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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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或る不真面目な

 薄汚いバラックが立ち並ぶこの界隈にみっちり太った金持ちのように鎮座ましますは例の穴熊権兵衛の大邸宅だ。ドブの残飯を喰らって生きる貧民たちは邸から漏れ出る日ごとの歓楽の声を聞くたびに粘っこい怨嗟の声を漆黒の壁になすり付ける。それでも壁はびくともせず翌日には清掃員がやって来てすっかり綺麗にしてしまう。邸のあちこちに取り付けられた高性能換気装置が貧民街の悪臭をこれっぽっちも中へ通さない。だから壁の内側では誰もかも皆快適だ。ある一角のガラス張りの建物には温水プールがある。そこでありえないほどの高さから滑り落ちるウォータースライダーの快楽はちょっと他では味わえないというのが客人たちの定評だ。プールの排水は曲がりくねった管を通ってドブに流れ込む。毎日のように、そのドブの汚泥を貧民が壁に塗りたくっている。穴熊権兵衛よりもその奥方の穴熊妙子のほうが来客を楽しんでいる風情がある。彼女は初めての客へは絶対にこういう冗談を言う――「この家は、鬼の家なんですわよ。主人は、酒呑童子に鬼婆。たっぷり遊ばせて、食べさせて、眠らせて、終いには喰っちゃうんですのよ」大体の客は愛想笑いするが中には半分本気にして目を丸くする者もいる。確かに黒い壁に囲まれて無数の豪奢で珍妙な施設を保有した様は異様で鬼の住処と言っても頷ける。しかし終いには誰も本気にしようとはしない。それは穴熊邸に来る人には誰も鬼を信じるような篤信者はいない上に主人夫妻の度を越したサービスのせいである。鰻が喰いたい人は好きなだけ喰えばいい。鴨が喰いたい人は好きなだけ喰えばいい。寿司が喰いたければ喰うがいい。遊びだって仰山ある。寝床だっていくらでもあるのだ。まったくこの漆黒の壁は内側にも外側にも浸食を続けていた。日々改築工事に明け暮れて施設は増加し敷地は広がっていく。土地をタダ同然で買いたたかれた貧民はそれでも笑顔で住処から去っていく。それにしても貧民街は無数に無限にある。しかし客人に一人もそこから来る者はいないのだ。どこからやってくるのか皆いっちょまえの格好をしてそれなりのマナーをわきまえていることが多い。どこからかは知れないが客人も無限に無数に来る。それに対応するためには絶対に内に外に邸を拡張しなくてはならない。穴熊権兵衛に雇われた作業員たちは一生懸命に壁を積み上げ塗り固める。同時に敷地を拡げるため再び壊す。目くるめくスピードで工事は実行されていく。客人たちはそちらに見向きもしないが貧民は別だ。外で休憩中の作業員の裾を引っ張っては雇ってくれるよう懇願する。一服している作業員はその手を面倒くさそうに払う。どうしても離れない手には灸をすえてやることもある。一度ドブでプクプク泡立つメタンガスに引火して壁の一部が吹き飛んだことがある。あるスポーツのスター選手と有力な政治家と高名な学者と一服しながら談笑していた権兵衛は召使いからそれを聞くとさもうるさそうに手を振って「まかせたぞ」という意を伝えた。貧民と作業員の遺体は壁の下に埋められた。そのうちまた取り壊された壁の基礎から骨が出てきたときは皆首を傾げて不思議がった。高名な学者はさる有力な政治家に「大発見ですぞ」と耳打ちした。政治家は別のことを考えていたので曖昧に返事をした。いくら辞めたところで死んだところで作業員も無数に無限にいるのだ。邸の富は無数に無限にあるからだ。払いは格別の良さだったから誰一人文句は言わなかった。

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