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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十五部:連合の胎動

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第8章:琥珀の訣別、あるいは果てなき戦場へ

1. 膨れ上がる「緋色」の軍勢


「――ああ。それから、補足だ。クリシュ・アランの五十三名だけじゃない。鉄理の規矩騎士団からも十二名、新たに『緋色の傭兵団』で預かることになった」


アルバ・ロンダ城の四阿。俺が淡々と告げた言葉に、イライザ女王は美しい眉をひそめ、信じられないといった様子で声を上げた。


「……はい? 今、何と仰いましたか?」


「言葉通りだ。彼らは正式に、我ら緋色の傭兵団への入団を志願し、受理された」


「えっ……騎士団からも、十二名が? 賊軍として粛清の対象となったはずの彼らが、ですか?」


イライザの困惑も無理はない。かつてエンガードの誇りであり、後に国を蝕む膿となった騎士団。その生き残りが、影の実行部隊である俺たちに合流したというのだから。


「順を追って説明しよう。降伏した騎士は、負傷者を含めて百五十一名いた。生き残ったエドワード隊長が、彼らを敗残兵として取りまとめようと尽力したが……どうしても騎士団のしがらみを捨て、全く別の道を進みたいという者が四十八名出たんだ。その内三十六名はグラス・ガレスに留まって開拓民としてやり直す道を選び、残りの十二名が、俺たちの戦い振りに心酔したと言って傭兵団への加入を希望した。……俺たちは、彼らの眼に宿る覚悟を信じ、受け入れることにした」


「それは……あまりに自由奔放な決断ではありませんか?」


驚きを隠せない女王に対し、俺は指を折って現状の戦力を数え上げた。


「まあ、そう見えるだろうな。だが実情はこうだ。元々俺たちは百五十人の規模だったが、グラス・ガレスの激戦で死亡が十八名、重症で戦線離脱を余儀なくされた者が十一名。無事なのは百二十一名まで減った。そこに、ダン・ネスから来たクリシュ・アランの精鋭五十三名、そして元騎士の十二名が加わった。さらに、以前『ならし』の際にロンデニールから引き抜いた荒くれ者千二百名の中から、選りすぐりの精鋭八十名を正式に編入した。結果、現在の総員は二百六十六名だ」


「二百……六十六名。もはや一兵団に匹敵する規模ですね」


「ああ。なお、ムッサーシ男爵は、動けない重傷者十一名を快く引き受けてくれた。彼らをグラス・ガレスから移動させるのは酷だからな。男爵は、彼らが回復した後の面倒まで見ると約束してくれたよ」


俺はそこで一度言葉を切り、女王の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「だが……イライザ女王。彼ら、傷ついた者たちの生活の最低限の保障は、あんたの手で整えてやって欲しい。それが、この国のために剣を振るった者たちへの、最後の手向けだ」


「分かりました」イライザは迷いなく頷いた。「あと数日で諸外国との会談も落ち着きます。即座にムッサーシ男爵と協議し、しかるべき支援を約束しましょう」


「頼む」


________________________________________


2. 女王の「過ち」と、傭兵の「矜持」


安堵の沈黙が流れる中、イライザ女王が居住まいを正した。その瞳に、為政者としての熱い光が宿る。


「……それで、シン。皆さん、これからの事ですが」


「ん?」


「――皆さんを、ブリタニア四国連合王権国の『連合軍』に、制式に迎えたいと考えています」


一瞬、耳を疑った。


俺は傍らに控えるグレヴィル軍務卿とヨーク子爵に目をやった。二人は苦虫を噛み潰したような顔で目を閉じ、口をへの字に結んでいる。どうやら、女王の独断らしい。


「グラス・ガレスの戦いで、皆さんの実力は完全に証明されました。名もなき傭兵として使い潰すには、あまりに惜しい。皆さんには新しく編成される連合軍の中核を担っていただきたい。当然、相応の待遇を約束します。特にガーブ団長をはじめ、幹部の皆さんには軍の要職を、そして――」


イライザの言葉は止まらない。


「爵位を用意します。満足いただける俸禄と地位、そして広大な領地も。あなた方の功績なら、誰も文句は言わせません」


「女王……」


「叙爵の準備は既に――」


「女王!!」


俺の鋭い一喝に、びくっと肩を揺らした彼女が押し黙った。


四阿に、冷ややかな夜風が吹き抜ける。俺は努めて静かな、しかし有無を言わせぬトーンで語りかけた。


「あんた……。忘れたのか? 俺たちは『表に出ない』約束だったはずだ。名前を出さず、功績も記録に残さない。それが俺たちのような日陰者の契約だ」


「そう、ですが! 実際の功績を思えば、あまりに報われない! 何か形にしなければ、私の気が済まないのです!」


「それが爵位か? それが連合軍への編入か?」


俺はイライザを見つめる。オットーさんは難しい顔で黙り込み、ハンスは影のように沈黙を貫いている。ガーブにいたっては……おい、あくびしてんじゃねえよ。


……ったく、俺が引導を渡すしかないか。


「いいか、女王。忘れろ。すべて忘れるんだ。緋色の傭兵団なんていうヤクザな連中は、このブリタニアには初めから存在しなかった。いいか? 腐敗した官僚や貴族の粛清は、あんたの発案でグレヴィル軍務卿が断行した功績だ。グラス・ガレスでの規矩騎士団の討伐は、あんたが派遣したヨーク子爵と、現地で力戦したゼン・ムッサーシ男爵が勝ち取った勝利だ。叙爵して報いたいなら、その二人を、そして命を懸けた現地の兵たちを讃えればいい」


イライザは唇を噛み、反論しようとするが、俺はそれを言葉で遮った。


「あんたは、俺たちのような人殺しの傭兵を公に認めちゃあダメなんだ。これからのあんたの歩みに、傷がつく。生まれたばかりの連合王権国の歴史に、消えない汚れを残すことになる」


「ですが……! 事実は消せません! あなた方の行いはいずれ漏れ聞こえ、大陸にまで知れ渡るでしょう!」


「ああ。人の口に戸は立てられない。噂は千里を駆け巡る。だがな、女王――あんただけは、それを『肯定』しちゃならねぇんだ」


俺は一歩、彼女に歩み寄った。


「これから先、しつこく真相を嗅ぎ回る阿呆も現れるだろう。だがな、何を聞かれても全て否定しろ。笑って誤魔化せ。あんたは、常に公明正大で潔白な女王であり続けなきゃならないんだ」


「俺たちのことは忘れろ。いいや、緋色の傭兵団なんてものは、最初からいなかった。……グレヴィル卿、そうだろう?」


俺の問いかけに、軍務卿は重々しく頷いた。


「……どうしても、ですか?」


震える声で問うイライザに、俺は断言した。


「どうしても、だ」


________________________________________


3. 諸刃の剣、あるいは「網」の宿命


沈黙が場を支配する中、オットーが静かに口を開いた。その声には、年長者としての深い思慮が込められていた。


「陛下。あなたも本当は理解されているはずです。私たちのような存在は、危急の際にこそ重宝されますが、事が成れば速やかに切り捨てるべき存在なのです。私たちは出自も怪しく、目的のためなら犯罪まがいの事も厭わない傭兵。おまけに、この国の国民ですらない。私たちを懐に囲い込めば、それは将来、必ず陛下の政治的な弱点となります」


オットーの言葉は、冷徹な真実だった。


「せっかくブリタニアが一つにまとまろうとしているこの時期に、私たちのような爆弾を身内に置くことはお勧めできません」


イライザは項垂れ、絞り出すような声で「ですが……」と繰り返した。そこへ、グレヴィル軍務卿が容赦のない追撃を加える。


「陛下。シン殿の言う通りです。緋色の傭兵団は『諸刃の剣』。国内が安定すればするほど、彼らの存在は秩序の邪魔になります。“魚を捕らえれば網は用無し(兎死して狗煮らる)”という言葉がございます。陛下がそう望まずとも、必ず彼らを疎む勢力が現れる。……かつてゲルマニアのアレク大公がそうしたように、彼らをブリタニアから追い出すべきなのです。それが、国を、そして彼らを守ることにも繋がります」


四阿を、重苦しい静寂が包み込む。


イライザ女王の瞳から、一筋の涙が頬を伝って落ちた。


「私は……。私は、シンや皆さんに、何も報いることはできないのでしょうか……」


その時、ずっと退屈そうにしていたガーブが、ふわりと笑って口を開いた。


「ねえ、イライザ……女王さん。そんな顔しないで、最後は笑って送り出してよ」


「……ガーブ」


驚いた。あのガーブが、これほどまでに思慮深い(あるいは彼女らしい直感に基づいた)言葉をかけるとは。


「そうだ。笑え。本当なら、蛇蝎だかつのごとく嫌って追放するのが為政者の正解なんだが……あんたには無理そうだからな。だから、せめて笑え。笑って俺たちを送り出せ」


イライザ女王は静かに目を閉じ、深く、長く、溜まった熱を吐き出すように息を吸った。


そして再び目を開けた時、そこには一国の主としての、凛とした覚悟が宿っていた。


「……ガーブさん、ハンスさん、オットーさん。そして、シン」


彼女は一人一人の顔を見つめ、慈しむような、それでいて訣別を告げるような、泣き笑いの表情を浮かべた。


「ありがとうございました。……今日、この日、この瞬間を境に、私とあなた方は見知らぬ者同士になります。ですが、今、この一度だけは……」


女王は立ち上がり、ドレスの裾を払うこともせず、俺たち傭兵に対して深く、深く頭を下げた。


「本当に、本当に、ありがとうございました。あなた方の献身を、私は一生、胸の奥底に刻み続けます」


それは為政者としては失格の、しかしイライザ・エンガードという一人の女性としては、あまりに誠実な礼だった。


俺はグレヴィル卿に目をやった。卿は俺の意図を察し、微かに頷いた。これでいい。今日、ここですべての鎖を断ち切るんだ。


顔を上げたイライザは、もう泣いていなかった。彼女は仮面を被るように、冷徹な依頼人の顔を作った。


「……私とあなた方は、依頼人と雇われ傭兵の関係に過ぎません。報酬は授けました。用済みとなったからには、早々にこの国を立ち去るがよい。……ヨーク。あとは任せます」


彼女は一度も振り返ることなく、グレヴィル卿を伴って四阿を後にした。その背中が、城の影に溶けて見えなくなるまで、俺たちは黙って見送った。


________________________________________


4. 出航、果てなき戦場へ


「……これが、約束の報酬です。陛下のご意向で、当初の額よりかなり色を付けさせていただきました」


残されたヨーク子爵が、ずっしりと重い、金貨の詰まった革袋を三つ差し出した。


「それと、ドルベス港にヴェイン海軍少佐という者が待機しています。海峡を渡るための高速艦を用意させました」


「分かった」


ガーブが短く答え、オットーが恭しく袋を受け取った。


「さて……」


俺は腰の双刃を叩き、夜空を仰いだ。この湿ったブリタニアの空気とも、これでお別れだ。


「ガーブ、オットーさん、ハンス。帰ろうか、大陸に」


「うん! お腹すいた!」


「……ああ。次の戦いが待っている」


「そうですね。我々の居場所は、やはりあちらにあるようです」


俺たちの背後には、新たに加わった二百人を超える軍勢が、闇の中で静かに待機している。


伝説のハイランダー、クリシュ・アラン。


誇り高き元騎士たち。


そして、地を這う泥臭さを知る街の精鋭たち。


「行こうぜ。俺たちの、戦場へ」


夜の静寂を切り裂き、緋色の軍勢が動き出す。


英雄として記録されることのない、しかし歴史の歯車を確かに回した影たちは、夜明け前の港を目指して、音もなくアルバ・ロンダを駆け抜けていった。


『緋色の傭兵団の物語「ブリタニア編」』――完




※後世、ブリタニア四国連合王権国《The Allied Royal States of Britania》の転換期となったこの一連の出来事を『ブリタニアの再誕』事変と呼称されることになる


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