ブリタニア連合王権国 近代正史概要
一、連合王権国の成立と黎明期(1736年 - 1740年)
•黒鉄1736年 冬:【グラス・ガレス事変】
北部グラス・ガレスにおいて、教義に偏執した「鉄理の規矩騎士団」による武装蜂起が発生。同地代表ゼン・ムッサーシ男爵率いる義勇軍の奮戦により、これを鎮圧。
本事変を契機に、エンガード国王イライザ・エンガードは国家存亡の危機を唱え、統一国家の指針となる『ブリタニア四国連合王権国憲章』を天下に発布す。
•1737年 春:【連合王権国 発足】
四国(エンガード、ガレシア、ウルステア、スカイウェール)が憲章を批准。ブリタニア四国連合王権国が正式に発足し、中央集権体制への移行が宣言される。
•1737年 秋:【共同統治体制の確立】
四国間において行政・司法・軍事の共同統治合意が締結。各国の利害を調整する最高評議会が設置される。
•1739年 春:【王号改称】
初代元首イライザ・エンガード、連合王権国女王「エリザベス1世」として即位を宣言。名実ともにブリタニアの統一君主として推戴される。
二、外征と覇権の模索(1741年 - 1760年)
•1741年:【プランク紛争】
対プランク王国宣戦布告。峻烈なる電撃戦を展開し、同年中に停戦合意に漕ぎ着ける。新国家の軍事力を大陸諸国に誇示する結果となる。
•1753年:【ブリタニア・ヒスパニア戦争(大西海戦争)】
大西洋の制海権を巡り、ヒスパニア王国との間に戦端が開かれる。
•1754年:【北外海海戦の壊滅と終戦】
ヒスパニア大西海艦隊の圧倒的火力の前に、ブリタニア北外海艦隊が潰走。連合王権国は甚大な被害を蒙り、名将ヴェイン提督がMIA(作戦中行方不明)となる。同年、国力の衰退を懸念しヒスパニアとの講和条約を締結。
三、権力の委譲と平穏なる終焉(1769年 - 1778年)
•1769年:【王位継承】
エリザベス1世、国政の安定を見届け引退。養子アンヌ1世が王位を継承。平穏なる政権移譲は国民より多大なる支持を得る。
•1778年:【エリザベス1世 崩御】
建国の母エリザベス1世、波乱に満ちた生涯を閉じる。享年62歳。国葬が執り行われ、全土が喪に服した。
四、魔導産業革命と黄金時代の到来(1843年 - 1850年以降)
•1843年:【内燃機関の革命】
オース大陸産「摩那石」の精製による「高効率媒体」を燃料とした内燃機関が発明。既存の蒸気機関を遥かに凌駕する出力を実現。
•1849年:【自動機械の普及】
「媒体」駆動式自動機械が市場に投入される。生産ラインの自動化が進み、重工業・軽工業ともに生産性が爆発的に向上。
•1850年以降:【魔導技術先進国への飛躍】
ブリタニア発の『産業革命』が西方諸国へ波及。連合王権国は独自の魔導技術体系を確立し、西方諸国の盟主として、比類なき科学・経済的優位を築き上げるに至る。




