がなされている。そして前半よりも厳しい批判がその志向自体に向けられているわけです。後半部の執筆が滞ったのはここに訳があるのだと思う。ユートピアへの志向=記述された思考そのものへの批判をするわけですから。

しかし内容の質の面からいったら、ますますそれは磨き抜かれたものとなる。絶筆部分が近づくにつれ、それはますます輝かしいまでの記述になるわけです。しかもそこには自己陶酔も自己否定もありません。

われわれは二つのことを考えるべきだと思います――特性のない男は完結しなかったが、それはとびきりの量と質をそなえた何かではあると。もう一つ、しかしだからこそ完結しなかったのだ、まぎれもなく未完結の何かがわれわれに残されたのだ、と。

これはわれわれにまた二つの感情を抱かせると思います――すなわち慎重さと、活力とを。慎重さとはムージルの仕事を前にした謙虚さであり、ムージルと同じ轍を踏むか否か、という選択の余地です。活力は、われわれはニヒリズムやペシミズムに陥ることなく、現代を冷徹にユーモアを交えて見ることができるし、その先に、小説内の分量はわずかながら、確かな道筋を確かめることができるのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ