第26話:『漢の強火、ついに不発 ――お弁当全滅ハザード――』
2点の衝撃から一週間。
放課後の地獄の3時間補習で精神をすり潰されている佐藤は、この期に及んでもなお、完全に調子に乗った態度を改めていなかった。
「あー、補習で頭使って腹減ったわ! おい高橋、その美味そうなミニハンバーグ一個くれよ! あと忠敬、そのメンチカツ半分よこせよ!」
佐藤が自分の”白米の上に茶色い肉だけがドカンと乗った漢のフルパワー弁当”を開きながら、さらに2人のおかずに図々しく箸を伸ばしてきた。
その瞬間、高橋くんの白いお弁当箱の小人と、忠敬の箸の小人が猛烈な勢いで激怒した。
『図々しいにも程があるぞ、この色黒の泥棒猫め!!』
高橋くんのお弁当の仕切り小人が、レタスを盾のように構えて叫ぶ。
『我が班の栄養バランスは、高橋様のお母様が二度寝の危機を乗り越えてミリ単位で構築した完璧な聖域だ! 侵略行為は断じて許さん!』
『忠敬のメンチカツだって、今日のおかずのエースだ! 分け前など一ミリもない!』
(……高橋、絶対に甘やかすなよ)
忠敬が心の中でそう呟きながら、自分の弁当箱のフタで佐藤の箸をピシャリと叩き落とした。
高橋くんも、いつもなら「いいよ」と言ってしまう優しい性格だが、今回のテストの件もあり、「ダメだよ佐藤くん。自分のご飯は自分で食べなきゃ」と、珍しく毅然とした態度でハンバーグを死守した。
「ケチーーッ!! 2人とも冷たすぎるだろ! 友情のパラメーターはどうなってんだよ!」
佐藤がジタバタと大騒ぎする。
『友情を盾にするなクズ主人が!!』
佐藤の茶色いお弁当箱の小人たちまで、今回は主人に味方せず、あきれ果てて身を縮めていた。
まさにその時。
ガラガラと前扉が開き、抜き打ちの”生活・健康チェック”のために栄養教諭の先生が入ってきた。
「よし、お昼ご飯のチェックを始めます」
先生が佐藤の机の前に立ち、茶色一色のお弁当箱を見下ろした。
先生の持つ出席簿の小人が、冷酷な裁判官のような声で判定した。
『判定終了! 佐藤の野菜パラメーター、今回も完全なるゼロ!』
『それだけじゃないわ! 友達のおかずを強奪しようとした悪質な手口、許せない!』
『これは重罪です。大人の特権を行使し、”あの刑”を執行しましょう!』
先生は出席簿に容赦なくバツ印を書き込むと、冷たい笑みを浮かべて佐藤を見つめた。
「佐藤くん。君の栄養バランスの偏りは、我が校の健康基準を著しく下回っています。よって、明日から一週間、お母様にご協力いただき、あなたの言う”超大量の生野菜オンリー・漢の砂漠弁当”の持参を義務付けます。唐揚げは一切禁止です」
「な……生野菜オンリー……唐揚げ、禁止……っ!?」
佐藤の色黒の顔が、一瞬で生気を失い、真っ白に変色した。
翌日のお昼休み。
佐藤の机の上には、大きな透明なタッパーに、一切の味付けがないキャベツの千切りとブロッコリー、そして強烈な匂いを放つセロリだけがギチギチに詰め込まれた、地獄のような緑色の山が鎮座していた。おまけなのかケールが丸々一袋、タッパーの上にセロハンテープで留めてある。
それを見た鈴木が「うわっ……」と声を漏らしながら、自分の弁当を持って半歩後ろにのけぞった。
「佐藤、それ……何? 昼飯? どこかの牧場から脱走してきたの?」
佐藤は無言だった。ただただ死んだような目でタッパーを見続けている。
『あぁ……我らのアイデンティティ(肉)が消滅した……』
佐藤のお弁当箱の小人たちが、力なくタッパーの横で倒れていた。
「うぅ……味がしねぇ……。青虫になった気分だ……。からあげ……俺のジューシーからあげ……」
涙目を流しながら、ウサギのように生のキャベツをシャキシャキと虚しく齧り続ける佐藤。
その横で、高橋くんが「……頑張ってね、佐藤くん」と、少し引きつった顔で苦笑いしていた。忠敬はその様子を、自分の席で静かにお茶を飲みながら眺めていた。
一方、スマートウォッチの画面の横では、クロノがどこか清々しそうな表情で、生のセロリを齧って盛大に咽せ返っている佐藤をじっと眺めていた。




