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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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しっぽのはえた赤んぼう

 産婆の老女も、七たび諦めかけたほどの難産だった。なにかがつっかえて、なかなか出てこない。

 やっと出てきた赤ん坊は、まるで母の乳房へそうするかのように、自分のしっぽをくわえながら生まれ落ちた。ひ弱そうな身体は、羊水をはじく白い毛におおわれた尾とどこか不釣合いに見えた。

 老女はぎょっとして、思わずつぶやいた。

「やれ妖しや。きっと、自然が混乱を起こしたんだね」

 そして、お産を終えたばかりの母親の顔を見た。青白い顔で母親は問うた。

「赤ん坊は、無事でしょうか」

 老女はごくりと唾をのんで答える。

「安心しな。元気のいい男の子だよ」

「ああ、よかった。元気なら、それでいいのです」

 といって若い女は静かに目をつぶった。

 老女は女が天国に行けるように祈ると、赤ん坊を布にくるんで抱きかかえ、長老の家まで歩いていく。この村では、その長い髭の翁がいろいろのことを決めるのである。

「長老さま、長老さま。この子をご覧くださいまし」

 老女は長老の目の前で布を取ってみせた。たちまち、毛むくじゃらの立派な尾が現れた。

 長老は驚きのあまり顔をしかめ、しばらく動かなかったが、やがて理性をとりもどし、ゆっくりと考えはじめた。これは、いかなる造化の妙か。そもそも一体、吉凶どちらの兆候か。いや、まずは、この赤子をどうするべきか。

「川にでも流してしまったほうがいいでしょうか」

 老女の言葉にはっとなった長老は咄嗟に、

「それはいかん、その赤ん坊は村で大事に育てねばなるまい。おそらくは、神の思し召しじゃて」

 なぜそう言ったのか、長老にもいまだにわからない。


 赤ん坊は古い言い伝えにちなみ、ウルと名づけられた。ウルは美しい少年に成長し、毎日のようにほかの子供たちと野山を駆けめぐった。だが、そのしなやかな尾については注意深く人の目を避けるようにした。少年らしい羞恥の心が、尾が好奇の的となるのを許さなかった。

 ウルの父親のことを知る村の者は、誰一人としていない。母親は身持ちの堅い女で、村はずれに独り住んでいたから、よけいに謎は深まった。子供たちは口々にたずねる。

「お前の父親はだれだ? しっぽのウル」

「お前の腰から生えているものはなんだ? しっぽのウル」

「お前は獣か、それとも悪魔か? しっぽのウル」

 半分からかうような調子で、しかし幼さゆえのひたむきな詮索への情熱は、ウルをたいそう苦しめた。


 ところで、ウルが生まれた晩に、もうひとり変わった赤ん坊が生まれていた。背中から見事な白い翼が生えた、玉のような女の子である。ノルと名づけられることになるこの子は、ウルに続いて長老のもとに運ばれ、同じく長老の裁量によって、その命を長らえた。

 ノルの母親もまた出産ののち命を落とし、父親は知れなかった。美しい少女に育ったその周りでは、さまざまな噂がささやかれた。


 ウルは自然とノルに心ひかれた。ノルもまた同じだった。ほかの人間とは決してわかりあえない孤独を、唯一わかりあえる気がしたのである。

 ある日、ふたりが小川のかたわらで親しげに語らっていると、長老がやってきて言った。

「いかん、いかん、お前たち、そんな仲良うしては。きっとよくないことが起こるぞよ」

 それはどうしてですか、とウルが問うと、

「わしにもわからん。ただ、そんな気がするんじゃて」

 長老は、ふたりが特別美しくなりはじめたころから、この「自然の混乱」に言いようのない不安、はっきり言えば嫉妬を覚えていたのだった。なにかこの世を絶したものに対するゆがんだ羨望が、老人の心の奥に芽生えつつあった。

「私たちがこのような贈り物を賜ったのも、神さまの深いお考えがあってのこと。そうは思いませんか」

 ノルにそう問われた老人は顔をしかめ、ゆっくりと歩き去っていった。


 そして、ウルとノルはめでたく結ばれ、いよいよ赤ん坊が生まれることとなり、翁は家で知らせが来るのを待っていた。やがて老女が息せき切って飛び込んでくる。赤子を包んだ布が取られた……。

 夢だった。哀れな老人は汗まみれの体を起こし、なにごとか叫んだ。そして震える声でこうつぶやいた。

「いかん、いかん、そんなことになっては。わしの村で、これ以上妖しげなことが起こったら、どうなるか知れたものではない」

「ずいぶん心配しいなんだねえ、じいさん!」

 声のほうに目を向けると、そこには男がいた。それが悪魔だということは、毛むくじゃらの黒い体躯、背中のコウモリのような翼、腰からいやらしく垂れ下がった尾っぽから知れた。

「忌まわしきその姿、あの子らにそっくり! おお、神よ」

 老人は神聖な手振りをして、この邪悪なものを追い払おうとした。

 悪魔はそれに答えるようにその黒々とした尾を振って、

「べつに、とって食おうってんじゃない。今夜は、あんたをからかいに来ただけだよ。過ちを犯したあんたをね」

 老人は咄嗟に、その「過ち」というのが赤子のウルとノルを生かしてやったことだと考えた。

「おぬしの言う通り、あれはぬかったわい」

 悪魔は笑った。不気味な顔がいっそうゆがむ。

「そのせいで、村は滅びることになるのさ。じいさんが、この村で最後の長老だ。地獄風に言うと、ケツだね」

「いや、そうはならん。けっしてケツになぞなるものか」

「そのケツから悪魔のしっぽが生えてるとも知らずに! 悪の種は、いつでも人間のほうが勝手に孕んでくれる……まあ、好きにしな。あんたを手伝う必要はないようだ」

 悪魔はそのやけに長い尾をみだらに揺らして消えた。


 次の日、長老の命で、しっぽをもつ少年と翼をもつ少女は村はずれの掘っ立て小屋に連れていかれた。かつて、ウルの母親が住んでいた家である。ふたりはそこに閉じ込められた。

「長老さま、これはどういうことですか。僕らがいったい、なにをしたというのです」

「許せ。お前たちは、生まれてきてはいけなかったのじゃ。なぜあの時、わしはお前たちを生かしてしまったのか。村を守るためには、もはや、こうするしかない」

「おやめになって、長老さま。もしや、悪魔にたぶらかされたのではありませんか」

 とノルが必死に叫ぶ。

「うるさい! 悪魔はお前らじゃ」

 老人は手ずから小屋に火を放った。それはたちまち炎となって勢いよく建物を包みこむ。

「長老、これで村は救われるのでしょうか」

 村人たちが心配そうにたずねた。

「そんなわけがなかろう。お前たちは罰を受けるのだ」

 長老が口を開ける前に、誰かが高いところで言った。

 皆が天を仰ぐと、そこには天使がいた。ゆったりとした白い衣に身を包み、背中から白い翼を生やし、そして腰からはーー長く白い毛におおわれた美しい尾が生えていた。

 長老は顔をしかめた。冷汗がしたたる。

「なんと神々しきその姿! まさか、ウルとノルは」

「そう、われわれの子だ。素朴なこの村の者にまかせれば、なにも言わずとも、健やかに育ててくれると思ったが、お前たちは愚かであった。仕方がない、私が連れていこう」

「しかし、わしはてっきり、天使さまには尾などないと」

「そう伝え聞いただけで、まことの姿など見たことはなかろうに。おおかた、悪魔にでもだまされたのであろう」

 たちまち老人は悪魔の言っていた「過ち」の意味を悟った。ケツから悪魔のしっぽ、か。

 その後、村の者たちは残らず罰を受けたという。しかしどのような罰だったか、それは正確に伝わっていない。一説には、村ごと焼き払われたとか、物言わぬ獣に姿を変えさせられただとか。だが実際のところは、最も残酷な仕打ち、つまりもう二度とこの村ではしっぽつきの赤子も翼の生えた嬰児も生まれない、という罰だったのではないか?

 天使の子を授からないのは、すなわち神から見放されたということである。

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