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第20話:『完璧主義者のタコさん ――小さな防衛作戦――』


「ええーっ!? マジかよ!今日、弁当抜き打ちチェックあんのかよ!」


四時間目が始まる直前。

佐藤が教室の黒板に書かれた【生活・健康チェック(弁当・持ち物)】の文字を見て、絶望に顔を歪めていた。


「佐藤くん、声が大きいよ。ただの衛生面の簡単な確認だから、普通にしていれば大丈夫だよ」

隣で高橋くんが優しく諭す。


だが、忠敬の右隣の席――いつも凛とした完璧な優等生である白雪さんの机の内部では、その瞬間、持ち物たちによる"未曾有の極秘防衛作戦"が開始されていた。


『総員、警戒体制へ移行せよ!!』


白雪さんの気品と完璧主義を写し取ってきた、高級な漆塗り風のお弁当箱のフタ裏の小人が、キチッと挙手をして叫ぶ。

『学年主任による検閲まであと数分! 我が班の"彩りバランス"に一ミリの妥協も許されない!』


『大変です、フタ裏隊長!!』

白雪さんの筆箱の小人が、教科書の影から青ざめた顔で飛び出してきた。


『昨日、お夕飯の煮物のタレが、カバンの中でわずかに傾いた形跡を検知! "タコさんウインナー"の足が一歩、内側に閉じかけております!』


『っ何だと!?』

定規の小人が息を呑む。


『白雪様がさっきの休み時間、トイレの鏡の前でピンセットを握りしめ、ミリ単位でウインナーの足を広げ直した我が班の努力を無駄にする気か!』

『それだけではありません! 焦るあまり、お醤油のミニボトルのフタが【半ロック状態】で放置されています!』




『『『醤油ボトルの開放だとォォォ――ッ!?』』』



白雪さんの持ち物たちに、国家崩壊レベルの激震が走った。もし大人の検閲でフタを勢いよく開けられたら、中身の醤油が噴出し、ミリ単位で整列させたタコさんウインナーたちが全滅の危機に瀕する。


それは白雪さんの【完璧】というプライドの崩壊を意味していた。


『醤油の漏洩を絶対に阻止せよ!!』

『だが、我々無機物の力ではボトルのフタを物理的に閉められない!』

『誰か! 誰かこの危機を白雪様へ伝達できる通訳はいないのか!?』


ちらっ

ちらっ

ちらっ


あからさまに視線を感じた。



(……はぁ。こいつらも高橋のところのやつら並みに大袈裟だな……)


隣の席で静かに教科書を開いていた忠敬は、白雪班の"ウインナー防衛会議"の狂騒に、内心で深くため息を吐いていた。


いつも隙のない白雪さんが、裏でそこまで必死にタコさんの足を広げていたという生々しい真実。


スルーしたいが、このままでは本当に醤油のハザードが発生してしまう。だが、馬鹿でもわかる。

直接口に出して「醤油のフタが開いてるよ」なんて言えば、なぜカバンの中身を知っているのかと変人扱いされてしまう。



ガラガラ、と前扉が開いて学年主任の先生が入ってきた。「よし、弁当を机の上に出しなさい」先生が一番前の席から順番にチェックを始める。



じりじりと、白雪さんの席へと近づいてくる。

白雪さんは顔をいつも通りキリッと引き締めているが、机の下で、その指先が力を込めすぎて白くなっていたのを忠敬は見逃さなかった。


(……スマホの画面なら、誰にも見られないか)



忠敬はポケットからスマートフォンを取り出すと、メッセージアプリを開いた。口に出して話しかけたりはしないし、ただの文字入力なら問題ないだろう、きっと。


一抹の不安があったが、忠敬は白雪さんのアカウントへ向けて、素早くメッセージを打ち込んだ。


【潜木:なんか偶然、白雪さんのカバンの方からかすかに「カチカチ」ってプラスチックが擦れる音が聞こえた気がした。お弁当の醤油のミニボトルとか、フタが緩んでカバンの中で当たってたりしない? 一応、先生が来る前に確認した方がいいかも】


送信した瞬間、白雪さんのスカートのポケットの中で、スマートフォンが「ブッ」と振動した。白雪さんは不審そうに眉をひそめながらも、先生の目を盗んで画面を確認した。



次の瞬間、彼女の大きな瞳が激しく揺れた。


顔を強張らせた彼女は、すぐさま机の下で、自分のカバンの中にソッと手を滑り込ませた。数秒後――カバンの中で、カチリ、と小さくプラスチックの蓋が正しく閉まる音が響いた。


お弁当のフタ裏の小人が、机の隙間から忠敬にグッジョブ!とサインし、箸の小人が涙を流してバンザイをした。


『閉まったァァァ!! 潜木班からの電撃支援に感謝する! タコさんウインナーの命は救われたぞ!!』


「よし、次は白雪だな。お弁当を出しなさい」

先生が白雪さんの机の前に立つ。


白雪さんは、いつもの凛としたトーンで「はい、よろしくお願いいたします」と答え、美しいお弁当箱をスッと机の上に置いた。


先生はフタを開け、その中身を見て満足げに頷いた。「うむ、彩りも栄養バランスも完璧だ。タコウインナーの配置まで美しいな」


先生が次の佐藤の机へと移動していった瞬間、白雪さんは正面を向いたまま、その綺麗な口元をほんの少しだけ緩めて、隣の忠敬へ向かってぽつりと呟いた。


「……潜木くん」

「ん?」

「潜木くんのその鋭い『耳』には、本当に敵わないわね。ありがとう、助かったわ」

「いや。たまたま音が聞こえただけだよ」


忠敬は視線を逸らし、曖昧に誤魔化しながらチェックを続ける先生を見た。


手首のクロノが、無言を貫きながらも、どこか誇らしげにトントンと滑らかな振動を返してくる。



人間から見れば、ただの醤油ボトルの閉め忘れ。だが小人たちの世界では、完璧主義のプライドをかけた、歴史的な「タコさん防衛作戦」が大成功を収めた瞬間だった。



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