↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/47

第三章 朱雀の宿命 第三十九話『託された神力』

朱雀門の前で倒れていたミサを見つけた篤久は、そのまま屋敷へ連れ帰った。


しかし、どれだけ待っても、ミサが目を覚ます気配はない。


穏やかな寝息だけが静かな部屋に響き、時だけが無情に過ぎていく。


やがて朝ぼらけを迎える頃、篤久は静かに決断した。


「……宮廷に連れて行くか。」


一人で抱え込む問題ではない。


迫り来る逢魔が時を前に、守護者全員で結論を出さなければならなかった。




※ ※ ※




奥の間には、守護者全員が集まっていた。


篤久の腕の中では、ミサが静かな寝息を立て続けている。


その姿を気遣うように見つめながらも、自然と話題は結界のことへ移っていった。


「結界を張らないって……どういうことだ?」


篤久の口から告げられた提案に、新太が思わず声を荒げる。


「……やっぱり、ミサの神力が足りないのね。」


なぎの上が静かに呟いた。


篤久は否定することなく、小さく頷く。


「新たな結界を張るには、万全の状態でなければならない。朱雀の守護者ではないミサ一人に、その負担は重すぎます。」


そう言いながら、篤久は腕の中のミサへ視線を落とした。


この数日で嫌というほど思い知らされた。


ミサが秘める神力は、守護者と比べればあまりにも少ない。


どれだけ神力を分け与えても、その器には限界があった。


「じゃあ、どうするんだよ! このままじゃ結界は崩壊するんだろ!」


新太は苛立ちを隠せない。


その声が奥の間へ響き渡る。


「まぁまぁ、新太。落ち着いて。」


本成が苦笑しながら宥める。


「篤久は、何もしないとは言ってない。そうだよね?」


全員の視線が篤久へ集まった。


篤久は静かに口を開く。


「……結界が弱まっている原因は、老朽化だけではありません。」


その一言で、部屋の空気が張り詰める。


「四神の力の均衡が崩れていること。それが、一番大きな原因です。」


「朱雀の神力……。」


あず姫が静かに呟く。


「そうです。」


篤久は頷いた。


「朱雀の守護者は歴代でも極端に少ない。当然、結界へ送られる朱雀の神力も少なくなります。」


「玄武は代々、九条家から守護者が現れているものね。」


「青龍も白虎も、前任が退けば数年以内には次の守護者が現れる。」


なぎの上、本成、新太の言葉が続く。


その瞬間。


全員の視線が、眠るミサへと集まった。


静かな寝息だけが部屋に響いている。


「ミサは、逢魔が時までには目を覚まします。」


篤久は迷いなく言い切った。


その言葉を疑う者は、誰一人いなかった。


「でも、目を覚ましたとして……結界を張らないなら、どうするの?」


なぎの上が静かに問い掛ける。


「今まで通り神力を送り続けても、均衡が崩れてきているなら、崩壊を少し先延ばしにするだけでしょう。」


「その通りです。」


篤久はあっさり認めた。


思わず本成と新太が顔を見合わせる。


一方で、なぎの上とあず姫だけは険しい表情を浮かべた。


篤久はその反応を見ても何も言わない。


まるで、その先の答えを待っているようだった。


「……まさか。」


なぎの上が低く呟く。


「あんた、ミサ一人に全部背負わせるつもり?」


「はい。」


一切の迷いがない返事だった。


「馬鹿なこと言わないで!」


なぎの上が思わず立ち上がる。


「ミサが神力を送り続けたところで焼け石に水よ!」


「ミサの神力だけでは、結界全体の歪みは補えはしない。」


あず姫も厳しい口調で続けた。


それでも篤久の表情は変わらない。


「……まさか、あんたが神力を与え続けるなんて言うつもりじゃないでしょうね?」


部屋が静まり返る。


誰もが同じことを考えていた。


篤久なら、それすら実行しかねない。


しかし、それでは守護者全員が集まった意味がない。


「その方法でも構いませんが。」


さらりと言ってのけた篤久に、新太が頭を抱える。


「いや、構うだろ!」


その勢いに、本成まで思わず吹き出した。


重苦しかった空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


そんな二人を横目に、篤久は耳元の青龍玉へ静かに触れた。


「ですが、私の考えは違います。」


その一言で、再び場の空気が引き締まる。


篤久は全員を真っ直ぐ見渡した。


「皆さんの守護玉を――ミサに預けます。」


「……え?」


あまりにも予想外の提案に、その場の空気が止まった。


守護玉を預ける。


その発想は、誰一人として考えたことがなかった。


「守護玉は神力を蓄えることはあっても、放出はできないはずよ。」


なぎの上が眉をひそめる。


「そう思っていました。」


篤久は静かに頷いた。


「ですが、一昨日、一つだけ気付いたことがあります。」


その言葉に、全員の視線が篤久へ集まる。


「一昨日、ミサが私の背中にもたれたまま眠ってしまいました。」


本成は、その光景を思い浮かべるように静かに目を伏せる。


篤久は続けた。


「寝所へ運ぼうとした、その時です。」


耳元の青龍玉へ触れる。


「青龍玉がミサへ触れた瞬間だけ、神力が流れ込む感覚がありました。」


「……!」


本成が息をのむ。


「守護玉が直接触れた時だけ……ということ?」


「あぁ。」


篤久は頷いた。


「最初は気のせいかと思いました。」


「ですが、その後何度考えても、神力が流れたのはその一瞬だけでした。」


静かな声が奥の間へ響く。


「守護玉そのものが神力を放出しているわけではありません。」


「ですが、持ち主の神力を宿した守護玉が、ミサへ直接触れることで……媒介となり、神力を受け渡せるのではないか。」


そう言って、篤久は腕の中で眠り続けるミサへ視線を落とした。


小さな身体で、朱雀の役目を背負おうとしている。


その姿を見るたびに、胸の奥が痛んだ。


「この方法なら、ミサ一人に負担を集中させずに済みます。」


篤久はそう告げると、静かに眠るミサへ視線を落とした。


小さな身体で。


たった一人で。


朱雀の巫女という宿命を背負おうとしている少女。


本当なら、自分がもっと早く気付くべきだった。


ミサがどれほど不安を抱えていたのか。


どれほど一人で覚悟を決めていたのか。


それでも、ミサは誰にも弱音を吐かなかった。


だからこそ――。


もう二度と、一人で背負わせたくなかった。


「……。」


篤久は眠るミサの手を、そっと握り直す。


その時だった。


小さな鈴が――。


チリン。


静かな音を響かせた。


「……?」


篤久の視線が、わずかに揺れる。


聞き間違いではない。


確かに、今。


ミサの鈴が鳴った。


けれど。


その理由を、篤久は知らない。


ミサも知らない。


ただ、その小さな音は、張り詰めていた奥の間へ静かに溶けていった。


「……ミサ。」


篤久は小さく名前を呼ぶ。


眠ったままのミサは、何も答えない。


それでも。


その表情は、どこか穏やかに見えた。


篤久は一度だけ目を閉じる。


そして、改めて全員へ向き直った。


「この方法で、必ず間に合わせます。」


迷いのない声だった。


篤久は姿勢を正すと、深く頭を下げた。


「本成、新太。そして、なぎの上様、あず姫様。」


「どうか皆さんの神力を、それぞれの守護玉へ込めていただきたく。」


奥の間に重い沈黙が落ちた。


守護玉は普段から微弱ながら守護者の神力を吸収している。


だが、篤久は今持てる神力全てを守護玉に込めろと言うのだ。


誰もが、その意味を理解していた。


これはただの延命策ではない。


ミサを守るための、篤久なりの答えだった。


「……それでも、根本的な解決にはならないわ。」


静かに口を開いたのは、あず姫だった。


「結界の寿命を延ばせても、一時しのぎにしかならない。」


篤久はゆっくりと顔を上げる。


「一年。」


その短い言葉に、全員の視線が集まった。


「長くても一年…結界が保てば、新たな朱雀が生まれ、次の守護者が現れます。」


「……その根拠は?」


あず姫が問い掛ける。


「その説明は、僕が。」


口を開いたのは本成だった。


篤久は小さく頷く。


「篤久に頼まれて、玄武へ尋ねてもらったんです。」


「夢見を使ったの!?」


なぎの上が驚きの声を上げる。


「はい。」


本成は少し困ったように笑う。


「篤久に、どうしても……と頼まれまして。」


「本成。」


篤久が呆れたようにため息をつく。


「誤解を招く言い方をするな。」


「え?」


「俺は先生に頼んでくれと言っただけだ。」


その言葉に、本成は「ああ」と納得したように笑う。


「そうだったね。」


だが、そのやり取りを聞いたなぎの上は、すぐに表情を曇らせた。


「元守護者にまで無茶をさせるなんて……。」


「夢見は神力を大きく消耗するのよ。」


あず姫も心配そうに続ける。


「元宝院殿のお身体が心配だわ。」


二人の言葉には、本気の心配が滲んでいた。


しかし、篤久と本成は顔を見合わせる。


そして、ほぼ同時に同じことを思った。


――あの人なら、その程度で倒れる人ではない。


その空気を感じ取ったのか、新太が豪快に笑う。


「先生なら大丈夫だろ!あの人普通じゃないしな!」


あまりにも迷いのない言い方に、本成は苦笑する。


「……それは否定できないね。」


「だろ?」


新太は満足そうに頷くと、胸元の袋へ手を伸ばした。


そして、中から翡翠色に輝く白虎玉を取り出す。


「それより、これにどうやって神力を送るんだ?」


白虎玉を覗き込みながら、新太は首を傾げた。


その場にいた全員が、呆れたように新太を見る。


「結界へ神力を送る時と同じだよ。」


本成が苦笑しながら説明する。


「守護玉に向かって、神力を流し込めばいい。」


「なるほど!」


新太の表情がぱっと明るくなる。


嫌な予感がした。


だが――。


止めるより早く。


「こういうことだな!」


新太は白虎玉へ向けて、一気に神力を解放した。


「ちょっ――!」


「馬鹿!」


なぎの上の声が響く。


瞬間。


全員が身構えた。


篤久だけは抱きかかえているミサを庇うように覆い被さる。


白虎の膨大な神力が、この奥の間を吹き飛ばす。


そう思った。


しかし――。


何も起こらない。


風も起きない。


音すらない。


ただ、白虎玉だけが淡く輝いていた。


「……え?」


新太が目を丸くする。


「神力……全部吸い込まれたぞ。」


その言葉の直後。


バシンッ。


乾いた音が奥の間に響いた。


「痛っ!!」


新太の頭を、なぎの上の扇子が見事に叩いていた。


「こんな室内で、それも全力で神力を放つなんて……何を考えているの!」


いつになく低い声。


笑っていない。


本気で怒っている。


それだけは、新太にも十分伝わった。


「いや……でも、ちゃんと神力吸い込まれたし…」


「そういう問題ではありません。」


即座に返され、新太は肩を落とす。


「何も考えてないから、やったんじゃない?」


あず姫が呆れたように呟く。


本成と篤久も、思わず苦笑した。


「それより……。」


本成は懐から自分の瞳と同じ色の、琥珀色の玄武玉を取り出す。


「守護玉がここまで神力を吸収するなんて、思わなかった。」


「結界と同じ役割を果たしているのかもしれないな。」


篤久も静かに呟く。


その視線は、眠るミサへ向けられていた。


守護玉を通じてなら。


ミサは一人で背負わなくていい。


その可能性が見えたことに、ほんの少しだけ胸の奥が軽くなる。


「私たちは向こうで済ませましょう。」


篤久の様子を見たなぎの上とあず姫は、それぞれ守護玉を手に取り、部屋を後にした。


神力を使えば、体力をかなり消耗する。


疲労する姿など高貴な二人が見せるわけにはいかなかった。


「……新太、体は大丈夫?」


本成が心配そうに声を掛ける。


先ほど白虎玉へ大量の神力を流し込んだ新太は、まだ平然としているように見えた。


しかし――。


「ん?」


返事をした瞬間。


新太の表情が固まる。


「……あれ?」


次の瞬間、力が抜けたように、その場へ崩れ落ちた。


「うわっ!」


本成が慌てて手を伸ばすが、間に合わない。


新太はそのまま畳へ大の字になる。


「疲れたぁ……。」


「……今頃?」


本成が呆れたように苦笑する。


どうやら、神力を使い果たした疲労が一気に押し寄せてきたらしい。


本来なら、神力は少しずつ放出するものだ。


身体への負担を抑えながら、時間を掛けて守護玉へ送り込む。


「……もしかして、お前はいつも結界へ神力を送る時も同じことをしているのか?」


手のひらの青龍玉へ少しずつ神力を流し込みながら、呆れたように尋ねる。


「まぁ、人それぞれだからね。」


本成は肩をすくめた。


「倒れても体力が回復すれば、また神力を溜めればいいだけでしょ?」


「そうだな。」


篤久はさらりと頷く。


「どうせ欲が湧き出すのは、丑の刻を過ぎてからだ。」


あまりにも当然のように言い放たれたその一言に、新太はぎょっと目を見開いた。


「いや……倒れる前提なのかよ。」


「違うのか?」


「……。」


新太は何も言い返せなかった。


そして。


結局、新太の神力が回復したのは半刻以上経ってからだった。


「疲れたぁ~~~~!」


神力を使い果たす度に、畳へ大の字になる新太を見て、本成が苦笑する。


神力の加減がどうしても掴めない新太は、その日だけで何度も神力を使い果たし、倒れては回復を繰り返すことになった。


そのたびに、奥の間には呆れ半分のため息と笑い声が響くのだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


10/31まで毎日20時に更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。