第三章 朱雀の宿命 第四十三話『三つの守護』
蒼い水の刃が、炎へ向かって走った。
次の瞬間。
轟音と共に、炎と水が激しくぶつかり合う。
夜空へ立ち上る白い蒸気。
その向こうで。
炎を纏った妖魔が、ゆっくりと姿を現した。
「……。」
篤久は静かに目を細める。
蒼流刃。
青龍の神力を込めた一撃。
普通の妖魔ならば、ただでは済まない。
しかし。
目の前の妖魔は違った。
纏う炎は消えるどころか、さらに勢いを増している。
まるで。
自身の力を燃やし尽くすことなど、初めから恐れていないかのように。
「……火魔の核。」
篤久は小さく呟く。
炎の中心。
そこに宿る力。
火属性の核を持つ妖魔。
水である青龍にとって、決して相性の悪い相手ではない。
だが。
違和感がある。
ただの火魔ではない。
何かが、この妖魔の力を底上げしている。
考えるより先に。
妖魔が動いた。
炎を纏った腕が、篤久へ向かって振り下ろされる。
篤久は僅かに身体を逸らした。
轟音。
石畳が砕ける。
その威力に、周囲の空気が震えた。
「……力任せか。」
篤久は距離を取る。
しかし。
その瞳に焦りはない。
相手の力を見る。
動きを読む。
核の位置を探る。
青龍の戦い方だった。
一方。
別の場所では。
「っ……!」
新太が大きく後ろへ跳んでいた。
土を纏う妖魔。
その腕が振り下ろされる。
瞬間。
大地が震えた。
地面から無数の岩の刃が突き出す。
「危ねぇな……!」
新太は白虎刀を構え直す。
風の力を纏う白虎。
対するは、大地を操る土魔。
相性では新太が有利。
だが、相手の防御力がそれを簡単には許さない。
「当たらなきゃ意味ねぇけどな!」
白い風が巻き起こる。
次の瞬間。
新太の姿が消える。
白虎の最大の武器。
それは、何よりも速いこと。
土魔が反応するより早く、新太は懐へ入り込んだ。
「――標的!」
放たれた風の刃。
狙うは核。
しかし。
ガキィンッ!
土の壁が瞬時に現れ、攻撃を防ぐ。
「……硬ぇな。」
新太は距離を取る。
だが。
その表情には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
速さが通じないなら。
もっと速くする。
それが白虎の戦い方だった。
そして。
本成もまた、水を纏う妖魔と向き合っていた。
水流が渦を巻く。
形を変えながら、絶え間なく襲い掛かる。
「……厄介だね。」
本成は静かに避ける。
水は形を持たない。
だからこそ、捕らえにくい。
しかし。
玄武の力は、ただ攻撃を防ぐためだけではない。
本成はゆっくりと手を地面へ添える。
琥珀色の神力が、大地へ広がる。
「――沈静。 」
大地が隆起する。
水魔の足元へ土が絡みつく。
動きが止まる。
その瞬間。
本成は一歩踏み込んだ。
だが。
水魔の身体が揺らぐ。
まるで水そのものになるように形を変え、拘束から抜け出した。
「……なるほど。」
本成の目が細まる。
力だけでは捕らえられない。
流れを読む必要がある。
三つの戦場。
三人の守護者。
それぞれが、自らの力と向き合いながら妖魔と戦っていた。
そして。
炎を纏う妖魔と向き合う篤久。
その胸元にある核。
そこから。
一瞬だけ、黒い靄のようなものが揺らめいた。
「……。」
篤久の表情が変わる。
やはり。
この妖魔たちは普通ではない。
その時。
通信鏡が震えた。
『篤久!』
新太の声。
『こいつ……普通の土魔じゃねぇ!』
続いて。
『僕の方も同じだ。』
本成の声が響く。
篤久は静かに三体の妖魔を見る。
そして。
低く告げた。
「……二人とも、油断するな。」
青龍の瞳に、鋭い警戒が宿る。
「こいつらは……何かを隠している。」
篤久は静かに息を吐いた。
水は火に勝る。
本来ならば、この戦いで自分が押される理由はない。
炎は水に飲まれる。
どれほど強い火でも、水流を前にすればその勢いは失われる。
それが属性の理。
だが――。
目の前の妖魔から感じる力は、単純な相性だけでは測れなかった。
「……妙だな。」
篤久が低く呟く。
火を纏った妖魔は、傷付くことを恐れず突き進んでくる。
水の神力によって炎を削られても、すぐにその身から新たな炎を噴き上げる。
まるで。
自らの命すら燃やしながら戦っているようだった。
妖魔が地面を蹴る。
炎を纏った腕が、篤久へ振り下ろされる。
篤久は半歩だけ横へ逸れる。
紙一重で避けた拳が石畳を砕いた。
その衝撃で舞い上がった炎を、篤久は水の神力で押し流す。
「蒼流刃。」
静かな声と共に、蒼い水流の刃が走る。
火魔の身体を覆う炎を切り裂き、その胸元へ深い傷を刻む。
しかし。
「……。」
篤久は表情を変えなかった。
倒れない。
傷口から再び炎が噴き出し、焼けた身体を包み込んでいく。
普通ならば、今の一撃で核へ届いているはずだった。
「やはり……。」
篤久の視線が鋭くなる。
この妖魔は、ただ強い火の力を持っているだけではない。
核の奥に、別の力が混ざっている。
その異質な気配が、無理やり妖魔の身体を動かしていた。
火魔が再び迫る。
篤久は水流を操り、真正面から受け止めた。
激しくぶつかり合う炎と水。
その余波が朱雀門の石畳を揺らす。
「……時間を稼いでいるのか?」
篤久の呟き。
火魔は答えない。
ただ、命令されたように炎を燃やし続ける。
その動きの奥にあるもの。
それは勝利への執念ではない。
何かを待つための動き。
篤久は視線を一瞬だけ他の二人へ向ける。
離れた場所で戦う新太。
そして本成。
二人もまた、同じ違和感を感じ取っているはずだった。
この妖魔たちは。
倒すためではなく。
何かを成し遂げるために、ここにいる。
篤久は、その違和感の正体に気付いた。
火魔。
水魔。
土魔。
三体とも、それぞれの相手と戦っている。
だが。
その視線の奥にあるものは、勝利への執念ではない。
「……狙いは。」
篤久の蒼色の瞳が鋭くなる。
「最初から変わっていない。」
通信鏡越しに、新太と本成へ声を飛ばす。
「ミサだ。」
その言葉に、二人の表情が変わった。
朱雀門。
そこには今も、結界へ神力を送り続けるミサの姿がある。
動けない。
神力を止めることもできない。
それを妖魔は理解している。
「急げ。」
篤久の声が低く響く。
「こいつらは、ミサを狙っている。」
その瞬間だった。
火魔が大きく吠える。
炎を纏った身体が、最後の力を振り絞るように膨れ上がった。
篤久は静かに構える。
水は火に勝る。
本来ならば、この戦いで自分が押される理由はない。
だが。
目の前の妖魔は、属性の理を無視するほどの異質な力を宿していた。
それでも。
譲るわけにはいかない。
「青龍の名の元、お前を滅する――」
篤久の周囲に蒼い水流が集まる。
「蒼流刃!」
一直線に放たれた水の刃が、炎を切り裂く。
火魔の胸元。
その奥にある核へ届く。
パキィィン――。
乾いた音と共に、核が砕け散った。
同時に。
新太が土魔と向き合っていた。
「硬ぇな……。」
何度斬っても崩れない土の身体。
だが、新太は笑う。
「でもよ。」
白虎刀を握り直す。
「俺の風から逃げられると思うなよ。」
次の瞬間。
白い風が夜を駆けた。
「白虎の名を刻め――」
風が白虎刀へ集まる。
「疾風裂牙!」
一瞬。
新太の姿が消える。
次に現れた時。
土魔の身体には無数の斬撃が刻まれていた。
風は土を削る。
その相性通り、土魔の身体は少しずつ崩れていく。
最後の一撃。
白虎刀が核を捉える。
パキン――。
土魔の核が砕け散った。
そして。
本成は水魔を見つめていた。
水の身体は形を変え、何度でも立ち上がる。
しかし。
本成は焦らない。
「水は流れる。」
静かに呟く。
「だからこそ、流れを止める場所がある。」
両手を地へ向ける。
「玄武の名にかけて――」
大地が震える。
琥珀色の神力が地面を走った。
「大地封鎖。」
土の力が水魔の周囲を包み込む。
逃げ道を奪う。
流れを止める。
水魔が初めて大きく揺らいだ。
本成は一歩踏み込む。
「終わりだ。」
大地の力が一点へ集中する。
次の瞬間。
水魔の核が砕け散った。
三体の妖魔が、同時に崩れ落ちる。
静寂。
終わった――。
そう思った瞬間。
篤久だけが、違和感を消せずにいた。
砕けた三つの核。
その奥から。
黒い靄が、ゆっくりと溢れ出す。
「……何だ、あれ。」
新太が息を呑む。
瘴気とは違う。
妖魔そのものの力とも違う。
ただ一つ。
朱雀の巫女を狙うという意思だけを残した、黒い執念。
三つの黒い靄は互いに引き寄せられるように集まる。
一つの塊となった瞬間。
それは迷うことなく――。
朱雀門へ向かって飛んだ。
「ミサ!」
篤久の声が夜に響く。
黒い靄は。
守護者ではなく。
結界でもなく。
ただ一人。
朱雀の巫女だけを狙っていた。
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