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03 藤戸の戦い

 範頼の九州行は、最初から波乱含みだった。

 まず三日平氏の乱である。

 これのせいで、畿内の騒擾(そうじょう)著しく、進軍の安全の確保が危ぶまれた。

 しかし、義経の素早い対応のおかげで、何とかなった。


「それはありがたいのだが……おかげで、九郎と会えぬ」


 義経は伊勢でのいくさに従事しているので、物理的に離れている。

 一方で、頼朝からは早く九州を押さえよと命じられている。

 秘蔵の馬「甲一領」を下肢されているところから、その「早く」の度合いが知れる。


「しかたない、先を急ごう。九郎(義経)とは(ふみ)を送っておく」


 範頼は筆まめなので、逐一頼朝と義経に状況を書き送った。

 一方で義経はそれほど(ふみ)を送る性格ではなかった。


「まあ、伊勢でのいくさが忙しかろう」


 頼朝にも同様に文を送り、そのまま進んでよいとの返書を得ていたため、範頼は京に至ってからすぐに西に向かった。

 義経にも、このように(ふみ)が来ているだろうと思って。



 範頼は安芸(あき)にまで至った。

 しかし、それを見計らったように屋島から平行盛(たいらのゆきもり)が二千層を率いて山陽道を襲い、あっという間に範頼軍の兵站は断たれた。


「罠か」


 範頼は(ほぞ)()んだ。

 順調にここまで来られたことに油断があったのかもしれない。

 やはり平家は一ノ谷で負け、兵を失ったのだ。

 いかに制海権を握っているとはいえ、(おか)にはそうそう手を出せまい。


「そう思わせるために敢えて安芸まで進ませたか、新中納言」


 範頼はまだ見ぬ敵――知盛に畏怖の念を抱いた。

 一ノ谷で戦った時は、まだ大軍同士の()()()()であり、それなら何とか食らいつけるという確信はあった。

 だが、そういう()()()()より前に、つまり兵書でいう「戦わずして勝つ」という戦いとなると、どうにも苦手だ。


「つまりは富士川の戦いの逆だな」


 ある時、範頼はそうこぼした。

 大軍を進めるだけ進ませておいて、兵站を伸び切らせ、自壊を誘う。

 まさに、富士川の戦いで平維盛が嵌まった状況そのものだった。


「であれば、その富士川で勝った兄上にお伺いを立てるか」


 十一月、範頼は頼朝に、兵糧の窮乏を訴える(ふみ)を送る。

 一通だけでなく、何通も。

 頼朝から船と兵糧は送るという返書をもらったが、それだけで、具体的に鎌倉が行動を起こすことはなかった。


「さてどうするか」


 範頼の長所は、ここで投げ出さずに、「何とかなるかもしれない」と腰を据えることにある。

 これが義経なら、「もういいや」とばかりに彦島を襲うかもしれないが。


「彦島をねらうのも悪くないか」


 舟があれば、それをしてもいいかもしれない。

 しかし舟がない。

 舟がないからこそ、安芸にとどまり、こうして()()()()している。


「あったとしても、それこそ平家水軍の第二の本拠地である彦島を襲うなど、夢のまた夢」


 もしやるとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 やはり、ある程度の舟が集まったら、平家によって船をかき集められた()()である九州を攻めるのが上策だ。


「よし」


 範頼は、当面の目標を定めた。



「藤戸ですか」


「そうだ」


 寿永三年、あるいは元暦(げんりゃく)元年十二月。

 範頼は、平家水軍の山陽道側の拠点を調べ、それがついに備前の藤戸にあることを突き止めた。

 そのため、麾下の佐々木盛綱を呼び、急ぎ、その城を叩き潰すよう命じた。

 ちなみにこの藤戸、現代においては干拓により陸地となっているが、源平合戦の当時は島である。

 そしてまた、水島の戦いという、二年前の、平知盛と木曽義仲軍の戦いの舞台でもあった。


「平行盛、五百艘、五百騎を引き連れて、そこに盤踞(ばんきょ)しておる」


「……水島の戦いからこっち、藤戸に城を作っておった、と」


 盛綱は舌を巻く思いだった。

 範頼に対して。

 平家が屋島から舟を出して山陽道の兵站を妨害していることはわかる。

 わかるが、その山陽道において、どこを拠点にして、たとえば補給をしているかは謎だった。

 それを突き止めたのだ。


「藤戸の者たちの態度が、どこか、ぎこちなかった」


 とは、範頼の言葉である。

 その他の地の漁師はみな、「知らない」だの「知っていても教えない」だの、言いたい放題だった。

 だというのに、藤戸の漁師たちだけは、逆に何も語らなかった。

 そこに違和感を感じ、こうして当たりを得るに至る。


「急いでくれ。もしや、平家の方も()()()と気づいたやもしれぬ」


「承知」


 もし平家に()()()()、平家は拠点を変えるだろう。そうしたら、また探索は一からやり直しだ。兵站の妨害も()むことがない。

 今。

 今ここで、油断し切っている藤戸の平行盛と五百艘、五百騎を叩き潰せば、海上の平家の蠢動を断てる。

 そういう意味では、かなり重要な役割だが、範頼はそれをおのれではなく、頼朝の股肱の臣ともいえる佐々木盛綱に任せることにした。

 盛綱は、頼朝の挙兵時からの、いや、挙兵の前から頼朝に仕えていた。

 そのため、今さら平家に裏切るおそれがなく、かつ、()()()役目を果たしてくれることが期待できた。



 佐々木盛綱は、手段はともかく、平行盛を追い払うことに成功した。

 行盛は――精確には篝地蔵(かがりじぞう)という場所におり、そこは藤戸から海峡をへだてていた。

 ただし、浅瀬が存在するため、渡っていくことは可能――それを聞いた盛綱は、聞いた相手である漁師を殺害し、源氏接近の報すら知らせないようにした。


「おかげで、平家の奴らめ、いきなりの奇襲に驚いていたようじゃわい」


 まるで手柄のように語る盛綱。

 一方の範頼は、やはり盛綱に任せるのは間違いだったかと天を仰いだ。

 先述のとおり、盛綱は頼朝の股肱の臣だ。だからこそ、頼朝のためならと、()()になる傾向にある。

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