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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十四部:硝煙のグラス・ガレス

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第9章:赤髪の戦神、あるいは鉄理の終焉

1. 震天動地の咆哮


戦場は、混迷を極めていた。


数に勝る鉄理の規矩騎士団による包囲網が狭まり、グラス・ガレスの義勇兵たちが死の淵へと追い詰められたその瞬間――。


「――貴様らぁぁぁッ!! 何してくれとるんじゃぁぁぁあああッッ!!!!」


天を衝くような咆哮が、戦場を物理的に支配した。


それはもはや人間の発する声ではなかった。大気が目に見えるほど激しく振動し、兵士たちの心臓を直接握り潰すかのような衝撃波となって、グラス・ガレスの草原を駆け抜ける。


あまりの圧力に、剣を振り上げようとしていた騎士も、死を覚悟した義勇兵も、等しく金縛りにあったかのように動きを止めた。全神経が、本能的な恐怖の源泉――グラス・ガレスの右奥へと釘付けになる。


「なんだ……!? 何が起きたというのだ!」


カシウス・ライル団長が、引き攣った顔で咆哮の主を睨みつける。


そこには、燃えるような紅い髪を夕闇にたなびかせる一人の女性を先頭に、五十人ほどの異様な集団が陣取っていた。


夕日を背負い、憤怒の炎を全身から立ち昇らせるその姿は、軍勢というより、地上に降臨した荒ぶる神々の顕現のようだった。中央に立つ紅髪の女――ガーブの背後からは、立ち昇る殺気が物理的な熱量となり、大気を陽炎かげろうのように歪ませている。


「……やっと来たか、大将」


ヤミルが、滴る返り血を乱暴に拭いながら、狂おしいほどの笑みを浮かべた。


「来たね。……待たせすぎだよ、本当に」


クリスは静かに弓を下ろすと、手近な騎士の眉間を無造作に射貫き、親友の到着を確信した。


「来て……くれ……たか……ッ!」


満身創痍となり、膝を突きかけていたゼン・ムッサーシが、天を仰いで力なく、しかし歓喜に震えて笑う。


ガーブは背負った巨大な大刀を、岩を削るような音を立てて引き抜いた。その無骨で凶悪な刃が、死にゆく陽光を浴びて鈍い、赤い輝きを放つ。


「覚悟せぇぇぇええやぁぁああああッ!!」


ドォォォォンッ!!


地面が爆ぜた。


彼女は単身、騎士団の強固な戦列に向かって、大砲の弾丸のごとき勢いで突進を開始した。


「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」」」」


彼女の背後から、狂戦士の如き咆哮を上げて五十名の精鋭が続く。


シン、ハンス、そしてクリシュ・アランの戦士たち。彼らの駆ける勢いは、それだけで大地を揺らし、騎士団の包囲網を外側から食い破る津波となった。


________________________________________


2. 蹂躙の旋風、血塗れの舞踏


「っ! 迎え撃て! 怯むな、たかだか数十人の賊に過ぎん、殺せッ!!」


一瞬の気後れを振り払うようにライルが叫んだが、その命令が騎士たちの脳に届くよりも早く、赤髪の死神が最前線へと到達した。


ドォォォォォォォンッ!!


凄まじい衝突音。


先頭にいた重装騎士が、馬ごと、そして盾ごと「袈裟切り」に両断された。一振り。ただの一振りだ。分厚い鉄の装甲も、強靭な馬の骨格も、ガーブの振るう大刀の前では濡れた紙にも等しかった。


「邪魔だぁぁぁッ!!」


ガーブは騎士の密集地帯へと飛び込むと、暴力の旋風と化した。


右へ振れば三人の騎士が馬から叩き落とされ、左へ薙げば重装歩兵の胴体が文字通り消し飛ぶ。騎士たちは防御の型を組むことすら、一合の剣を交えることすら許されない。ただの紙屑のように切り飛ばされ、粉砕され、血の霧へと変えられていく。


その直後を走るシンが、双刃の剣を稲妻のごとく閃かせた。


「道を開けるぞ!」


シンの動きは、ガーブの剛力とは対照的な「神速」の極致。


彼が駆け抜けた後には、一瞬遅れて鮮血の噴水が立ち昇る。斬られたことに気づかぬまま、腕が、首が、宙を舞う。シンの双刃は騎士団の戦列を縫い合わせるように走り、瞬く間にくさびを深々と穿っていった。


さらに、ハンスが大斧を豪快に振り回して騎士の頭蓋を砕き、クリシュ・アランの戦士たちが執拗なまでの連携で、騎士団の包囲陣を内側から食い破っていく。


それは、もはや「戦闘」と呼べる代物ではなかった。


圧倒的な個の武力が、組織された軍隊を紙細工のように蹂躙する。一方的な「処刑」であり、逃れようのない「天災」の顕現であった。


「なんだ……何なんだ、これはッ! 何なのだ、この化け物どもはッ!!」


ライル団長は、目の前で自慢の精鋭たちが、屠殺場の家畜のように切り殺されていく異常な光景を前に、歯を鳴らして震えた。


「馬鹿な……あり得ん……鉄理の規矩が、大陸屈指の騎士団が、このような無名の賊に……ッ!」


その時、血の雨が降る戦場に、シンの鋭い声が響き渡った。


「――ガーブッ!!」


血の霧の中で大刀を振るい、騎士の残骸を積み上げていたガーブが、ピタリと動きを止めた。彼女は獲物を屠る獣のような鋭い仕草で、シンを振り返る。


「首狩りだ!」


シンの指が、戦場の後方で一人、青褪めて立ち尽くす男を指し示した。


その先にいるのは、鉄理の規矩騎士団長、カシウス・ライル。


________________________________________


3. 終焉の宣告、地に堕ちた首


「お・ま・え・かぁぁぁあああッッ!!!!」


ガーブの叫びが、ライルの鼓膜を突き破らんばかりに響き渡る。


夕闇の中、紅い髪を炎のように逆立て、怒りに燃え滾る朱色の瞳に見据えられた瞬間、ライル団長はそれまでの野心も、王国への妄執も、すべてを忘れて凍りついた。


彼が感じたのは、絶対的な死の気配だった。


「ひっ……あ、ああ……っ!」


大陸に名を馳せた名将は、喉の奥から情けない悲鳴を漏らし、震える手で剣を抜こうとした。だが、指先が柄に触れることさえ叶わない。


ガーブの足が地を蹴った。


その速度は、重装の鎧を纏っているとは信じがたい、縮地にも似た加速。


ライルの視界には、迫り来る紅い閃光と、振り上げられた黒鉄の大刃しか映らなかった。


シュイィィィン――。


ガーブが馬上のライルと交錯した瞬間、戦場の喧騒を切り裂くような、あまりに澄んだ金属音だけが響いた。


一瞬の静寂。


トン。


ト、ト、トン……。


乾いた音を立てて草原を転がったのは、カシウス・ライルの首だった。


その表情は、今際の際に見た絶望と恐怖に引き攣ったまま、醜く固まっている。


ボシュッッ!!


一拍置いて、主を失った首筋から、鮮烈な赤の噴水が夜の帳を濡らした。


誇り高き「鉄理の規矩」を象徴する豪華な甲冑が、無惨な肉の塊となって落馬し、泥の中に沈む。


ガーブの後を追ってきたシンが、転がった首を迷いなく掴み取った。彼は血濡れたライルの髪を掴み、天に向かって、全軍に聞こえる声でそれを掲げた。


「――鉄理の規矩騎士団、団長カシウス・ライルの首、このシンが確かに受け取ったぁぁぁあああッッ!!!!」


シンの宣告が、夕闇に包まれた戦場の隅々まで、死の宣告となって支配した。


絶対的な指導者を失い、その無惨な最期を見せつけられた騎士たち。彼らの中に残っていた「規律」という名の誇りは、音を立てて崩壊した。


もはや戦いではなかった。


指揮系統を失い、恐怖に染まった騎士団の崩落は、止めることのできない連鎖となって草原に広がっていった。


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