protocol7 : 依頼完了
街に戻ったのは、夜半を過ぎた頃だった。
街路の石畳は雨に濡れており、街灯の光が水面に滲んでいた。
憲兵隊の詰め所は城壁沿いにある。
四人は錬金術師を連れて石畳を歩いた。
錬金術師は一言も喋らなかった。
ただ、縛られた手首を胸の前で抱えるようにして、俯いたまま歩いた。
詰め所の前で、当直の憲兵が二人出てきた。
ディックが事情を手短に説明した。
ヴァイオレットミラー湿地帯・水生生物養殖施設での事件、
証拠物件として高濃度マナエキスの容器、施設の状況。
憲兵の顔が険しくなった。
そして、錬金術師は連行された。
ギルドの受付窓口は、夜間でも開いている。
依頼の完了報告を済ませると、担当の職員が報酬のマナを計上した。
外に出ると、メリーが小さく息を吐いた。
「これで、しばらくは大丈夫だね」
レインは空を見た。雨が上がっていた。
「ああ。良かったな」
リディアが腕を組みながら言う。
「それにしても、事件の黒幕は一体何者なんだ。
養殖施設に魔道具を仕掛けて、人間を水槽に沈めて。
目的が分からない」
「あんなことをするなんて」
メリーが静かに言った。
水槽の中の光景が、まだ目の奥にあるのだろう。
声に、怒りとも悲しみとも違う、固いものが混じっていた。
ディックが後頭部を掻いた。
「レインの兄貴、俺、ちょっと憲兵隊に探りいれてみるっすよ」
「あんまり無茶するなよ」
「大丈夫っすよ、これくらい」
軽い口調だった。だが、目は笑っていなかった。
レインは、何も言わなかった。
四人は、それぞれ宿へ戻った。
三日後。
ディックがギルドの裏の細い路地で、レインたちを呼び集めた。
昼間の路地は人通りが少ない。
荷物を持った行商人が時折通り過ぎるだけだ。
ディックは路地の壁に背を預け、声を落として話し始めた。
「錬金術師から話を聞けました。
彼は仲間の二人と一緒に、
この街の酒場で黒いコートを着た謎の男に声をかけられたそうです。
仕事の内容は、指定された薬品の調合と、施設内の装置への注入。
報酬はマナローンの返済に十分な額。
詳しい実験の目的は教えてもらえなかったと」
「酒場での話が、そのまま証言として残っているのか」
リディアが言う。
「残ってなかったっすよ。
憲兵隊が酒場で聞き込みをかけて、ようやく男の素性が出てきた」
ディックは手帳を取り出した。
「ロバート・コルク。
ヴァイオレットミラー湿地帯の水性生物養殖場、その所長だった男です」
誰も口を挟まなかった。
「憲兵隊が自宅を突き止めて踏み込んだところ、
家全体に油を撒いて焼身自殺を図ろうとしていた。
それを阻止した。ただ、その直後に」
ディックが一度、言葉を切った。
「マナ欠乏症に陥り、魔物化した。やむなく殺処分されました」
沈黙が路地に落ちた。
レインが口を開いた。
「そいつの動機は。
高濃度のマナエキスを用意できるだけの立場の人間が、なぜ自殺を図った」
「それなんすけどね」
ディックが手帳を一枚めくった。
「憲兵隊の捜査記録からは、どうも抹消されていたみたいです。
ただ俺のルートから拾った話では、ロバート・コルクの体に、
思考強制魔法の跡があったらしいっすよ」
リディアの目が変わった。
「それって」
「囚人に対してのみ使用が許可されてる、一般には禁止の魔法じゃないか」
「そうっす」
「つまり、あの男も被害者だったと」
メリーが言った。
「自分の意思で動いていたわけじゃなかった。
だから記憶を消す必要も、自殺を図る理由もあった」
「記録が抹消されていたのも」
レインが言う。
「誰かが消した」
路地に風が通った。
メリーがディックへ向き直る。
「その方のマナレベルはいくつか分かりますか」
「レベル1っす」
ディックが答えた。
「平民~下位貴族が該当しますね。」
一瞬の沈黙。
レインが言った。
「マナレベル2以上の存在が、関わっているのか」
思考強制魔法は、対象より高いマナレベルを持つ者でなければ行使できない。
レベル1の人間にそれをかけられるのは、最低でもレベル2。
つまり中位以上の貴族だ。
さらに憲兵隊の捜査記録を抹消できる影響力を持つとなれば、相応の地位がある。
ディックが手帳を閉じた。
「一般冒険者が踏み込んでいい領域じゃなくなってきましたね」
「最初からそうだった。こんな異常な事件。」
リディアが言う。
レインは路地の先を見た。石畳が続いている。
その向こうに、街の喧騒がある。普通の昼だ。
買い物をする人、荷を運ぶ人、子供が走り回っている。
その同じ街の裏で、何かが動いている。
高濃度マナエキスで人を魔物化させ、養殖施設を実験場に変え、
関与した人間と証拠を抹消する。目的は何か。誰の利益になるのか。
彼らは路地から出た。
昼の光の中に戻る。普通の顔で、普通の歩き方で。何も知らない冒険者のように。




