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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十五部:連合の胎動

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第7章:抱拳の誓い、あるいは強行軍の果てに

1. 武威の評価と三人の長


「緋色の傭兵団の皆さんは、こちらへどうぞ」


里の女性が静かな足取りで近づき、俺たちを屋敷の奥へと導いた。案内されたのは、重厚な木材の香りが漂う広々とした客間だった。


女性が退室し、扉が閉まると同時に、オットーが大きく息を吐き出した。


「ふう……。これで『試練』は一区切りですね。ですが、決して手放しで喜べる終わり方ではなかったように思います。シン君、君はこの状況をどう分析しますか?」


俺は双刃の感触を確かめながら、慎重に言葉を選んだ。


「……“武威を示す”という一点においては、ガーブ、ハンス、そして俺の三人は、合格点をもぎ取れたはずです。もっとも、クリシュ・アランの長たちと互角に渡り合えたかと言われれば、首を横に振らざるを得ません。あくまで、彼らが知らない大陸の戦法を用いた『初見殺し』だったことは認めます」


俺たちの力は、彼らが尊ぶ純粋な「剛」や「速」の極致ではない。


「ガーブは『剛』と『断』を、ハンスは『虚』と『理』を、俺は『速』と『極』を……彼らの定義で示せたわけじゃない。あとは、あの三人の怪物が俺たちをどう評価し、どう断を下すか。それ次第です」


その時、がちゃりと扉が開き、テツザンが豪快に笑いながら入ってきた。


「それは謙遜が過ぎるというものじゃ。お前たちは十分すぎるほどに“武威”を示したぞ」


テツザンに続き、神速のドゥーガルが静かな気配を纏って現れる。


「初見殺し? それの何が悪い。戦場とは常に未知との遭遇よ。何が起きるか分からず、どんな化け物と出会うかも知れぬ。『敵を知り、己を知れば……』とは言うが、常に理想的な状況で戦えるわけではない。その混沌の中で力を最大限に発揮し――傭兵流に言えば“生き残る”だけの力と覚悟。お前たちは、それを我らの眼前に突きつけて見せたのだ」


「……左様。殺し合いにおいて、負けた者に“次”などない。我らはその非情な理を、誰よりも理解しているつもりだ」


コツ、コツ、と杖を突きながら入ってきたのは、眼帯を外したままのオ・ブライアンだった。ハンスを見つめるその眼差しには、もはや敵意も負の感情も残っていない。


三人の長が揃って席に着く。


「さて、改めて話を聞こう。ローランドの窮地を救いに行く、だったな。……どこへ行けばいい?」


テツザンの問いに、ガーブが目を輝かせた。


「おっちゃんたち、一緒に来てくれるの!?」


三人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


「儂らは行かんよ。流石にこの老体で大陸の戦場を駆け巡るのは、ちと無理があるわい」


「なんだ、つまんないの」


落胆するガーブを、ドゥーガルが制した。


「だが――我らの『次代』とその一党を差し出す。どこへなりと連れて行くがいい」


俺とオットーさんは思わず顔を見合わせた。


「……先ほどの戦い、遺恨はないのですか?」


オットーの懸念に、オ・ブライアンが不敵に笑う。


「ない、と言えば嘘になる。だが、自分たちの力不足は力尽くでねじ伏せるのが我らの性分よ。それに……」


ドゥーガルが言葉を引き継ぐ。


「ダン・ネスという狭い世界に閉じこもっている次代たちに、外の世界を、お前たちが持つ『経験』を積ませてやりたいのだ」


「今回の戦いだけでなく、ということですか?」


俺の問いに、ドゥーガルは深く頷いた。


「彼らを傭兵団に加えろ。お前たちの行くところ、地の果てまで連れて行ってやってくれ」


「……帰ってこれる保証はありません。戦場は、皆さんの想像以上に無慈悲だ。それでも構わないと?」


「構わん。それだけの覚悟を持つ者を選び抜いた」


俺は腹を括った。


「分かりました。……目的地は、グラス・ガレスです。今、ゼン・ムッサーシ男爵が、エンガードの『鉄理の規矩騎士団』と戦端を開こうとしています」


「ほう、ムッサーシの小僧がか!」


「むむ、それを聞くと自分で行けぬのが口惜しくなってきたわい」


長たちは愉快そうに、あるいは残念そうに声を上げた。


「決まりだ。我らの次代三人、そしてその一党。まずはムッサーシ殿の助力に。そしてその後は、お前たちの戦場へ」


ドゥーガルの合図で、部屋の外に待機していた若者たちが呼び入れられた。


その隙に、オットーが俺の耳元で囁いた。


「シン君。もしかして、最初からムッサーシ殿の名前を出していれば、もっと簡単に手を貸してもらえたのでは?」


「……かもしれませんね。でも、それではただの『一時的な加勢』で終わっていたでしょう。今の状況は、単なる戦力増強じゃない。傭兵団そのものの恒久的な強化に繋がった」


「つまり?」


「――つまり、最高の結果できですよ」


________________________________________


2. 次代の三柱と「抱拳礼」


部屋に入ってきたのは、三人の若者だった。二十代前半、精悍な顔立ちには、山での厳しい修行に裏打ちされた自信と殺気が漲っている。


「紹介しよう」


テツザンが誇らしげに胸を張る。


「カハル(剛)の継承者、コナル・“ザンテツ”・マク・ネル」

「ハヤテ(速)の継承者、フィニアン・“ジンライ”・ドゥーガル」

「ムシン(虚)の継承者、コーマック・“カゲロウ”・オ・ブライアンだ」


三人の若者は、一歩前に出ると、独特の所作を見せた。


胸の前で右手の拳を、左手の平で包み込むように合わせ、軽く頭を下げる。


「「「はっ!」」」


見慣れぬ挨拶に俺たちが面食らっていると、テツザンが説明を加えた。


「これは『抱拳礼ほうけんれい』という、我らに古くから伝わる信義の作法じゃ。受けてやってくれ」


「んー、難しいことはわかんないけど……コナ! フィー! コー! よろしくね!」


ガーブが即座に名前を略して呼び捨てにした。俺は思わず頭を抱えたが、三人の次代は一瞬呆気にとられた後、力強く応じた。


「はっ! 我ら、ガーブ団長、シン副団長、オットー副団長、ハンス隊長に従い、命を賭して戦います!」


「……ダメだ」


俺の静かな拒絶に、三人は「は?」と怪訝な顔をした。


「俺たちの信条は、“戦って生き残る”ことだ。そして“生き残るために戦う”ことだ。安易に命を賭けるな。生きて目的を果たせ」


「……! 承知いたしました」


「そう気張るな。それで、総員で何人になる?」


コナルが即答した。


「俺の『剛と断』から二十名、フィニアンの『速と極』から二十名、コーマックの『虚と理』から十名。合計五十名です」


「よし。コナル、フィニアン、コーマックの三人を合わせて五十三名か。マク・ネル殿、ドゥーガル殿、オ・ブライアン殿。三人とその一党、確かにお預かりします」


俺は彼らに倣い、慣れない手つきで『抱拳礼』を捧げた。


長たちも、満足げにそれを返してくれた。


________________________________________


3. 宴の夜、戦士の心得


その夜、ダン・ネスの里ではささやかな、しかし温かい宴が催された。出陣する次代たちの餞別の宴だ。


俺はそこで五十名の精鋭たちと顔を合わせた。皆、一様に寡黙だが、内に秘めた闘志は隠しきれていない。


ふと見れば、ガーブは既にコナルと力こぶを見せ合い、コーマックはハンスと高度な技術論に花を咲かせている。


俺の隣には、神速の継承者、フィニアンが座っていた。


「シンさん。あなたが師匠と相対した時……俺は正直、一秒で師匠が勝つと思っていました。ですが、結果はあなたの勝ちだった。……一体、何が勝敗を分けたのですか?」


彼の瞳は真剣そのものだった。技量においては自分たちの方が上だという自負があるのだろう。


「一対一の立ち合い、技の優劣を競うだけの勝負なら、俺はドゥーガルさんに一生勝てねぇよ」


「……では、なぜ」


「俺の戦い方、無様だっただろう? 砂を投げ、不意を突き、泥に塗れて襟を掴む……」


「い、いえ、そのようなことは……っ」


「いいんだ。俺が一番よく分かっている。無様でも、卑怯と言われようが、勝てばいい。戦場では一対一の決闘なんて滅多にねぇんだよ。大抵は乱戦、集団戦だ。目の前の敵に集中してりゃ、横から、後ろから首を撥ねられる。どこから飛んでくるか分からねぇ流れ矢一本で死ぬことだってある」


俺は酒を煽り、言葉を継いだ。


「泥に塗れようが這いつくばろうが、最後に立っている奴が勝者だ。 “戦場働き”っていうのは、そういう美しくないものなんだよ」


フィニアンは眉を寄せ、困惑したように呟いた。


「……それは、武士もののふの誉れとしては、いかがなものでしょうか」


「誉れ、ねぇ。フィニアン、あんたは矜持や誇りと、自分や仲間の命、どっちが大事なんだ?」


「……」


「俺は命を選ぶ。生きていればまた戦える。生き残れば仲間を守れる。……緋色の傭兵団に入るということは、そういうドブ板を這いずるような世界に足を踏み入れるってことだ」


俺の周りには、いつの間にかコナルやコーマック、その仲間たちが集まり、静かに耳を傾けていた。


俺はあえて、突き放すように言った。


「それが嫌なら、今すぐ降りろ。ダン・ネスに引き籠もって、朽ち果てるまでその綺麗な矜持と心中していればいい」


「……お前らもだ。伝統? 誇り? 矜持? そんなもん、戦場じゃ重たい荷物にしかならねぇ。捨てちまえ。生き残ること。自分自身のため、仲間のため、そして掲げた“目的”を果たすため。……それだけを考えろ」


言った後で、少し言い過ぎたかと後悔した。こればかりは、血飛沫舞う戦場に立ってみなければ分からないことだ。


「すまん、今の話は忘れてくれ。明朝出発する。到着次第、即座に実戦になるかもしれん。今のうちに英気を養っておけ」


俺はそう言い残し、割り当てられた寝所へと向かった。


________________________________________


4. 奔流、360キロの強行軍


深夜。ハンスの静かな、しかし切迫した声が俺を叩き起こした。


「シン。……急報だ。鉄理の規矩騎士団によるグラス・ガレスへの北侵が開始された。もう、時間がない」


「ちっ……!」


脳が一気に覚醒する。騎士団の進軍速度が予想を遥かに上回っている。計算ミスだ。


だが、後悔している暇はない。


「みんなを起こせ! 即座に出発する!」


村の広場。闇夜の中、ガーブ、ハンス、オットー、そしてクリシュ・アランの精鋭五十名が瞬く間に集結した。三人の長も、険しい表情でそれを見守っている。


「グラス・ガレスで戦端が開かれた! 猶予はない、今この瞬間から強行軍を開始する! 目的地はインヴァ・ネスだ! 走れ!!」


俺は叫んだ。


「コナル! お前の一党でオットーさんを交互に背負え! 足を止めるな!」


闇を切り裂き、五十数名の影が山道を駆け下りる。


距離は三六〇キロ。


インヴァ・ネスまで不眠不休で走り抜け、そこで馬を徴発し、さらに南へ――。


間に合え。頼む、間に合ってくれ……!


________________________________________


5. 女王への報告


「――という具合に、慌ただしい出陣となりました。昼前にはインヴァ・ネスへ滑り込み、馬を揃えて即座に南下。それから一日半、馬を潰さんばかりに走らせ、何とかギリギリのタイミングで戦場に間に合った……という次第です」


アルバ・ロンダ城の四阿。


俺の報告をじっと聞いていたイライザ女王は、震えるような吐息とともに呟いた。


「……本当に、本当に、薄氷を踏むような時間ときだったのですね」


「ええ。ですが、クリシュ・アランの一党は期待以上の働きを見せてくれました。総崩れになりかけていたグラス・ガレス陣営を、彼らの武力が支え直した。最後はガーブが敵の本陣へ突っ込み、騎士団長カシウス・ライルの首を狩り……副団長格のエドワードが降伏を申し出て、すべてが終わりました」


「……皆さん、本当にお疲れ様でした。そして、ブリタニアを救ってくださり、ありがとうございました」


女王は深く、深く頭を下げた。


「それで、シン。先ほど言っていた『困ったこと』とは何ですか?」


俺は頬を掻きながら、溜息混じりに答えた。


「ああ。そのクリシュ・アランの精鋭五十三名ですが……」


「はい?」


「なし崩し的に、全員うちの『緋色の傭兵団』で預かることになりました。……食費だけでも、えらいことになりそうです」


イライザ女王は一瞬目を丸くし、それから可笑しそうに、晴れやかな笑い声を上げた。


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