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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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胡蝶の殺人(続編未定)

 昔の中国、宋という国に、荘周という男がいた。

 この男はいまでいうエッセイストで、「蝶になった夢を見たんだけど、その夢から覚めたら、私が蝶の夢を見たのか、蝶が私の夢を見てるのか、とんとわからなくなっちゃったよ」などというちょっとしゃれた文章を書くので、巷で少しばかり人気があった。

 荘周には恵施けいしという友がいた。一言でいえば、めんどくさい奴である。

 ある日、荘周と恵施が召使いのせきを連れて街中を歩いていると、絶世の美少女に出逢った。名も知らぬ娘ながら、独り身の男二人は年甲斐もなくどぎまぎした。彼女は二人に気づくと、にっこりと太陽のように笑い、すぐに恥ずかしそうに手で顔を覆って走り去っていった。

「あのこ、私に気があるな」

 と荘周が鼻息フンと一つ吹いて言うと、

「いや、俺の方を見てたかもしれないじゃん。どうして美少女でもないのに、美少女の気持ちがわかるんだよ」

 と恵施がいつものようにつっかかってきた。

 荘周は「ちっ、はじまったよ。いつものいちゃもんが」と思ったが、落ち着いて答えた。

「君は私じゃないんだから、私が美少女の気持ちわかるかどうかわからなくない?」

 恵施は変にムキになって言った。

「たしかに俺は君じゃない。だから君の気持ちもわからない。でもそれと同じで、君も美少女じゃないんだから、美少女の気持ちがわかるわけないじゃないか」

 荘周はこめかみを痙攣させながら答えた。

「じゃ、最初に戻って考えようぜ。まず君が私にどうして美少女の気持ちがわかるのかって聞いたのは、私の気持ちを察して、私が美少女の気持ちがわかるかどうかわかっていて、私に聞いたんでしょ。てことは、美少女じゃない私が、美少女の気持ちをわかってもおかしくないでしょ。結論:美少女ワレニ恋ス」

「いや結論の意味がわからぬ。なあ、赤よ、この大問題をどう考える」

「そうですね……」と眉の太い美少年・赤は頭を掻きながら言う、「こう考えたらいいのではないでしょうか、すなわち、あの少女はお二人に恋をしており、そんな多感な自分を恥じらって駆けだしたのだ、と」

「詩人だなァ~」と荘周は赤を冷やかした。「ひょっとして、お前もあの子に気があるんじゃないの?」

「いえ、女に興味はありません」

 と言った赤の表情が真剣なことに、荘周は少しおどろいた。

 

 ある日、荘周が夕方の散歩から帰ると、いつも食事の準備をしているはずの赤の姿がなかった。

「赤よ、赤。どこにいったのだ」

 と呼んでも、どこからも返事はない。

「まあいいや、野草でも取りに行って、遠くまで行ってしまったんだろ。まったく、赤がいないと飯も食えん……」

 と今更ながら優秀な召使いのありがたさを思いながら、荘周はさっさと寝床についてしまった。


 血なまぐさい夢を見た気がする。

 

「おい! 荘周。荘周! いるか!」

 と呼ぶ声で目覚めた。もう朝だった。

『赤は帰ってきていない』と気づいたが、それどころではなかった。

 恵施が真っ青な顔をして枕元に立っている。

「どうした、そんな顔をして。美少女にフラれたか?」

 恵施は寝ぼけまなこの荘周の頬をパチンと打った。

「のんきに夢みやがって、この野郎!」

「どうしたんだ?」

 と頬をさすりながら問う。

「赤が、死んだ」

 思わず寝床から飛び起きた。

「赤が? どうして?」

「来い」


 現場は、山道から少し外れた林の中であった。

 場所は人だかりができていてすぐにわかった。

 赤は大の字にうつぶせになって倒れていた。

 赤の首はあるべきところになく、見回してもどこにもない。

「山菜摘みの老人が見つけたのだ。鋭利な刃物で一閃だそうだ。凶器は見つかっていない」

 恵施は沈痛な面持ちで言った。

「持ち物はこれだけか?」

 と荘周は赤の死体を物色しながら言った。

「ああ。何かとられているか、わかるか?」

「いつも持ち歩いている、細長い包みがない」

「なんなんだ、それは?」

「知らぬ。私にも見せないから」

「荘周、こういう事態になっては、主人のお前にも疑いが……」

「わかっている。もう、あれしかない」

 荘周は神妙に言い、洟をすすった。赤い目をしている。

「あれか」

 恵施には、荘周がなにをしようとしているのかすでにわかっていた。

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