04 壇ノ浦のまえに
だが後悔している暇はない。
範頼は、盛綱の藤戸の戦いの裏で、周防の豪族や武士と話をつけていた。
「何ごとにも、反発する輩とはいるものだ」
あたかも、平家と源氏のように。
長門の彦島にいる平知盛はやり手だが、周りの国の武士や豪族はどうであろうか。
「平家が九州を取るねらい。これがそれを招く」
そのねらいがあるからこそ、範頼は九州への進軍を具申した。頼朝はそれをうべなった。朝廷も――後白河院もまたそれを黙認している。というか、勧めてきている。
だから範頼は周防に目をつけた。
周防の宇佐那木上七遠隆という豪族は、以前から瀬戸内における交易と、平家が歴代独占してきた「ある事業」に興味があった。
「もし、平家を倒したら、それを、われに」
範頼はまず、自分はそれでいいと答えた。
ただし、鎌倉に伺いを立ててからだと断りを入れた。
「ことがことだけに。兄上の許しを得ておく」
これが義経だったら、一も二もなくみずからが許し、やらせることだろう。
宇治川で、そうして党与を増やしていったように。
「しかしそれでは駄目だ。それは、向後のこの国のこれからを左右する」
範頼のねらい、ひいては頼朝の危惧は、それだった。
ゆえに、周防に至ったらすぐに長門赤間関へ向かい、範頼は九州への渡海をめざした。
しかしそこを、彦島の知盛の水軍に阻まれる。
「さすがは新中納言。ここを渡られたら終わり、ということがよくわかっている」
一度は渡海に失敗した範頼だが、かれはあきらめずに鎮西へ向けて、間者を放った。
「いるはずだ。鎮西の平家方、原田種直に敵対している者が」
ここで範頼に随行していた北条義時がけげんそうな表情をした。
いったい、原田種直とは何者か、と。
「それはだな」
範頼は、この聡明な、頼朝の義弟(義時は頼朝の妻・政子の弟)に言った。
「種直は長年、平家に仕え、その宋との交易をになってきた男だ」
になうどころか、実は平清盛の代行者として、宋と交渉をおこなっており、重盛の養女を妻としている。家柄も代々太宰大監(太宰府の現地任用官の最高位)であり、そこから、独自の武士団を形成している。
義時は、この原田種直の「危険性」をすぐ悟った。
「平家のみかど(安徳天皇)に、宋からを冊封を受けさせることができるかも、と?」
冊封とは、中国の皇帝が、その周辺の異国の王位や帝位を認める行為である。
「そうさ。そうしたら、京の後白河院(法皇)の立てたみかど(後鳥羽天皇)の立場がなくなる」
あれほど必死に、帝位の正統性を保つために、三種の神器を取り返せと命じている後白河院が――それを読んだ頼朝が、こうして範頼と義時を九州に向かわせた理由が、ここにある。
「しかも冊封されると、公式に交易ができる。そこから生まれる財貨は、かなりのものだ」
「…………」
頼朝は平家との和睦をしてもいいと思っていた。
ただし、それは弱体化した平家であって、富強を得た平家と対等あるいは下のものとして和睦する、というわけではない。
「しかも宋という国は、金という国に追われて南にいる。同じような立場の平家とそのみかど、助けようという気持ちになるだろう」
「そうですな……そしてもし平家がこの国を取り戻したとして、今度は宋が、北を取り戻すのに兵を出せ、と言いかねません」
やはりこの北条義時という男は聡明だと範頼は感心した。
「では義時どの、その時は貴殿に任せよう」
「任せる、とは」
「他でもない、鎮西に渡って、彼の地にて平家の宋とのやり取りをする男、原田種直を討ってもらいたい」
「………」
義時の沈黙は、うべなう意味か、ためらう意味かはわからない。
ただ、範頼は、自分が周防にいて、長門彦島の知盛ににらみを利かせないと駄目だ、とは言った。
「京にいる義経が屋島を攻めるといううわさでも流して、いかにもまたはさみうちを警戒させる」
範頼は、自身が周防にとどまることによって、知盛の「一ノ谷ふたたび」と思わせるという。
義時は、それはちょっとあり得ないのではないかと考えたが、和田義盛が兵糧の窮乏を嫌って、鎌倉に帰ろうとしているという話が入り、足早に去っていった。
あとに残った範頼は、こう零した。
「義経が屋島か」
ほんとうに実現したら、凄い話である。
もしそうなったら、あの慎重な兄ですらも、「一気に平家を滅ぼせ」と言ってくるのではないか。
それを想像すると、範頼は、ちょっと笑えた。
「だが、実際はそうはいかん。今は鎮西を取ることに傾注しないと」
その夜――元暦正月十二日の夜は、こうして更けていった。
*
この時、範頼は、まだ知る由もない。
義時が九州・葦屋浦にて勝利を収めた時に。
ほとんど時を同じうして、義経もまた、屋島を陥落させてしまうということを。
「さて、今は彦島だ。義時どのがうまくいったら、次は彦島を攻めるやり方を考えねば」
範頼は帷幄に入り、寝ることにした。
とにかく待つことだ。
待てば攻略の糸口がつかめるかもしれない。
「あたかも……春を待つように」
範頼は、似合わないことを言ったなと、ひとり笑った。
春――元暦二年三月二十四日(一一八五年四月二十五日)、壇之浦の戦いまで、あと二月にも満たない頃のことであった。
【了】




