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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十部:消えた緋色の行方

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第4章:海軍少佐の招待状

1. 虚飾を剥いだ再会


海上の緊張感は、一瞬にして霧散した。


先ほどまで殺気を放っていた「海賊船」の甲板では、武装した男たちが武器を収め、日常の作業に戻るかのように解散していく。両船の間に重厚な縄梯子が渡され、一人の男が迷いのない足取りでこちら側――北方乙女号へと乗り込んできた。


甲板に降り立った男は、無造作に両手を上げ、戦闘の意思がないことを示す。その仕草には、修羅場を潜り抜けてきた者特有の不敵な余裕が漂っていた。


「争うつもりはない。あんたら『緋色の傭兵団』がこの船に乗っているという確かな情報があったのでな。少々強引だが、接触させてもらった。……あんたが団長か?」


男の視線がシンに向けられる。シンは表情を変えず、冷徹に問い返した。


「いや、俺は副団長だ。……だが、まずはそちらが名乗るのが筋だろう。海賊に礼儀を説くのも馬鹿げているがな」


「おお、失礼した」


男は場にそぐわないほど洗練された動作で一礼した。


「俺はブリタニア王権国海軍少佐、トーマス・ヴェインだ。――諸君、『緋色の傭兵団』を、我がブリタニア王権国へ正式に招待したい」


シンの脳内に疑問符が乱舞する。


(海賊が、ブリタニア海軍? しかも少佐だと? 国家の正規軍人が、なぜ傭兵風情に接触するために私掠行為の真似事をした……。情報が圧倒的に足りない)


その思考を、暴力的な衝撃音が断ち切った。


「おりゃあぁぁーーー! 敵はどこだぁ!!」


船室の扉が粉砕せんばかりの勢いで蹴り開けられ、赤い髪を逆立てたガーブが飛び出してきた。彼女は左右に首を振り、獲物を探す猛獣のような眼光を走らせる。そして、見慣れぬ制服を着たヴェインを見つけるや否や、咆哮した。


「お前かーーーっ!!」


大刀を振り上げ、弾丸のような速さで肉薄するガーブ。ヴェインの顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。


「待て! 待て待て待てーーー!!」


シンとハンスが反射的に飛び出し、ガーブの左右から羽交い絞めにしてその突撃を食い止めた。


「ガーブ、待てって! 落ち着け、戦闘は終わりだ! なしだ!」


「えっ!? ないのか!? 斬らなくていいのか!?」


「ないと言ったら、ない!」


シンが怒鳴ると、ガーブはあからさまに肩を落とし、魂が抜けたような顔で大刀を下げた。そのまま、しょんぼりと船室に戻ろうとする彼女の腕を、シンはガシッと掴む。


「逃げるな、ガーブ。これから話し合いだ。お前も来い」


「えー……。戦わないなら、俺、寝てていいだろ……」


(何が「えー」だ! お前がこの傭兵団の「顔」だろうが!)


叫びたい衝動を、シンは鋼の自制心で抑え込んだ。周囲では船員たちが不安げに事の成り行きを見守っている。


「……すまないな、ヴェイン殿。少々血の気の多い団長でね。場所を変えよう。船長、部屋を借してくれ」


ヴェイン少佐は冷や汗を拭いながら、背後の自船に向かって叫んだ。


「総員、武装解除! 速度を維持し、並走待機せよ!」


「「「「イエッサー!!」」」」


敵船から響く一糸乱れぬ唱和。その規律の高さに、シンは改めて相手が単なる「ごろつき」ではないことを確信した。


________________________________________


2. 戦場の天秤と女王の関心


場所は、北方乙女号の船長室へと移った。


参加者は、ヴェイン少佐、ユルゲン船長、シン、ガーブ、そしてハンス。


シンは、この場に事務方の要であるオットーがいないことを痛切に悔やんだ。


(ガーブは「面白そうか」だけで動く。ハンスは情報の収集には長けているが、組織としての決断は俺やオットーに放り投げる。……つまり、この交渉の成否は、俺一人の肩にかかっているわけか。……いつもと変わらんな)


従者が全員に珈琲を配り、部屋から退出する。黒い液体の芳香が、密室の緊張を僅かに和らげた。


「さて」


ユルゲン船長が、依然として不機嫌そうな声を隠さずに口火を切った。


「ヴェイン殿。目的がこの船の積み荷ではなく『緋色』の方々だというなら、普通に接近してくればよかったはずだ。なぜ、あのような真似を?」


「それについては深く謝罪しよう、ユルゲン船長。だが、私は彼らの『実力』をこの目で確かめたかったのだよ」


ヴェインは珈琲を一口啜り、シンの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「『ゲルマニア動乱、終息す』。この一報は、今や近隣諸国の政界を激震させている。我がブリタニアも、ミューラー公国のアレク大公がいかにしてゲルマニアを平定したか、血眼になって調査させた。そして浮かび上がったのが、君たち『緋色の傭兵団』の存在だ」


ヴェインの言葉には、確かな熱がこもっていた。


「君たちの情報は、今や各国で高値で取引されているよ。我が国も相応の対価を払って精査した。……驚いたよ。黒鉄期1733年、フランク王国と東ロマヌス帝国の『黒鉄期1733戦争』。その地獄から脱出した、たった六名の傭兵。それが一年後には百五十名になり、最終的には三百四十名……。赤い鷹を含めれば千二百名規模にまで膨れ上がった」


「よく調べているな」


シンが短く応じる。


「さらに、対ガウス自治領との統一戦争における戦略立案。その中核を担い、戦いの趨勢を決定づける戦術を編み出したのが……『戦場の天秤』、シン。君だ。ブリタニア王権国、イライザ女王陛下が君に多大なる興味をお持ちだ。『ぜひ会いたい』とな」


「それで、俺を拉致しようと?」


「いや、誤解だ。海上という、陸上とは勝手が違う戦場で、君がどのような戦略を組むのかを見たかった。……そして、結果は見ての通りだ」


ヴェインは自嘲気味に笑い、両手を広げた。


「驚いたよ。戦闘にすらならなかった。私掠船プライバティアとして負け知らずの我々に対し、手出しをすることすら拒絶させる布陣。……『戦わずして勝つ』か。負ける側として、これほど鮮やかな手際は初めて経験した」


ヴェインは姿勢を正し、今一度告げた。


「私は君を認めた。だから改めて、シン君。そして『緋色の傭兵団』全員を、ブリタニアへ招待したい」


「……目的は、女王への謁見だけではあるまい。何をさせたい?」


「慧眼だね。その通り。実は、ブリタニア国内で君たちの『武』を振るってほしいのだ」


「相手は誰だ?」


それまで退屈そうに爪をいじっていたガーブが、殺気を含んだ声で反応した。


「……現在、ブリタニアは内部で戦争状態にある」


________________________________________


3. 霧の国の内情


ヴェインの説明によれば、ブリタニア王権国の現状は、外から見る以上に深刻だった。


ブリタニアは四つの国家から成る連合体だ。女王イライザの統治する「エンガード」、北方の「スカイウェール」、西の「ガレシア」、東の「ウルステア」。


「現在、エンガードは北方のスカイウェールと事実上の交戦状態にある。境界線上での小競り合いが続き、戦況は膠着しているが……特に問題なのは、北の山岳地帯に住まう『ハイランダー』たちだ」


「ハイランダー……」


ハンスが呟く。


「彼らは強靭な肉体と、山岳地帯特有のゲリラ戦術を駆使する難敵だ。彼らが出張ってくれば、エンガード側の正規軍では対応が困難になる。そこで女王陛下は、外からの新しい『血』、すなわち君たちのような規格外の傭兵の力を求めているのだ」


シンは、アレク大公から以前聞いた話を反芻していた。


ブリタニアは「百年戦争」で大陸の領土を失ったが、北外海の制海権を掌握することで国家を維持している。現在は島国内の権力争いにより、大陸へ侵攻する余力はないはずだ――と。


(……アレクの読み通りか。だが、国家間の争いに傭兵団が丸ごと飛び込むのは、リスクが大きすぎる)


シンが思案に没頭していると、脇腹に「ツン」と鋭い衝撃が走った。


見ると、ガーブが目をキラキラと輝かせ、期待に満ちた表情でシンを凝視している。


「……なんだ、ガーブ」


「ねえ、シン。俺、一応は団長だよな? 団の決定権、あるよな?」


最悪の予感がシンの背筋を駆け抜けた。


「……ハイランダーってのと、戦いたい。だめか?」


「おお! おいでいただけるか! 歓迎しましょう!」


ヴェインが喜色満面で立ち上がろうとする。シンとハンスは同時に顔を見合わせ、深いため息を吐き出した。


「……ヴェイン海軍少佐。早まるな。ダンクには後方支援の隊員たちがいる。彼らを置いていくわけにはいかない。行くなら全員だ。馬も、馬車も、道具もすべてだ」


「承知しました。ダンクに輸送船を回しましょう。ダンクに残っているのは八十名ほどでしたか?」


「正確には七十六名。馬二十四頭、馬車十二両。……すべて、連れて行くのが条件だ」


ヴェインは頭の中で素早く輸送コストを計算したようだが、すぐに頷いた。


「了解した。船を二隻、手配しましょう」


隣を見ると、ガーブが満面の笑みで鼻歌を歌っている。面倒な交渉事やロジスティクスをすべてシンに押し付け、自分は「強敵」との戦いに思いを馳せているのだ。ハンスに至っては、助けを求めるシンの視線を露骨に逸らし、窓の外を眺めている。


(……ああ、やっぱりこうなるのか。オットーさん、早く合流してくれ。それかアレク大公、今からでもツェンを返してくれないか……無理だろうな)


シンの溜息は、潮騒に溶けて消えた。


「緋色の傭兵団」の次なる舞台は、荒ぶる山々が連なる霧の島国――ブリタニア。


運命の歯車は、加速しながら新たな戦場へと彼らを運んでいく。


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