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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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スタイリストたちと象徴

• いかに優れたラブソングといっても、その歌が誰それに対して贈られたものだとかいう裏話を聞いたとたん、せっかく抱いていた夢想を台無しにしてしまうことがある。その逆もある。意味をつけなければ生まれない芸術がもあれば、意味をつけられて死ぬ芸術もある。いかにも意味ありげで、しかし意味をつけた途端にあらかじめ持っていた興味深さが失われてしまう文学というものがある。

• 私の念頭にあるのは、ゴーゴリ、カフカ、宮沢賢治、そして内田百閒といった作家たちだ。そこに魯迅や牧野信一を加えてもよい。文学の値打ちが面白さだけで決まってしまうものなら、彼らの作品こそが文章芸術というものの王道だろう。彼らの文学においては、世界に基づいてことばが造り上げられるのではなく、ことば自体が独立した世界を造り上げようとする。彼らのような作家は世界を書こうとしたって書けないのだ。彼らにはすでに形式が、スタイルがあるからである。世界というものを余すところなく書くには、不愉快なものも書く必要がある。それは必ずしも死や病、悲しみや怨念ではない。直截に言えばあるスタイルから外れたものである。一流のスタイリストたる彼らは、そういったものを本質的に書けないのである。それは直接に描かれるのではなくて、何らかの象徴として描かれる。豹、ジャッカル、狐、芸人、城、外套、馬、猫、虫、等々。

• 確かに、彼らは何らかの意味を込めて書いているのかもしれない。その意味を誰かに伝えたくて書いているのかもしれない。しかし、象徴が象徴だからこそ時間的・空間的に遠く響くということも考えられる。特定の対象を持たないラブソングに、聞く人が自己の感情を仮託しやすいように、特定の意味をつけられていない象徴と、読者の間には秘かな関係が生まれる。それは友愛というよりは、共犯といった方がいいような、ごく個人的な関係でありうる。

• 我々はお互いの感情や思考を直接に理解する必要が強いてあるだろうか。ことばという双方が共通にわかりあえると了解しているものを用いて、決して捉えられない曖昧なお互いの内面を探り合っているのが現状である。

• では、ことばを精密化・細分化・普遍化することで我々は我々とわかりあえるのだろうか。どうしようとも、それは変形した誤解と言い換えられ得る余地を持つ。なぜか。精密化・細分化・普遍化のいずれも、ことばによる世界認識を拡張していく試みだからである。

• つまり我々の内面を近づけるため、我々の間にある距離を説明しつくそうとする営みに過ぎない。恐らく、そのような方向で探求を続ける限り、ついて廻るのは「孤独」という根本問題である。ことばを費やせば費やすほど、我々は孤独であるということを認識せざるを得ない。

• ちなみに、「絆」とか「愛」とかいったことばによって連帯感を醸し出そうとする試みがしばしば見受けられ、それに対して「薄っぺらい」とか「偽善的」だとかいう批判がなされることがあるが、そういったことばは使い古されて薄っぺらく偽善的だからこそ、人々にわずかながらも連帯感を醸す余地があるのであって、これが仮に「複雑で崇高な理念」であったら大勢でわかちあうことなどできない。だからわかりやすく短い典型的なことばで社会を統一しようとする試みというのは、そもそも「孤独」という問題すら孕まない、かといって象徴ともならない。

• 閑話休題、先に述べたようなスタイリスト達の描く、世界の単純化ともいうべき象徴の数々は、読者に奇妙な連帯感を持たせる。安心感といってもいい。それは練り上げられた観念の伽藍ではなく、薄っぺらなスローガンでもない。それ自体は単純な構造体なのに、複雑な反射を生み出す鉱石のような、多様な解釈を生み出し得るものである。解釈とは、それに意味づけを行うという営みばかりではない。意味づけとは、本質的には世界に向けられたことばでしかない。それは、世界を象徴ごしに自己と対面させる行為であって、意味づけができないものである。言い換えれば、ことばに成しえないものである。では、ことばにできない以上、そこで人は沈黙するほかないのであろうか。否、そうとばかり決まっているわけではない。そこからことばを発する人、書く人、表現する人が芸術家なのであって、考えてみれば、あの愛すべきスタイリストたちもそこから筆を執ったのであった。

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