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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十三部:極北の紅い影

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第5章:真剣の理、あるいは鉄山の老躯

1. 沸騰する十人の刃


サク・マク・ドウンの燃えるような赤目が、獲物を定めた肉食獣のごとくギラリと光った。


「……いいだろう。身の程知らずの傭兵どもが。生きてこの門をくぐれると思うなよ?」


シンの口角が挑発的に吊り上がる。相手が熱くなればなるほど、こちらの計算は狂わなくなる。


「……大陸の戦場を這いずり回り、死線を踏み越えてきた俺たちを舐めるなよ? 狭い島国に引きこもっている田舎武人いなかぶじんさん」


その瞬間、部屋の空気が凍りついた。キンと耳鳴りがするほどの緊張感と、抜身の殺気が空間を埋め尽くす。ドウンを除く、控えていた十人の男たちが弾かれたように立ち上がった。いずれもヴィークと同年代か、少し若いくらいの血気盛んな戦士たちだ。


ドウンは微動だにせず、座したまま事の成り行きを凝視している。シンとハンスは静かに立ち上がり、最適解を導き出すための構えを取る。オットーは邪魔にならぬよう、壁際まで音もなく下がった。


そしてガーブは――。


彼女だけは依然として床にどっかと座り込み、興味深げにサク・マク・ドウンの顔を覗き込んでいた。


「ねえ、俺、あんたとやりたい」


「……女、私とやり合いたいと申すか?」


「うん。一手所望って言ったでしょ?」


「ふははは! 面白い。ならばこうしよう」


ドウンが細長い指でシンとハンスを指した。


「貴殿ら二人、まずはここにいる若造どもを相手にしてみせろ。戦人いくさびとを自称するなら、個の力だけで戦を生き残れぬことなど先刻承知のはず。その組織チームとしての力、私に示してみせよ」


シンは不敵に笑い、肩をすくめた。


「いいぜ? 二対十か。……ちょうどいい準備運動になりそうだ」


その言葉の意味を理解した瞬間、十人のハイランダーたちの頭に血が上った。


「貴様ッ!」「我らを愚弄するか!」


「あれ? 怒るようなことか? ドウン殿は『俺たちの実力を十人相手に見せろ』と言ったんだ。俺はそれに同意しただけだぜ。それとも、十人がかりでも不安か?」


「……十人とやるか。面白い、やってみせろ」


ドウンの許しが出た。


「シン! 俺もやりたい! 混ぜてよ!」


ガーブが地団駄を踏んで羨ましそうに叫ぶ。


「ガーブ、お前の相手はドウン殿だ。ここは俺とハンスに任せて、少し大人しくしてろ」


「ちぇっ……分かったよ。ハンス、一人残らずボコボコにしてよね」


ガーブが不貞腐れながら下がると、シンはドウンに向き直った。


「方法は? 徒手か? 決着の条件は?」


「ふん。我らの辞書に『お遊び』の文字はない。常に真剣しんけんだ。普段使いの獲物を使え。……意識を失うか、降参するか。さもなくば――死ぬかだ」


「了解した。望むところだ」


「では……“武威を示せ”」


ドウンの号令と共に、十人の男たちが一斉に散った。正面に六人、左右に一人ずつ、そして背後へ回り込むのが二人。包囲網は完璧に見える。


(さて、集団戦闘の練度はどうかな……?)


シンは背後に気配を感じながら、隣の相棒に短く告げた。


「ハンス、後ろを頼む」


「承知」


二人は背中合わせになり、死角を消す。


「殺すなよ」


「努力しましょう」


ハンスの冷徹な返事を確認し、シンは前方の六人と対峙した。


2. 数秒の蹂躙


ハイランダーたちは油断なく腰を落とし、刀に手をかけている。しかし、シンから見れば彼らの距離感は微妙に甘い。個々の技量は高くとも、集団として「面」で圧殺する戦い方には慣れていないようだ。


シンがまだ双刃を抜かずに自然体で立っているのを見て、一人が激昂した。


「何故抜かない! 舐めるなと言っているのだ!」


「……舐めてるのは、あんたらのほうだぜ」


シンが嘲笑を浮かべた瞬間、男が堪らず間合いの外から飛び出してきた。


(――見え見えだ)


直線的すぎる突撃。シンは素早く隠し持っていた投げナイフを引き抜き、男が太刀を振り下ろすより速く、その太ももを撃ち抜いた。


「がっ……!?」


呻き声を上げ、男の視線が自分の足に刺さったナイフへ吸い寄せられる。その刹那の隙を見逃さず、シンは鋭い廻し蹴りを叩き込んだ。


「ガシッ!」


重い衝撃音が響き、男の首に脚がめり込む。その回転の勢いを殺さず、シンはさらに一回転して右端から斬りかかろうとした別の男の右肩へ、二本目のナイフを投擲した。


「ぐっ……あああ!」


肩を深く貫かれた男が刀を取り落とす。シンは低く沈み込み、その男の懐へ一気に突進して腹部へ重い拳を沈めた。そのまま男の体を盾にするように背後へ回り込み、残る四人へ向けてその巨体を「投げつけた」。


手前にいた男が衝突を避けられず、頭から激突して二人まとめて昏倒する。


残る三人が、戦慄したように距離を取った。


一方、ハンスもまた、音のない嵐と化していた。


最初のナイフが刺さった瞬間、全員の意識がシンへ集中したその一瞬。ハンスは後方の二人に肉薄していた。視線を戻す暇も与えず、一人に強烈な当て身を食らわせ、崩れ落ちる隙に隣の男の右腕を極める。


バキッ、という嫌な音と共に刀が手放され、男はそのまま脳天から床へ叩きつけられた。


ハンスは奪い取った刀を即座に投槍のように右側の敵へ放り投げる。飛来する鉄塊を自身の刀で弾く。その動作による硬直を突いて距離を詰め、下顎へ強烈なアッパーを叩き込む。脳を揺らされた男は白目を剥き、そのまま背後へ崩れ落ちた。


ここまで、わずか数秒。


立っているのは、呆然と目を剥く残りの三人のみ。


ドウンは「ほう……」と呟き、腕を組んでその光景を注視している。


ガーブに至っては、あまりの展開の速さに退屈したのか、大きなあくびを漏らしていた。


「続きを始めようか」


シンの隣にハンスが並ぶ。


「そこまでだ」


サク・マク・ドウンの重厚な声が部屋に響いた。


殺気立っていた残りの三人は、その声に弾かれたように反応し、刀を下ろして動きを止めた。


その「安心」を、戦場は許さない。


ハンスが電光石火の勢いで飛び出し、無防備になった三人の顔面を次々と殴りつけ、床に転がした。


「なっ……何を!」「卑怯だぞ、貴様らっ!」


床に這いつくばりながら喚く男たちに、シンは呆れ果てた溜息をついた。


「……ドウン殿の声を聞いて動きを止める。まあ、忠義心は立派だがな。だがお前ら、今は『戦いの最中』だろうが。敵が目の前にいるのに、何故剣を引く? 殺してくれと頼んでいるのか?」


シンは鋭い眼光を彼らに向けた。


「ドウン殿は『遊びじゃない』と言った。『真剣だ』とも言った。命のやり取りをしている最中に、他人の声一つで武器を収める……これが、ハイランダーの言う『真剣』の正体か?」


ドウンが深い溜息をつき、ゆっくりと腰を上げた。


「……やれやれ。もう少し見られる戦いをすると思っていたのだがな。……この者たちが弱いというより、貴殿らが強すぎる、と言うべきか」


「ドウン様! まだやれます! 続けさせてください!」


意識のある一人が叫ぶが、ドウンは冷酷に言い放った。


「お前たちは既に『死人』だ。戦場に次はない。下がれ」


男たちが屈辱に震えながら、気絶した仲間を担いで部屋の隅へ退く。それを確認し、ドウンがシンたちを真正面から見据えた。


「君たちは確かに強い。初伝しょでんの者たちとはいえ、十人を赤子の手をひねるようにあしらうとはな」


その薄笑いに、シンの心に冷たい火が灯った。


「……『初伝』がどういう位かは知らないが、連中がハイランダーの中で弱い部類だから負けたんだ、と言うのはあまりに傲慢じゃないか? 負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ」


「何だと……?」


「十一対四の戦いで、あんたは一瞬にして手駒の十人を失った。いくさなら大敗北だ。ハイランダーは『常在戦場』を旨とすると聞いていたが、一騎当千と呼ばれた勇猛さは過去の遺物か。……戦場を忘れた、ただの街の武人共め」


ドウンの額に、ドクドクと青筋が浮かび上がる。


「しょせん、ハイランダーはこの程度だったというわけだ。期待外れもいいところだ」


「……ぬかせ。ならば、本物のハイランダーの武、その身に刻んでくれるわ!」


3. 真打ちと老境の化け物


ドウンが床板を踏み抜かんばかりの勢いで踏み込んだ。


速い。先程の十人とは次元が違う。


彼は腰の刀を居合抜きで放ち、銀閃がシンの首筋へと迫る――。


「ガキィィンッ!」


甲高い金属音が室内に反響した。


シンの目の前で、ガーブが大刀を片手で軽々と振り回し、ドウンの渾身の一撃を受け止めていた。


「ぬっ……!?」


一気に間合いを取るドウン。その表情には驚愕が張り付いている。ガーブは肩に大刀を担ぎ直し、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「うーん……。このおじさんも、そんなに強くない。ガッカリだ」


「……やはりそうか。残念だ。ハイランダーの武名を当てにしたのが間違いだったな。帰ろうぜ、みんな」


シンはドウンに背を向け、出口へと歩き出した。


「貴様っ、待て!」


屈辱に顔を歪めたドウンが、背後から無防備なシンへ向けて刀を振りかざす。


シンは歩みを止めず、一瞬の転身を見せた。


ドウンが踏み出す右足が床に着くよりも速く、シンは懐へ潜り込み、鞘に収まったままの刀をドウンの鳩尾みぞおちへ深く叩き込んだ。


「ごふっ……!」


ドウンが膝をつき、激しく咳き込みながら蹲る。シンはその背中を冷たく見下ろした。


「何がハイランダーだ。興醒めもいいところだぜ」


立ち去ろうとしたシンの足が、ふと止まった。


ハンスが鋭い視線を入出口に向けている。ガーブは――毛を逆立てた猫のように、全神経を入り口に集中させていた。


「手厳しいのう……。大陸を渡り歩く傭兵の『毒』は、これほどまでに凄まじいものか」


枯れた、しかし部屋中の空気を震わせるような声が響いた。


入り口に立っていたのは、一人の老人だった。


殺気を放っているわけではない。ただそこに立っているだけなのに、その存在感は異様だった。まるで、巨大な岩壁がそこにそびえ立っているかのような威圧感に、シンの肌が粟立つ。


床に蹲っていたドウンが、震える声で絞り出した。


「……尊師」


ドウンと十人の男たちが、一斉に平伏した。


「無様な醜態を……お見せいたしました!」


「よい。死ね」


「!」


平伏した十一人の肩が、一瞬で跳ねた。


「……と言いたいところだが、お前らには死ぬ覚悟すら足りぬ。皆、下がりなさい。――相手は私がしよう」


「は……はっ!」


ドウンたちは弾かれたように立ち上がり、逃げるように部屋を辞した。


老人は、ゆっくりとシンたちへ向き直った。


「……さて。その抜身の刃、まずは納めてもらえんかな。そのままでは肩が凝るじゃろう?」


「……ああ、ごめん」


ガーブが気圧されるように大刀を鞘に収めた。


「おじいちゃん……強い。ねえ、すっごく強いね」


ガーブがニカりと笑う。その笑顔には、純粋な戦士としての敬意が混じっていた。


「ふっ……ははははは!」


老人は豪快に笑い飛ばした。


「げふっ、ごほっ、ごほっ! ……ぐはっ」


笑いすぎて盛大に咳き込む。


「……はあ、失礼。流石は『緋色の傭兵』殿、豪儀ごうぎなことだ。愉快、実に愉快じゃ」


「じいちゃん。名前、なんていうの?」


シンは冷や汗を拭いながら、老人の正体を問うた。


「儂か? 儂は……カハル・“テツザン”・マク・ネルという、ただのしがない老いぼれじゃ。まあ……ハイランダーを束ねる三人の長老のうちの一人、とでも言えば伝わるかのう?」


シンは内心で喝采を上げた。


ようやく、この「インヴァ・ネス」で真に言葉の通じる――否、拳を交わす価値のある怪物が現れた。


交渉のテーブルは、今、ようやく整ったのだ。


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