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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十二部:見えない牙と傭兵の地均し

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第6章:鉄路の断絶、あるいは四国の天秤

1. 氷の対峙


野営地の天幕。外では夜風が天幕の布を叩き、松明の爆ぜる音だけが規則正しく響いている。


シンの目の前には、スカイウェールの隠密組織『風読みの鴉』の代表、オズリック・ガストとジグルド・ヴィークが、彫像のように硬い表情で座していた。


シンはゆっくりと口を開き、静寂を破った。


「単刀直入に聞く。あんたらは、このエンガードで何を企んでいる?」


年嵩のガストが、感情を削ぎ落とした声で即答する。


「それを貴殿らに伝える必要はない。我らと貴公らは、立つ土俵が違う」


「それはそうだな。だが、これだけは言っておく。あんたらがどれほどエンガード国内で王権家に対する反感を煽り、今の体制を倒したところで、戦争は止まらない。……なぜか分かるか?」


その挑発的な問いに、赤髪の青年ヴィークが冷笑を浮かべた。


「……イライザ女王は単なる傀儡。軍部の操り人形に過ぎないからか?」


「その言い方には賛同しかねるが……仮にそうだとしたら?」


「ならば、イライザを排除し、その背後にいる軍部もろとも叩き潰すまでだ。根を断たねば、争いの芽は摘めぬ」


(……見る目がないな)


シンは内心で毒づいた。彼らはまだ、あの少女の真価に気づいていない。イライザは操り人形などではない。彼女は今、自らが『嵐の目』となるべく、殻を破ろうとしているのだ。


「それができれば苦労はないがな。さぞかし、軍をスカイウェール領内へ深く誘い込み、伸び切った兵站線を叩くつもりだろうが……そう簡単にはいかないぞ?」


「何が分かるというのだ、傭兵風情が」


ガストの目が鋭く光る。シンは不敵に笑い、図面に指を滑らせた。


「分かるさ。――『遅速侵攻』。あんたらに馴染みのある言葉で言えば、『牛歩戦術』というべきかな。軍を少しずつ進めては、そこを占有し、要塞化する。領土の切り取りと開拓を同時に行うやり方だ。短期決戦を避け、何年も……場合によっては十年単位の時間をかけて、じわじわとスカイウェールを侵食していく。軍部が描いているのは、そういう持久戦の絵図だ」


「……馬鹿な。そんな非効率な戦い方があるものか」


「まあ、ないよな。今|俺|が|考|え|た言葉だしな」


「……貴様、我らを愚弄しているのか?」


ガストの低い声に、殺気が混じる。シンは肩をすくめた。


「茶化すつもりはない。だが、気に障ったなら謝ろう」


代わって、それまで沈黙を守っていたオットーが、穏やかながらも重みのある声で補足した。


「エンガードには、フランク王国と百年に渡って戦い続けた歴史があります。じっくりと時間をかけ、無理をせず、国力という名の真綿で首を絞める。彼らにはそれだけのガレシア軍備ウルステア、そして資金エンガードがある。シンの言った『牛歩』は、現実として最もあり得る脅威ですよ」


その指摘に、ガストとヴィークは顔を見合わせ、押し黙った。


一国の国力そのものをぶつけられる消耗戦。それが事実なら、小国スカイウェールに抗う術はない。


________________________________________


2. 毒餌と茶会


ヴィークがシンの顔を真っ向から見据え、根本的な疑念をぶつけてきた。


「……緋色の傭兵団、と言ったか。シルカ殿からはエンガードに雇われた者たちだと聞いたが、そんな内情まで語る貴様たちは何者だ?」


「おっと。先走り過ぎたか。そういえば、まともな自己紹介がまだだったな」


シンはわざとらしく首を傾げ、芝居がかった口調で言った。


「俺たちは……そうだな、イライザ女王の『友人』? いや、違うな。……『同盟者』か。あるいは、女王陛下から極秘の特命を帯びた、影の執行人といったところか?」


「……密命だと? 我らの暗殺か。残念だが、エンガードの土を踏んだ時点で、我らは死んだも同然だ」


ガストの覚悟を、シンはひらひらと手を振って遮った。


「いや、どちらかと言えば死んでほしくないしな。暗殺は俺たちの本業じゃない。……まあ、『首狩り』はたまにやるが」


「ふざけているのか!」


「重ねてすまない。どうも空気が重すぎてね。茶の一杯も出していなかった」


シンは手際よく湯を沸かし、茶葉を用意した。


「女王陛下から直々に下賜された特上の茶葉だ。まあ、一服しよう」


陶器のカップに注がれた琥珀色の液体。芳醇な香りが天幕に広がるが、二人の鴉は指一本動かさない。


シンは苦笑し、自らのカップから茶を一口飲んで見せた。


「用心深いのはいいことだ。だが、冷める前に飲んだ方がいい。……ここからは、俺の手札を見せる番だ。あんたらの『切り札』を、引き出させてもらうためにね」


シンは茶器を置き、眼光を鋭くした。


「いいか。エンガードには戦争を数十年継続できるだけの資金力がある。ドルベス港を通じた大陸貿易、ウルステアの兵器量産。それに対し、スカイウェールはどうだ? 広い領土を誇っても、時間が経てば経つほどじり貧になるのは目に見えている」


「……スカイウェールにも武器生産の拠点はある。国外貿易の窓口もな」


ヴィークが食い下がる。


「グラス・ガレス、エディン・バーグ、インヴァ・ネス……。だが、グラス・ガレスの鋳造技術は旧式だ。制海権もエンガードに握られている。北外海へ船を出しても、無事に帰れる保証はない。安定した交易ができない相手を、大陸の商人がいつまでも選ぶと思うか?」


「ぐっ……」


ヴィークの言葉が詰まる。その時、沈黙を貫いていたガストが、絞り出すように反論した。


「……だが、我らには『ハイランダー』がいる」


(――来た。一つ目の切り札だ)


シンは内心で快哉を叫んだ。


「ハイランダー。北部山岳地帯に住まう、伝説の氏族クラン。独自の古武術と剛剣を操り、一人で百の兵を蹴散らす戦士たち、か。……では聞くが、なぜその一騎当千の連中が、未だに戦線に出てこない?」


「それは……」


「連中はインヴァ・ネスに籠り、沈黙を貫いている。俗世の痴話喧嘩に貸す肩はないと? それとも、実はただの張子の虎か?」


「貴様、侮辱するか!」


激昂して立ち上がろうとするヴィークを、ガストが重々しく制した。


シンは構わず畳みかける。


「エンガードの狙いはそこだ。ハイランダーが出てくる前にスカイウェールを包囲し、孤立させる。数年かけて糧道を断てば、いかに屈強な戦士とて飢えには勝てない。……そうなる前に、あんたらの国は終わる」


「……ヴィーク、座れ」


ガストに促され、ヴィークは憤怒を滲ませながらも席に戻った。


シンは一度呼吸を置き、声を落とした。


「……まあ、あくまで俺の推測だ。だが、鉄理てつり規矩きく騎士団のライル団長も、本来はそう考えていたはずだ」


「はずだった、だと?」


「ああ。ろくに戦を知らないバカ官僚……ガンツやラングフォードといった手合いが、彼に短期決戦を強要した。その結果、騎士団と傭兵たちがマンプトンに集結した」


二人の鴉がシンを睨む。その視線には、驚愕が混じっていた。


「驚くことはない。俺たちはそのためにロンデニールにいたんだ。……さて、次の手札だ」


________________________________________


3. 外科手術と密命


シンは身を乗り出し、二人の目を真正面から射抜いた。


「イライザ女王は、公式にはこの侵攻を黙認している。……だが、それはあのバカ侯爵二人に押し切られたからだ。彼女はこれを憂いている」


「憂いていても何もせん。傀儡には何もできん」


ガストの呻きを、シンは一喝した。


「だからこそ、俺たちがいる。……軍は、鉄理の規矩は動かない。いや、動けないんだ」


シンは右の拳を突き出した。


「第一。マンプトンに武器や糧食はもう届かない。俺たちがすべて止めた。……いや、()()()と言ってもいい」


指を一本立てる。


「……何だと?」


「第二。戦争を煽っていたガンツとラングフォードは失脚した」


二本目の指を立てる。


「……それゆえ、マンプトンの軍勢は短期決戦の足を失った。侵攻計画は、物理的に立ち消えだ」


「それは、本当か……?」


ヴィークの声が震えている。


「本当だ。イライザ女王は傀儡じゃない。彼女は、血を流さずにこの国を腐敗から救うための『外科手術』を、俺たちに命じたんだ。……輜重隊を襲ったのは、そのための麻酔だよ」


「麻酔だと? ……随分と手荒な手術だな」


ガストの言葉に、シンの表情が冷徹なものへと変わる。


「あの武器で蹂躙されるよりはマシだろう? 武器を奪った俺たちと、その武器でスカイウェールの民を虐殺しようとした侯爵。どちらの罪が重いか、決めるのはあんたらの自由だ。だが、俺たちの『反逆』のおかげで、明日あんたの部下たちが飢えずに済むのも事実だ」


天幕の中に、張り詰めた沈黙が流れる。シンはその沈黙を裂くように、一気に勝負に出た。


「そしてこれは、単なる防衛戦ではない。エンガード女王イライザから我々が受けた真の密命――それは、スカイウェールを含む『四国宥和』、そして『四国連合』を実現させるための最初の一手だ」


「四国……連合……?」


ガストが呆然と聞き返す。かかった、と確信したシンは、懐から一通の書状を取り出した。


「いいか、これから話すことは最優先の国家機密だ。女王イライザは、近日中に『ブリタニア四国連合王権憲章』を発布する。……これを見ろ」


シンが机上に広げた『憲章』の写し。そこに記された条文を読み進めるにつれ、二人の鴉の顔が驚愕に染まっていく。


「……これは、本物なのか?」


ヴィークが呻くように言った。


「信じられん。……この内容が事実なら、エンガードは自国の利権の半分を、他三ヶ国に明け渡すことになるぞ」


シンは逃がさない。二人の瞳の奥を見据え、冷徹に、かつ情熱を込めて言い放った。


「信じられないか。……なら、仕方ない。この話はこれで終わりだ。お引き取り願おう」


シンが憲章の紙に手を伸ばした瞬間、ガストがその腕を掴んだ。


「待て……!」


鋼のような握力がシンの腕を締め付ける。


「もし……もしこれが本当で、実現できるというのなら……」


「実現できるなら、何だ?」


シンは不敵に、最高度の自信を込めて告げた。


「俺たちが、実現させるんだ。この手でな」


視線と視線が、火花を散らすようにぶつかり合う。


シンはすべての手札を晒した。鴉たちが持つ権限がどれほどのものかはまだ分からない。だが、彼らが国を想う真の隠密であるならば、答えは一つしかないはずだ。


「さあ、どうする? ――オズリック、ジグルド」


運命の天秤は、今、シンの手によって大きく揺れ動いていた。


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