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第32話:『放課後の洋菓子店と、ショーケースの告白』


「――よし、これで母さんからの頼まれごとは終わりだな」


学校の帰り道。忠敬は母親からの「今日の夕方、駅前のケーキ屋さんで予約しておいたお父さんの誕生日ケーキを受け取ってきて」というメッセージをスマホで確認し、いつもとは違う通学路へと足を向けていた。


チリンチリン、と可愛らしいドアベルの音と共に足を踏み入れた駅前の洋菓子店は、甘いイチゴの香りと、色鮮やかなケーキが並ぶガラスのショーケースの光で満ちていた。


平日の夕方とあって、店内には主婦層や学校帰りの女子高生の姿がちらほらと見える。だが、忠敬がレジカウンターへと歩み寄ったその瞬間、店内の小人たちの世界では、学校中から伝染してきた口コミネットワークが一斉に大爆発を起こしていた。


『おい! 噂の”声を聞く人間”が来店したぞ!』

華やかなケーキたちが並ぶガラスのショーケースの小人が、短い腕をバタバタと振って叫ぶ。


『レジ横の班! 今すぐ現在の危機をあいつに報告するんだ!』

声の主は、レジの横に置かれた、お会計用の木製トレイの小人だった。


彼は、名札に研修中と書かれた若い女性店員さんの手元を見つめながら、半泣きで必死に忠敬に向かって声を枯らしていた。


『お兄ちゃん、聞いて! このお姉さん、さっき別のクレーマーの客に理不尽に怒鳴られて、今頭が真っ白になってパニックになってるんだ! そのせいで、さっき裏の厨房から持ってきた予約ケーキの箱を、完全に名前の取り違え(エラー)でセットしちゃったんだよ!』


『何だって!? 気づかなかったのか!?』

予約伝票の小人が身を乗り出す。


トレイの小人は、涙を拭いながら絶望的な裏事情リークを告発した。

『潜木様のお母様が予約したのは【生クリームの苺デコレーション・5号】だ! なのに、お姉さんが予約名を聞いて奥の冷蔵庫から持ってくるその箱の中身は、大学生のお兄ちゃんが予約した罰ゲーム用の【超激辛デスソース・わさび入りロシアンルーレットケーキ】! このままだと取り違えで今日の潜木家のお誕生日会がガチで血の地獄に沈むぞ!』


(……誕生日会でデスソースケーキとか、どんな罰ゲームだよ……!)


あまりに致命的すぎる我が家の夕飯後の危機を小人にリークされた。今日は本当に事前に店員のミスをしれてよかった。


忠敬がレジの前に立つと、手首のクロノがすっと微かに熱を帯びた。

画面はただの時刻を表示したままだ。


『主。スピーカーの集音マイクをプライベートモードに偽装中だよ。トラー班の口コミ通り、お姉さんの脳内パニックによる取り違え確率は100%だよ』


(……しかし、どう確認する…?わさびケーキのまま持って帰るわけにはいかない。かと言って「中身が違います」なんて言えば、箱を開ける前に中身が透視できた超能力者になってしまう)


「あ、お、お待たせいたしました……! 予約のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか……っ?」

研修中のお姉さんが、震える声でレジを叩く。完全に先ほどのクレーマーのショックを引きずって、顔が強張っていた。


「潜木です。17時に予約していたケーキをお願いします」

「く、潜木様ですね! 少々お待ちください……っ!」


お姉さんが慌てて奥の厨房の冷蔵庫へと走り、数秒後、綺麗にラッピングされた四角いケーキの箱を大切そうに抱えて戻ってきた。

店員にも忠敬にも見えないその箱の裏側には、お弁当のフタ裏の小人たちの口コミ通り、別の客が注文したであろう【ロシアン・激辛】の極小の管理シールが貼られていた。


「こちら、お間違いないでしょうか……っ?」

お姉さんが、涙目になりながら箱を差し出してくる。


(いや、中身は大間違いなんだよな)


忠敬は一切のポーカーフェイスを崩さないまま、その箱を見つめ、”母からの伝言”を投入した。

「あの、すみません。うちの母から『最近のケーキ屋さんは箱の底が結露しやすいから、必ずその場で店員さんと一緒に中身の崩れがないか一度開けて確認してね』って、しつこく言われてるんです。悪いんですけど、一回ここで箱を開けて見せてもらえますか?」


「えっ……? あ、は、はい! かしこまりました……っ!」

お姉さんがハッとしたように目を丸くし、おずおずと箱の綺麗なリボンを解き、フタをそっと上に持ち上げた。


次の瞬間、お姉さんの表情が、完全に凍りついた。


そこに鎮座していたのは、美しい苺のデコレーションケーキではなく、真っ赤なドクロのチョコレートが中央に飾られた、禍々しい紫色の【超激辛デスソースケーキ】だったのだから。



「ひえっ!? じ、事故です!! な、何これ、中身が違う……!? 潜木様、すみません、私、完全に別の特注品と……っ?!」

お姉さんが顔を真っ白にして完全にパニックになった。



レジ横の木製トレイの小人は机の隙間から涙を流してバンザイをした。

『気付いたァァァーーーッ!!! お兄ちゃんの電撃「母の確認チェック」によって、取り違えハザードは完璧に回避されたわ!! 潜木家のお誕生日会は守られたのよ!!』


「あ、い、今すぐ、今すぐご注文の苺のケーキをお持ちしますので!! 本当に申し訳ありませんっ!!」

涙目でお辞儀をして厨房へ猛ダッシュしていくお姉さん。


「いえ、大丈夫です。ゆっくりでいいですよ」

忠敬は無表情のまま静かに財布を取り出し、何事もなかったようにお会計の準備を済ませた。



数分後、今度こそ完璧に本物の、美味しそうな苺がたっぷり乗った生クリームのケーキ箱が差し出され、お姉さんは「命拾いしました……本当にありがとうございました……!」と、深々と頭を下げていた。





夕暮れの帰り道。

忠敬はカバンを傷つけないよう、ケーキの箱の紐をそっと指先に引っ掛けて歩き出した。


手首のクロノの明滅は完全に収まり、液晶の画面はただの時刻表示に戻る。

忠敬の胸ポケットから顔を出したクロノが『主、完璧な確認だね。これで頼まれごと達成確率100%だったね。木製トレイの小人も、今頃レジで嬉し泣きしているよ』と忠敬を見上げて満足そうに言った。


忠敬は返事こそ返さなかったが、腕時計を優しく撫でた。

そして忠敬はケーキを崩さないよう慎重に家路についた。



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