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皇子たちの饗宴 番外編  作者: 碧檎
「暁に惑う月」以降の番外編
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【後日談】意地悪の理由

「暁に惑う月」本編終了後の話。二人の父親の会話です。

 エマの優勝に湧き上がった城もいつしか落ち着きを取り戻していた。城を取り巻いていた喧騒は、いつしか城下町まで移動してしまったらしい。

 表彰を終えて、儀式という名の祭りはひとまず終わりを迎えた。あらたなる戦いを前に、アウストラリスの夜は何事もなかったかのように静かに更けていく。

 ルティリクスが執務室の机の上を片付けていると、同じく仕事を終えた様子のヨルゴスがおもむろに酒瓶を取り出した。


「シェリアのご両親が贈ってくれたんだよ。あちらの酒もなかなかいける」


 年代物の酒は、どうやらジョイア産のようで、米を原料としている。麦からつくられたものとはまた風味が違って味わい深い。飲み過ぎると悪酔いするが。

 酒を出すというということは、何か話があるのだろうが――執務室でというのが気になった。つまり、妻たちには聴かれたくない話というわけだ。

 ルティリクスは眉を上げると、侍従に退出を促す。

 これは、難しい話だろうか。ルティリクスは密かに構えた。


(婿にやるのは嫌だと言い出したなら、その時はどうするか……)


 エマにアリスを賞品として掴ませたからには、面倒な部分をすべて自分が請け負うつもりではあった。

 王族の結婚というのは、確実に国内の権力の均衡を崩す。確執が生まれると面倒だし、十分な根回しが必要なのだ。両家が結束しなければ、他の貴族を黙らせられないが……特に、母のシェリア。そして祖母のレサト辺りの機嫌を取るのは、結構な難題である。

 その上ヨルゴスが敵に回ったとなると、エマたちの結婚は限りなく不可能に近くなってしまう。


「おまえは、……あれでよかったのか?」


 不安になりながら、ルティリクスは先に切り出した。

 だが、グラスに透明な酒を注ぎながら、ヨルゴスは「アリスは頑固者だからね。言い出したら誰が説得しようときかないよ」とあっさり肩をすくめた。


「それに、あの子は僕を見て育っているから根っから宰相向きなんだよ。王を立てるふりをして、裏ですべてを牛耳れるなんて一番美味しい立ち位置だろう。――あ、心配してた?」


 拍子抜けしたルティリクスに、ヨルゴスは「僕の話はそれじゃなくって」と意味ありげに笑ってみせた。


「おまえさ、わざとやったんだろう?」

「なんのことだ?」


 問い返しながらも、すぐに何のことか理解できた。ホッとした反面、気まずさが湧き上がる。酒を煽りながら、ルティリクスはごまかそうと試みる。だが、長年の付き合いである相棒をごまかすことなどできるわけがなかった。


「エマにアリスが欲しいと言わせたことだよ。アリスのためにやってくれたんだろう。――ありがとう」


 めったに聞くことのない感謝の言葉に、急に酔いが回った気がした。


「おれは、あいつをいびっただけだが」

「本当におまえは善人面が出来ないよねえ。悪人面がそんなに心地よい?」

「……」


 図星を指されて黙りこむルティリクスの前で、ヨルゴスは自分のグラスにも酒を注いでいく。どこから取り出したのか、注がれた液体は濃赤色をしていた。おそらく妻のシェリア好みに熟成させたぶどう酒だ。味見をしているうちに自分もそれを嗜むようになったらしい。その話を聞いて、親子揃ってまめなものだと呆れた反面、少しは見習うべきかと自省したことを思い出す。ルティリクスの場合、良かれと思ってやったことが裏目に出ることが多すぎるのだ。一言聞いてくれたらいいのに、と苦笑いをする妻の顔を何度見たことか。喜ばせたくてやっていることが、妻にはどうも不評のようなのだ。

 ぶどう酒の赤に妻の姿を重ねていたルティリクスは、ヨルゴスの笑い声に我に返る。


「あれがなかったら、アリスは一生、エマの下僕だったかもなあ。あの子は、自分だけが彼女を愛しているとでも思っていたみたいだし。愛を受け取ってもらっただけで満足しただろうからね。兄と思われていても、単なる家族であったとしても、エマの傍に居られればそれでよしと、欲しいものをごまかしつづけただろう。エマは誰かさんと同じで、照れ屋だし、分かり易い愛情表現はしなさそうだからね……僕には歪で、哀れな未来が見えてて、ちょっと心配だったんだ」

「……」


 すらすらと自分の企みを口にする相棒に、ルティリクスは心の中でため息を吐く。的確に答えを出すことに感心さえした。

 だが、


「あの献身的なところは、本当に誰か・・によく似ているよねえ。ま、多少はアリスのほうが器用だけど」


 と言われれば、素直に認めたくはなくなるというものだ。


 昔の自分・・・・を知っている奴は嫌いだ、とルティリクスはグラスを傾けるが、それはいつの間にか空だった。間が持たなくて、舌打ちする。


「それはおまえのことだろう」

「そうかもね」


 物言いたげににやにやと笑いかけられる。ルティリクスはヨルゴスの手から酒を奪うと、瓶から直で火酒を煽った。赤く染まりかけた耳を酔いのせいにしたかったのだった。


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