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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十三部:極北の紅い影

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第2章:王の震え、あるいは合議の迷走

1. 凡庸なる王の懊悩


「陛下。僭越ながら、私ムッサーシの名において代表会議の開催を各都市へ通達し、緊急の招集状を発しました。二、三日中には全代表がこのエディン・バーグに揃います。私を含む代表十二名、そして議長たる陛下で、スカイウェールの進むべき道を決めねばなりません」


ゼン・ムッサーシ男爵の峻厳な言葉に、マルカム王は所在なげに視線を彷徨わせた。


「うむ……? ああ、うむ。代表会議か。左様だな、会議で話し合わねばならん。どうするべきか、皆の知恵を借りて……」


「お待ちください! それでは遅すぎます!」


ゼンの鋭い一喝が、王宮の静謐な空気を切り裂いた。


「エンガード軍の先鋒は、恐らく二十日前後で我が領地グラス・ガレスへ至ります。今この瞬間に対応を『決断』せねば、グラス・ガレスは敵の鉄蹄に蹂躙され、焦土と化すでしょう!」


「そうであるな。ならば代表会議で各代表の意見を広く募り、いにしえの法に照らして最善の策を練り、しかる後に『決』を出すようにしよう……」


マルカム王の瞳は、まるで出口のない迷路に迷い込んだ子供のように泳いでいる。


「……待て、このような事態、過去の前例にあっただろうか。大臣に命じて書庫を調べさせねば。古の王たちが如何なる対応をなされたかを調べ、それに倣って、過ちなきよう……」


「陛下!!」


「な、何だ男爵! 驚かすな、儂は今、深く思索を……」


「代表会議において、陛下が会議を主導せねばならぬのです!」


ゼンは一歩、王の玉座へと踏み込んだ。その背後ではガストとヴィークが、彫像のように硬い表情で事の成り行きを見守っている。


「エンガード軍がグラス・ガレスに土足で踏み入る前に、不逞の輩を排除せねばなりません。至急、直轄軍を編成し、迎撃の布陣を敷くのです。さもなくばグラス・ガレスは奪われる。お分かりですか、あの地が陥落する意味を! グラス・ガレスからこのエディン・バーグまでは、馬を飛ばせばわずか一日の距離。喉元に刃を突きつけられるのも同然なのですぞ!」


「なんと……このエディン・バーグが攻められるだと!? ありえぬ、あってはならぬ! 直ちに全軍を招集し、王都の守りを鉄壁に固めさせねば! 籠城の準備を急げ!」


「マルカム王、陛下ッ! それはグラス・ガレスを放棄し、そこに住まう六万の民を見殺しにするという仰せか! 王が民を捨てるというのですか!」


「じゃが、エディン・バーグが落ちては元も子もない……。エンガードの狙いはグラス・ガレスではなく、この玉座ではないのか!? 駄目だ、まずはここを守らねば……!」


王の狼狽は醜悪ですらあった。ゼンは拳を握りしめ、あえて声を低く落とした。


「……陛下。南方の要衝を見捨て、民を戦火に晒す王など、スカイウェールの歴史に『前例』はありませぬぞ。そのような不名誉を、後世に名を残す王が選ばれるおつもりか?」


「では……ではどうしろと言うのじゃ! 儂にどうしろと言うのじゃ!」


「全代表に命じるのです。『兵を起こし、グラス・ガレスが蹂躙される前に敵を撃破せよ』と。その一言、決断を下せるのは陛下、あなたしかおられぬ!」


「しかし、儂は……儂は……」


「それだけではありません。北の守護者、ハイランダーへ出陣を要請するのです」


王の顔から血の気が引いた。


「ハイランダーを動かすだと……? それは全面衝突を意味する。エンガードと完全に対立し、抜き差しならぬ大戦おおいくさになる。そうなれば、国力の差で我が国は……」


「なりません」


ゼンが断言した。


「全面戦争にはなりませぬ。なぜなら、今進軍しているエンガード軍は鉄理の規矩騎士団による『独断の暴走』であり、エンガード王権国の総意ではないからです」


「何……? どういうことだ」


「現在、この部屋の外に、エンガード女王イライザ陛下より遣わされた全権大使『執政官』ヨーク子爵が控えております。彼は今回の侵攻を、女王の意志に違える蛮行であると断じておいでだ」


「左様なのか……?」


「はい。よろしいですか、陛下。これから為すべきことをお話しします。……よく、お聞きください」


その様子を見届け、ガストとヴィークは静かに部屋を辞した。


廊下の重厚な扉が閉まると、ヴィークが堪えきれないといった風に吐き捨てた。


「ガストさん。マルカム王とは、いつもあのような方なのですか?」


「ヴィーク、あの方は『平時』の人なのだ」


ガストの声は穏やかだが、どこか悲しげだった。


「あのような緊急事態に直面し、動転されている。彼は決断の君主ではなく、調和を重んじるまとめ役なのだ。慎重で思慮深いがゆえに、戦時においては優柔不断の誹りを受ける。……だが、それもまた王の資質の一つではある」


ヴィークは不満を隠そうともしなかった。決められない者を玉座に据えた民は不幸ではないか。若く、峻烈なムッサーシ男爵の方が、よほど王にふさわしいのではないか――。


しかし、それを口にすることは許されない。ヴィークは一度だけ振り返り、扉の向こうにいるゼンが、どうか王を正しい決断へと導いてくれるよう、祈ることしかできなかった。


________________________________________


2. 紛糾する十二人合議


三日後、エディン・バーグの円卓会議室。


スカイウェール全土から十一人の代表が集結し、マルカム王を議長とした『代表会議』が幕を開けた。


冒頭、ムッサーシ男爵は全代表を前に、鉄理の規矩騎士団と徴用兵がマンプトンを越え、グラス・ガレスへと侵攻を開始した事実を告発した。


その瞬間、静寂だった会議室は爆発的な怒号に包まれた。


「ただちに軍を集結させ、不法侵入者を殲滅すべきだ!」


「いや、守りに徹して追い返すだけで十分。余計な火種を大きくするな!」


「甘い! 逆侵攻をかけ、マンプトンを逆に落として我が国の武威を示すべきだ!」


「馬鹿を言え、それではエンガードとの全面戦争になる。資金も兵数も、我らに勝ち目はない!」


「まずは使者を送り、相手の要求を聞くのが筋だ!」


迎撃か、籠城か、逆侵攻か、対話か、あるいは屈服か。


代表たちの意見は鋭く対立し、発言は次第に過激さを増していく。卓を叩く音と怒声が、天井の高い会議室に反響した。


その時、一人の代表が玉座のマルカム王を指し示した。


「……では、陛下。議長たる陛下は、どのようにお考えか!」


会議室が、凍りついたような静寂に支配された。


自分の意見を持たぬ王。誰の顔色を伺い、どの意見に倣うのか。代表たちの視線が王を刺し貫く。


だが、その後に王の口から紡ぎ出された言葉は、一同の予想を大きく裏切るものだった。


「……“戦う”べき、と考えておる」


マルカム王は、折れそうなほど固く目を閉じ、組んだ拳を震わせていた。


「……儂を、決断できぬ凡庸な王と皆は思っているだろう。だが、既に我が南方の民が蹂躙され、敵が北上していると聞いた。……今、易々とグラス・ガレスを奪わせるわけにはいかぬ。賊軍に痛烈な一撃を加えて退け、しかる後、エンガードのイライザ女王と正当な交渉を行う」


王は時折、隣に座るゼンに縋るような視線を送りながらも、言葉を止めることはなかった。


代表たちは信じられないという顔で、互いに顔を見合わせた。あの優柔不断で「前例」にのみがるマルカム王が、自らの意志で『戦』を口にしたのだ。


そして、彼らの疑惑の矛先は、必然的にその隣に座る男へと向けられた。


(……ムッサーシ。貴様が王をそそのかしたのか?)


視線の刃を涼しい顔で受け流し、ゼン・ムッサーシが静かに挙手した。


「発言の許可を、議長」


誰からも拒絶の声は上がらなかった。ゼンはゆっくりと立ち上がり、代表たちを一瞥した。


「グラス・ガレスの代表として、補足させていただく。今、我が領土へ侵攻している一群は、騎士団長カシウス・ライルの独断による暴走だ。これはエンガード王権国、ならびにイライザ女王の本意ではない」


「なぜ、そう言い切れるのだ!」


「なぜなら、女王陛下は既に私の元へ、和平と融和を求める全権大使『執政官』を遣わしておられるからだ」


「何だと!?」「欺瞞だ、そんな話信じられるか!」「時間を稼ぐための罠だろう!」


騒ぎ立てる代表たちを、ゼンは冷徹な一喝で黙らせる。


「その『執政官』は、イライザ女王の真意を携えてやってきた。女王が望まれているのは、ブリタニア四国が互いを尊重し、共に繁栄を目指す『四国連合』の創設である……と!」


「馬鹿馬鹿しい!」


一人の頑強な代表が、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。


「エンガードとは長年、血を洗う争いを続けてきた。毎年毎年、我らの肥沃な領土を切り取り、奪ってきたのは奴らだ! そして今回、現実に軍を動かしてきている! ならば受けて立つのが、先祖への義理というものだ!」


「そうだ、全面戦争だ! スカイウェールの武威を、奴らの骨の髄まで叩き込んでやれ!」


「待て、早まるな! それでは国が滅ぶと言っているのだ!」


「臆したか怯懦者め!」「何だと貴様! やるか!」


――ばんッ!!


落雷のような衝撃音が響き、場が水を打ったように静まり返った。ゼンが、己の拳で会議卓を叩き割らんばかりに叩いたのだ。


「……皆さん。落ち着いてください。怒りで目が曇っていては、国を滅ぼすことになりますぞ」


王を含め、全代表の視線がゼンに釘付けになる。


「今はただ、イライザ女王の真意を問う機会をいただきたい。……独断で進軍する賊軍と、和平を求める女王。どちらが真実か、見極める術はある」


「何を、するつもりだ」


代表の一人が、掠れた声で問うた。ゼンは不敵な笑みを浮かべ、扉の向こうを指し示した。


「エンガード国の執政官、ヨーク子爵をこの場に招き入れます。……彼から直接、話を聞いていただきたい。……真実を語る者が、そこに控えております」


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