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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十一部:君主の見積書

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第5章:白亜の門と軍務卿の眼光

1. ロンデニールの洗礼


王都ロンデニールの正門。石造りの巨大なアーチが天を突き、その威容は訪れる者に「王権の絶対性」を無言で突きつける。だが、その門を潜ろうとした「緋色の傭兵団」を待ち受けていたのは、歓迎の調べではなく、鋭く突き出された数十本の槍の穂先だった。


「止まれ! 薄汚い傭兵ども! 何用で聖都ロンデニールに参った!」


門を守る守備兵二十名に加え、豪奢な甲冑に身を包んだ騎士団の一群三十名が道を塞ぐ。その中心で、一際派手な羽飾りをつけた男が、顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒鳴り散らしていた。


「狼藉を働くつもりなら、我ら『王権のロイヤル・シールド』が貴様らを一匹残らず蹴散らしてくれるわ!」


シンは馬を降り、冷めた目で前方の布陣を観察した。


(……王権の盾、か。だが計算が合わないな。こちらは百五十名。うち戦闘要員は百二十。対するあちらは総勢五十名弱。地の利があるとはいえ、数も質も圧倒的な差がある。この状況で『蹴散らす』と豪語できるのは、勇敢なのか、それとも単に算術ができないのか……)


おそらく後者だろう。シンは溜息を吐き、無用な衝突を避けるべく一歩前へ出た。すると、その横に音もなく並ぶ影があった。


「……シン。団長は俺だ」


ガーブが低く、だが拒絶を許さない声で言った。シンは苦笑して肩をすくめる。


「分かっているよ、団長。だが、君が喋ると交渉が台無しになる。隣で睨みを利かせていてくれ」


二人は、突き出された槍の切っ先からわずか一歩手前――死の間合いの極限――まで悠然と歩を進めた。


「止まれと言っているのが聞こえんのか! この下賤な犬めが!」


「止まったよ、馬鹿。耳元で喚くな」


シンは冷ややかに言い放ち、騒ぎ立てる騎士を正面から見据えた。


「俺たちはブリタニア王権国家、イライザ女王陛下の名において招聘された『緋色の傭兵団』だ。正当な手続きに従って参上した。速やかに道を開けてもらおうか」


「ふん、出鱈目を! 女王陛下が貴様らのような泥にまみれた野良犬を呼びつけるはずがない! 嘘を吐くならもっとマシなものを吐け!」


「……嘘、と言ったな?」


シンの声の温度が一段下がる。彼は懐から、封蝋の施された二通の書状を取り出し、騎士の鼻先に突きつけた。


「こちらはドルベス港のトーマス・ヴェイン海軍少佐からの照会状。そしてこちらが、貴公の主君……女王陛下からの召喚状だ。これを見てもまだ嘘だと言い張るのか?」


騎士の視線が書状に釘付けになる。そこには、王家の象徴である『聖十字の断罪シグネット・オブ・エンガード』の紋章が、鮮やかな赤蝋と共に刻印されていた。


「な、なんだと……!? 聖十字の紋章……まさか……ありえん……」


男はわなわなと震えだし、信じられないものを見たかのように絶句した。


「兜を被っているから目が霞んでいるんだろう? 脱いでよく見てみろ。本物かどうか、その貧弱な脳みそでな」


「貴様! どこまで我らを愚弄すれば気が済むか!」


逆上した騎士が兵士を突き飛ばし、シンの眼前まで詰め寄ってきた。だが、その拍子に彼は何かに気づいたように顔を歪めた。


「待て……。ならば、ドルベス開門騎士団はどうした! あ奴らが貴様らを護送し、ロンデニールまで同行する手はずであったはずだ!」


シンの表情が、芝居がかった悲哀に塗り替えられる。


「……彼らは、殉職されました」


「……何だと?」


「昨夜、街道で大規模な山賊の襲撃を受けまして。テレンス小隊長をはじめとするドルベス開門騎士団の方々は、俺たちを守るために勇敢に立ち向かわれました。彼は死の間際、俺たちに『先に行け、王都へ急げ』と仰り、倍以上の賊の中に消えていったのです……。これらが、回収できた遺品になります」


シンは袋から、血糊の付着した(彼らが丁寧に加工した)テレンスの身分証や私物のナイフを取り出した。


「貴様らが……貴様らが殺したのではないか!」


「滅相もない。恩人を手に掛けるなど、傭兵の風上にも置けぬ行為です」


(本当のことだがな)と心の中で毒づきながら、シンは無表情を貫く。騎士団長は「ぐぬぬ……」と歯噛みし、殺気混じりの睨み合いが続いた。


________________________________________


2. 鋼の宰相、ロデリック・グレヴィル


「――これは、一体どういう騒ぎだ?」


背後から響いたのは、石床を叩く硬質な足音と、低く太い、理性の籠もった声だった。その一言で、場を支配していた殺気が霧散する。騎士団長の肩がびくりと跳ね、慌てて振り返った。


兵士たちの人垣が割れ、そこから一人の壮年な男が歩み寄ってきた。無駄のない体躯、手入れの行き届いた軍服。そして何より、百戦錬磨の将軍だけが持つ、相手の肺腑を抉るような鋭い眼光。


「軍務卿閣下……!」


「王権の盾」の団長、ダンフォードと呼ばれた男が深々と頭を下げる。


「ダンフォード殿。説明を求めてもよいかね。なぜ陛下の客人に対し、これほどの無作法を働いているのか」


「それは……その……」


口籠るダンフォードを余所に、シンは直感した。この男こそが、この国の軍事的中枢であり、話の通じる相手だと。


「軍務卿とお見受けしますが、軍の最高責任者の方ですか?」


「黙れ、下郎! 閣下に口を利くなど――」


ダンフォードが遮ろうとするが、軍務卿は静かに手を挙げてそれを制した。


「いかにも。エンガード国軍を預かる軍務卿、ロデリック・グレヴィルだ。……して、貴公らが噂の『緋色の傭兵団』か」


「副団長のシンです。そしてこちらが団長のガーブ。女王イライザ陛下のご召喚に応じ、馳せ参じました。召喚状はここに」


シンが書状を差し出すと、グレヴィルは手に取ることなくその封蝋を一瞥し、深く頷いた。


「ふむ。貴殿らのことは聞き及んでいたが、予定よりも随分と早い到着のようだ。門衛への通達が行き渡っていなかったようだな。……相すまぬ。非礼を詫びよう」


グレヴィルは周囲の兵たちを見回し、厳然と言い放った。


「陛下の元へは私が案内しよう。ダンフォード殿、先導を頼む」


ダンフォードは屈辱に顔を歪めながらも、軍務卿の命には逆らえず、乱暴な所作で踵を返した。門衛たちは持ち場に戻り、野次馬の群衆も散っていく。ついに王都への道が開かれた。


「貴殿らは全部で何名かな?」


グレヴィルが歩きながら問いかけてくる。


「総勢百五十名です」


「そうか。済まぬが、陛下への謁見は幹部数名に限らせてもらう。異論はないな?」


「承知しております。団長ガーブ、私シン、そして交渉担当のオットーの三名で伺います」


「承知した。……しかし貴殿、傭兵という生業の割に、随分と礼節を心得ているな」


「おかしいですか?」


「以前フランクで会見した傭兵共は、もう少し……いや、かなり粗野であったのでな。不快にさせたなら謝罪しよう」


「いえ。所詮は付け焼き刃の礼法です。ゲルマニアに身を置いていた折、権威ある御方と接する機会がありましたので」


「……ほう。ゲルマニアのアレク大公のことかな?」


シンは微かに目を見開いたが、すぐに笑みを戻した。


「ご存知でしたか」


「噂は海を越えるものだ。お待たせしたな、道が開けた。――エンガード城へ進もうか」


________________________________________


3. 繁栄の街、歴史の淀み


グレヴィル卿の先導で歩き出したロンデニールの目抜き通りは、圧巻の一言だった。


ブリタニア王権国家の首都。人口十万を数える巨大都市。


整備された石畳の道幅は広く、左右には二階建て、三階建ての重厚な石造りの建築がどこまでも続いている。その多くが商店であり、窓からは高価な絹織物や、細工の凝った金属製品が顔を覗かせていた。


「はー……」「ほー……」


隣で歩くガーブが、まるで祭りに来た子供のようにきょろきょろと周囲を見回している。


「シン、すげえな! こんなデカい街、フランクの旧都以来じゃねえか?」


「ああ。だが、デカい街にはそれ相応の闇があるものだ」


シンは、街の華やかさの裏側にある「視線」を鋭く感知していた。


建物の影、路地の奥、二階の窓。そこかしこから、好奇の目だけでなく、生死の境を潜り抜けてきた者特有の、湿り気を帯びた殺気が向けられている。


「ハンス、今は動くな。だが、あらゆる挙動を注視しておけ」


背後で歩くハンスが、声を出さずに頷く。


傭兵団の行軍が進むにつれ、市民たちが集まってきた。群衆のざわめきが波のように広がる。


「けっ、見せもんじゃねぇぞ」


ヤミルが不機嫌そうに毒づくが、市民たちの目は期待と嫌悪が入り混じった複雑なものだった。彼らにとって、戦場帰りの物々しい傭兵団は、一種の危険な見世物なのだろう。


「皆、落ち着け。挑発に乗るなよ」


オットーやイエーガーが団員たちを宥める中、ついに一行はロンデニールの中心部、白亜の巨塔を抱く『アルバ・ロンダ(Alba Rhonda)城』の正門へと到達した。


そこでも門衛が槍を交差させて誰何したが、グレヴィル軍務卿が片手を挙げるだけで、重厚な鉄柵が重々しい音を立てて跳ね上がった。


城内の広場に到着すると、シンは待機を命じた。


「ヤミル、クリス、アインス、イエーガー、ゲルド。周囲の警戒を頼む。俺たちが戻るまで、何があっても抜くなよ」


信頼する将たちに後を託し、シン、ガーブ、オットーの三人は、グレヴィル卿に従って城の内部へと足を踏み入れた。


________________________________________


4. アルバ・ロンダ城の威圧


城内は一言で言えば、絢爛豪華。


フランク王国の宮廷とも、ゲルマニアの質実剛健な城とも違う、歴史と富の暴力的なまでの集積。敷き詰められた深紅の絨毯は歩音を吸い込み、壁を飾る絵画や調度品は、どれ一つとっても小国の国家予算に匹敵する価値があることが見て取れた。


ガーブは、もはや口をポカンと開けて天井のシャンデリアを見上げている。


「……ねえ、シン。あの壺、いくらくらいするかな?」


「さあな。俺たちの年収じゃ買えないことだけは確かだ」


「おそらく、あの壺一つで我々の傭兵団を丸一ヶ月養えるでしょうね」


オットーが柔らかな笑みを浮かべて補足した。


二階へと続く大階段を上がると、その先の広大な回廊には、彫像のように動かない騎士が十二名、両側に直立していた。


彼らは微動だにせず、だが甲冑の隙間から放たれる視線は、獲物を狙う鷹のように鋭い。すこしでも不穏な動きを見せれば、その瞬間に首を撥ねる――その強烈な威圧感が、回廊の空気を重く沈ませていた。


だが、団長ガーブにはそんな「空気」など関係なかった。


彼女は鼻歌でも歌い出しそうな軽やかな足取りで、威圧を放つ騎士たちの間を通り抜けていく。あまりにも無頓着なその態度に、動くはずのない騎士たちの首が、驚愕を隠せずについと彼女を追った。


ガーブは不意に立ち止まり、背後の騎士たちを振り返った。


「あはは。お勤め、ご苦労様!」


にこりと、無邪気な、しかし底知れない覇気を孕んだ笑みを向ける。騎士たちは弾かれたように首を元に戻し、再び彫像へと戻った。


「……行くぞ、ガーブ」


シンが促すと、彼女は満足そうに前を向いて歩き出した。


やがて彼らは、六人が並んで通れそうな、人の背丈の三倍はある巨大な扉の前に辿り着いた。扉の両側に控える従者たちが、グレヴィル軍務卿の姿を認めてゆっくりと、重厚な扉を左右に開いていく。


広大な謁見の間。その奥に、この国の全てを統べる若き「嵐」が座している。


「さて……偉大なるエンガードの女王陛下と、ご対面だ」


シンは静かに息を整え、黄金に輝く広間へと足を踏み出した。


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