第31話:『佐藤の部屋と、学習机のタイムカプセル』
「頼む忠敬、高橋! 一生のお願いだ! 俺の部屋から、明日が提出期限の『部活の総体申込書』を一緒に探してくれぇぇ!」
放課後。
スマホ没収に続いて大会出場の権利まで失いかけた佐藤に泣きつかれ、忠敬と高橋くんは、人生で初めて佐藤の自宅の自室へと足を踏み入れていた。
”友達の家”という空間に足を踏み入れるのは、忠敬にとってこれが初めての経験だった。
「うわぁ……。佐藤くん、さすがにこれは探し甲斐があるね……」
ドアを開けた高橋くんが、一歩目で早くも顔を引きつらせた。
そこは、学校での大雑把さをそのまま具現化したような凄まじい空間だった。床に散らばったプロテインの空袋。クローゼットからはみ出した部活のジャージ。
佐藤は「昨日までは確かにあったんだよ!」と叫びながら、ベッドの上の布団を雑に跳ね飛ばして大騒ぎしている。だが、部屋の隅に置かれた、佐藤が小学生の時から使い続けている傷だらけの古い学習机の周辺では、すでに小人たちの切ない悲鳴が響き渡っていた。
『お兄ちゃん(忠敬)! 来てくれたんだね!』
学習机のボロボロになった引き出しのフチから、つぎはぎの服を着た学習机の小人が、涙目で必死にこちらを向いて手を振っていた。
その周囲では、歪んだ引き出しのレールの金具の小人たちが、引きつった服を伸ばしながらヘロヘロになって愚痴をこぼしている。
『聞いてよお兄ちゃん! ご主人が探してるその大事な書類、一番上の引き出しのレールの真裏に、くしゃくしゃに巻き込まれて挟まっちゃってるんだ! ご主人、いつも扱いが力任せで、引き出しを思いきりガシャーンって閉めるから……!』
『そうだよ! おかげで俺たちのレール、歪んで噛み合わせがガタガタなんだからな!』
(……なるほど。自業自得のパワープレイでレールの裏に巻き込んだな、佐藤)
忠敬は、他人の部屋の生々しいズボラハザードの全貌を特等席で聞きながら、無表情のまま内心で深くため息を吐いた。その間にも、佐藤によって部屋中の物がひっくり返され、さらに混沌とした空間が構築されていく。
『ひどいよね、この机。でも、でもね――』
学習机の小人が、傷だらけの天板を愛おしそうに撫でながら、ぽつりと静かなトーンで言葉を続けた。『……ご主人、本当に悪気はないんだ。いつも扱いが雑で壊されそうになるけど、あいつが初めて部活のレギュラーに選ばれて、この机の上でユニフォームを抱きしめて嬉し涙を流した日のこと、僕は今でも覚えているんだよ。不器用で、勉強もできなくて、失敗ばっかりだけど……本当は、夜遅くまでずっと必死に頑張ってる、自慢のご主人なんだ』
『だから、明日あいつが大会に出られなくなるのだけは、絶対に嫌なんだ! お願い、僕たちの引き出しを外して、書類を救い出してあげて……っ!』
物たちの、ひたむきで真っ直ぐな、主人への恩返しの声。
忠敬はそれ以上は耳を傾けず、ただ静かに佐藤の学習机の前へと歩み寄った。
「おい、佐藤」
忠敬は無表情のまま、ぶっきらぼうに告げた。
「もらったプリント、最初にどこ置いた」
「え?まずカバンだろ。それから…机の上に置いた」
「じゃあ、机の周辺が怪しいな。試しにこの一番上の引き出しを開けてみろ。……レールの噛み合わせが完全に歪んでるぞ。一回、引き出しごと上に持ち上げて、丸ごと引っこ抜いてみろ」
「え? なんだよ急に。引き出しの中に書類なんてねえって!」
「いいから抜け。俺の『勘』だと、お前の雑な力任せのせいで、レールの裏にタイムカプセルみたいに挟まって眠ってる気がする」
「レ、レールの裏……!?」
忠敬の相変わらず解像度の高すぎる”勘”の指定に、佐藤は怯えながらも、引き出しの取っ手にガッ…!と手をかけた。
「フンヌッ……!」
佐藤が声を上げて引き出しを強引に上へと持ち上げ、ガシャリと完全に引っこ抜いた、まさに次の瞬間――。
レールの隙間から、くしゃくしゃに折れ曲がった一枚のプリントが、床へとポロリと転がり落ちた。そこには、はっきりと【部活総体申込書】の文字が書かれていた。
学習机の小人とレールの金具たちが、外された引き出しの奥で涙を流してバンザイをした。
『出たァァァーーーッ!!! 潜木くん、ありがとう! ご主人の夢は守られたよ!!』
『俺たちのレールも、これでようやく息ができるぜ!!』
「うおおおっ、マジであったァァァーーーッ!!! 忠敬、お前マジで超能力者かよぉぉぉ!」
床の書類を拾い上げた佐藤が、色黒の顔を涙で濡らしながら、申込書を天高く掲げて大歓声を上げた。隣で高橋くんも「本当によかったね、佐藤くん! 潜木くんの観察眼、やっぱりすごいよ」と心底安心したように微笑んでいた。
「……もう引き出しを勢いよく閉めるな。机がかわいそうだろ」
忠敬は窓の外を見つめながらぽつりとそれだけを呟き、カバンを肩に掛け直し、佐藤の汚部屋を出て廊下へ出た。
「おう! これからは仏の所作で、ミリ単位の優しさで閉めるわ!」
忠敬の背後でそう宣言した佐藤は直後、手にした引き出しを盛大にガシャーン!!と勢いよく元の位置へと叩き戻した。
『ギャァァァーーーッ!? 背骨が、俺たちの背骨がまた曲がったァァァ!!!』
『前言撤回だ! あいつやっぱりクズ主人だァァァーーーッ!!!』
外された引き出しの奥から、小人たちの血を吐くような悲鳴が再び響き渡る。
クロノの呆れた声がすぐさま届いた。
『主、佐藤の「反省ログ」の継続時間はわずか3秒だったね。これに懲りたら、次からは自分で探させることだね』
「……全くだ。二度とあいつの部屋には入らん」
人間の知らない、物たちの健気な恩返しの裏事情。
佐藤の必死な努力の歴史を古い机の口コミから知り、ほんの少しだけ手を貸してやった忠敬は、早くも元の木阿弥に戻って悲鳴を上げている小人たちと、一ミリも反省していない佐藤の姿に冷たい視線を送ると、佐藤の家を後にした。




