protocol39 : 王宮前の死闘
王宮前の広場は、既に凄惨な戦場となっていた。
うごめく肉塊の群れが、幾本もの触手を振り回し、地面を這うように迫ってくる。
「来るぞ、避けろ!」
老人が叫びながら、伸びてきた触手を、斧で払い落とす。
――ズブリ。
切断面から、赤黒い体液が、勢いよく飛び散った。
「フレイム・ランス!」
ユリウスパーティの魔導師が、炎の槍を放つ。
肉塊の一つを直撃し、その表面が焼け焦げた。
だが――。
「熱っ......!」
炎で熱された体液が、周囲に激しく撒き散らされた。
その一滴が、騎士の兜に付着し、じゅうと音を立てる。
「雷撃も、駄目だ!」
リオが、飛び散る体液を避けながら叫んだ。
電撃で焼かれた個体も、同様に、熱された体液を撃ち散らしていた。
「冷やせば、いいの......?」
ルナが、氷の魔法を試す。
狙った肉塊は、確かに、体液を散らさずに凍りついた。
「これなら......!」
だが、目の前に迫る肉塊の数は、あまりに多かった。
「間に合わない......!」
ルナの声に、焦りが滲む。
誰もが、体液を避けながら、必死に戦い続けていた。
その時だった。
「ぐああッ......!」
老人の腕に、飛び散った体液の一滴が、僅かに付着した。
「......な、何だ、これは」
老人が、自分の腕を見て、顔を歪めた。
付着した箇所の皮膚が、みるみるうちに赤黒く盛り上がり、ケロイド状に変質していく。
「痛い......痛いぃッ......!」
「じいさん!」
リオが、駆け寄ろうとした。
だが、その隙を、別の触手が狙っていた。
「――っ、危ない!」
バルドが叫んだ、その直後。
鋭い触手が、騎士の鎧を、真正面から貫いた。
「がっ......!」
騎士の体が、大きく痙攣する。
触手の先端から、何かが、鎧の内側へと注入されていく。
「く、う......ああああッ......!」
騎士の悲鳴が、広場に響き渡った。
鎧の内側で、その体が、みるみると膨れ上がっていく。
「離れて......!」
ミアが、震える声で叫んだ。
だが、遅かった。
「――弾ける!」
次の瞬間、耐えかねた鎧が、けたたましい音を立てて、四方に弾け飛んだ。
「うわっ......!」
その破片の一部が、リオの背後にいた魔導具たちを直撃する。
「うわっ......!」
数人が、その場に崩れ落ちた。
鎧を失った騎士の体は、もう、人の形を保っていなかった。
全身が腫れ上がった肉塊となり、その表面から、無数の触手が伸びていた。
「ア、ア、アアアアッ......!」
騎士だった何かが、その触手を振り回しながら、周囲の人々へと襲いかかっていく。
「くそ、騎士まで......!」
ユリウスが、大剣を構えながら、後退した。
リオは、なおも震えている老人の傍らへ、必死に駆け寄った。
「じいさん、大丈夫か......!」
声をかけながら、その顔を見た瞬間、リオの体が、凍りついた。
老人の肌は、既に灰色へと変色していた。
浮き出た血管が、赤黒く脈動している。
白目を剥いた目が、焦点の合わないまま、こちらを見つめていた。
「......う、う、う」
口の端から、涎が、絶え間なく垂れ落ちる。
返ってきたのは、言葉ではなく、獣のような呻き声だけだった。
「く......!」
振り返ると、周囲にいた魔導具たちも、次々と、同じ変化に見舞われていた。
誰もが、肌を灰色に変え、白目を剥き、うめき声を上げている。
「――ッ!」
リオは、咄嗟に飛び退いた。
その時、リオを狙った触手が、地面を叩いた。
その衝撃で、リオが背負っていた鞄から、小瓶が転がり落ちる。
マナポーションだった。
「あっ......!」
拾う間もなく、迫ってきた肉塊の一体が、その瓶を踏みつけた。
――バリンッ!
ガラスが割れ、瓶の中身が、周囲に飛び散る。
青く発光する液体が、肉塊の表面へと、そのまま吸収されていった。
その瞬間――。
肉塊の、ぶよぶよとした表面が、みるみるうちに、色を変えていく。
まるで、石のように、硬質化していった。
同時に、その動きが、明らかに鈍くなる。
「......これは」
リオは、目を見開いた。
試しに、目の前で動きを止めたその肉塊へ、短剣を振り下ろす。
――ザクリ。
乾いた音とともに、刃が、体液を撒き散らすことなく、綺麗に切り込んだ。
「......体液が、出ない」
リオは、すぐに叫んだ。
「マナポーションを使え! 浴びせれば、動きが止まる!」
「本当か......!」
ユリウスが、慌てて自分の荷物からマナポーションを取り出し、近くの肉塊へと投げつけた。
瓶が割れ、青い光が、肉塊を包み込む。
その動きが、みるみると鈍っていった。
「効いてる......!」
「もっと投げろ!」
残っていた者たちは、次々とマナポーションを投げつけていった。
石化した肉塊たちは、もう、まともに抵抗することができなかった。
剣と斧が、動きを止めた獣体を、次々と斬り倒していく。
やがて、広場に蠢いていた肉塊は、その全てが、動かなくなった。
「......終わった、のか」
ユリウスが、荒い息をつきながら、剣を地面に突き立てた。
誰もが、その場に立ち尽くしていた。
残っていたのは――。
リオ、ミア、バルド、ルナ。
そして、ユリウスパーティの数人だけだった。
老人も、騎士も、他の魔導具たちも、もう動かない。
「......ッ」
リオは、拳を強く握りしめた。
その時――。
――パチ、パチ、パチ。
場にそぐわない、拍手の音が響いた。
「まだ、生き残りが居たなんて、驚いたわ」
声とともに、一人の女性が、悠然と歩いてくる。
黒いヒジャブのような布を被り、褐色の肌に、金色のイヤリング。
黒髪のセミロングに、眼鏡をかけた、二十代の女性だった。
肩からは、褐色の鞄を斜めにかけている。
「流石、冒険者ね」
その口調には、緊張感の欠片もなかった。
「......あんた、何者だ」
リオが、短剣を構えながら、鋭く問う。
「アリア・クオン。しがない商人よ」
女性は、悠然と微笑んだ。
「ちょっと、変わった品物を扱うけれど」
その言葉に、皆が、一斉に身構えた。
「そんなに警戒しないで」
アリアは、笑みを崩さずに、両手を軽く広げた。
「私は、あなたたちを助けたいだけ」
そして、視線を、ユリウスのパーティの生き残りたちへと向けた。
「そちらの方々は、かなりマナ欠乏症が進んでいるわね。直に、そこら中に転がっている肉塊と同じになるわよ」
その言葉に、彼らは驚愕の表情を浮かべた。
「――そんな訳あるか!」
一人が、声を荒らげる。
「俺達は、定期的にマナポーションを摂取してるし、魔道具でマナ濃度も測ってるんだ!」
「残念」
アリアは、その反論を、あっさりと切り捨てた。
「あなたたちが使ったのは、偽造マナポーション。それに、普通の魔道具じゃ、イビルマナから作られる偽造マナを、正確には測れないわよ」
「......何で、そんなことが分かる」
リオが、低く問い詰めた。
「簡単なことよ」
アリアは、微笑みを崩さないまま、自分の眼鏡を指差した。
「これで、偽造マナから発せられる特殊な信号を、読み取れるの」
そして、続けた。
「ただ、面倒なのは、その特殊な信号を、定期的に変えなくちゃいけないことよ。この世界の人々に、対策を取られては困るもの」
その一言で、リオの中で、何かが繋がった。
「――お前が、偽造マナポーションをばらまいたのか......!」
怒りを露わに、リオが剣先を突き出す。
その時だった。
「――っ......!」
「おい、どうした......!」
ユリウス仲間達が、次々と、その場に崩れ落ちていった。
「そんな......!」
ミアが、慌てて倒れた一人を抱き起こす。
「しっかりして......!」
その体は、既に高熱を発していた。
肌の所々が、黒く変色し始め、皮膚の下に、血管が浮き上がっていく。
「......っ、これも」
ミアが、震える声で、アリアを見上げた。
「あなたが」
「わたしなら、救えるわ」
アリアは、そう言いながら、静かに微笑んだ。
「ただし――」
その言葉の続きを、彼女は、ゆっくりと口にし始めた。




