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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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ナルコレプシー

曾祖父が戦中に体験した話らしくて、親戚が集まったりするとあがるネタなんですが。

陸軍の、同じ隊の仲間に、とつぜん妙なタイミングで昏睡状態になってしまう人がいたらしいんです。

いや、今風に言うと、ナルコレプシーとかなんとか呼ぶのかもしれませんけどね。

その人が変わってるのは、ときどき、夢と現実を間違えちゃうらしいんですよ。

つまり、たとえば夢の中で敬礼とか陛下万歳とかやってる。それはまあ、なくもないことではある。でも、眼を醒ました時に、べらべらわけのわからないことを言ったり、おかしな行動をとるんですって。

おれは特攻には行きたくないとか、ついにピカドンが落ちたとかわめいてたこともあるとか。なんとそれがまだ昭和18年だったらしいですけど、まあ聞いてるほうの記憶違いってのもありえますからね。

で、その隊は南方のとある島に配属されたのですが、まあご存じのとおりそこも激戦でね。

バタバタ仲間が死んでいったらしいんです。

ある日、ついにもうほとんど壊滅状態のところにアメリカが来る、ってことがわかって、全員覚悟を決めたと。

そうしたら昏睡状態だった例の人が、いやすでに熱病に罹って半死半生だったらしいんですが、いきなりガバッと起き上がって、アメリカぶっ倒してくる、って怪気炎を上げるんですって。

みんな必死にとめるでしょう。ただ夢みてるに違いないですからね。

でもね、私のひいおじいさんが、どのみち死ぬんだから、行かせてやろう、って言ったそうなんです。

その人、銃剣一挺もって、飛び出してった。

なぜかその日はアメリカが来なかったらしいんです。その人も帰ってこなかったですがね。

で終戦になって、なんとか生き残った隊の仲間たちは本土に戻れた。

闇市ってわかりますかね、まあ僕らの数世代前の人たちはだいたいお世話になっていたんじゃないかと思いますけど、ひいおじいさんも肉汁を、まあほとんど闇鍋ですがね、大きな鍋で何の肉かよくわからないのを、ぐつぐつ煮て売っていた。

そしたら一度だけ、例の人に会ったんですって。

よう、ってなもんで、肉汁煮てるところに明るく声をかけて来たそうなんですよ。

いやてっきり死んだと思ってたから、あの後どうやって帰って来たのか聞くと、ニタリと笑って言ったんですって。

いやあれは夢だから。おれはあべこべに間違えちゃった。いまがホント。

ひいおじいさん、首を傾げながら、ありゃどういうこっちゃ、ってずっと私たちに言ってましたよ。

三年前亡くなったんですけどね。例の人ももう相当の御歳だと思いますけどね。

ははは、いやホントですって。だってこれが嘘だったら、うちの曾祖父が夢みてたってことになるでしょう。


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