protocol38 : 垓亜王朝王宮
王宮へと続く大通りは、既に、先ほどまでの静けさを失っていた。
路地の陰から、うめき声を上げるグールが次々と現れる。
「右!」
フィンの声とともに、爪が一体の首を刎ね飛ばす。
その隙間を縫うように、頭上から、金属質な咆哮が響いた。
「――上だ!」
ドレイクが叫んだ瞬間、小型のドラゴンが、口から酸を吐き出した。
「散れ!」
一同は、咄嗟に飛び退いた。
石畳が、酸に触れて、じゅわりと音を立てて溶けていく。
「面倒な奴だ......!」
アンナが、盾を構えながら、忌々しげに舌打ちした。
「フィン、上を抑えろ! こっちは俺が引き受ける!」
ガイアスの号令で、フィンが跳躍し、ドラゴンの喉元に爪を叩き込む。
ドラゴンは、短い悲鳴を上げて墜落し、そのままガイアスの剣に貫かれた。
道中、幾度となく現れる魔物たちを、勇者パーティは着実に排除していった。
魔導具たちも、その後方を固めながら、確実に足元を守っていた。
やがて、一行は、王宮の正門へと辿り着いた。
――そこに広がっていたのは、異様な光景だった。
着物姿の衛兵たちが、幾十人と、その場に倒れていた。
誰もが、既に息をしていなかった。
「......何が、あったんだ」
ユリウスが、低く呟いた。
答える者は、誰もいなかった。
一行は、警戒を強めながら、倒れた衛兵たちの間を進んでいく。
その時だった。
「......っ」
ルナが、小さく息を呑んだ。
倒れていた衛兵たちの体が、ゆっくりと、揺れ始めていた。
まるで、糸に吊られた人形のように。
「まさか......」
次の瞬間、衛兵たちが、一斉に体を起こした。
白目を剥き、口から涎と黒ずんだ血を滴らせている。
グールだった。
「囲まれるぞ、下がれ!」
ガイアスが、剣を構え直す。
だが――。
異変は、それだけでは終わらなかった。
グール化した衛兵たちの体が、みるみるうちに腫れ上がっていく。
着物の布地が、内側からの圧力に耐えかねるように、次々と破れていった。
「......な、何だ、これは」
フィンが、思わず後ずさった。
腫れ上がった体は、やがて、頭部と胴体、腕と足の区別すら失い、丸い肉塊へと変わっていった。
その肉塊の表面から、幾本もの触手が、ぬるりと伸びる。
「ア、ア、アアアア......」
声にならない呻きが、辺り一面に響いた。
肉塊たちは、その触手を蠢かせながら、地面を這うように、一行へと近づいてきた。
「気色悪い......!」
ローズが、僅かに顔をしかめた。
ガイアスは、その光景を、冷静に見据えていた。
「......リオ、お前ら」
振り返りもせず、ガイアスが告げる。
「あれを、足止めしておけ」
その声には、何の躊躇いもなかった。
「......え」
リオが、思わず目を見開いた。
「聞こえなかったか」
ガイアスの声が、僅かに低くなる。
「足止めしろと言っている」
リオは、拳を強く握りしめた。
言葉にしたい怒りが、喉元まで上がってくる。
だが――。
「......分かりました」
結局、それだけしか言えなかった。
ルナも、バルドも、ミアも、他の魔導具たちも、無言のまま、武器を構え直した。
誰も、その理不尽さに、既に驚くことすらしなくなっていた。
だが――。
「待て」
声を上げたのは、老人だった。
冒険者時代の斧を、しっかりと構え直している。
「わしも、そいつらを抑える」
「......え?」
リオが、驚いて老人を見た。
「俺も」
全身鎧の騎士が、剣を構えながら、短く続いた。
「俺たちも、手伝うぜ」
ユリウスパーティの仲間たちも、次々と前へ出た。
「あんな道具みたいな扱い、見過ごせるかよ」
槍を構えた女性が、そう言って、リオたちの傍らに並んだ。
ガイアスは、その光景を、一瞥した。
その表情に、感情らしきものは、浮かんでいなかった。
「......勝手にしろ」
それだけ言い残し、ガイアスは、正門の奥へと歩を進めた。
勇者パーティも、その後に続いていく。
だが、リタとユリウスは、まだその場に立ち尽くしていた。
ユリウスパーティの重装備の男が、二人へと向き直った。
「お前らも、先に行け」
「......でも」
リタが、躱躅うように振り返る。
「いいから、行くんだよ」
槍使いの女性が、笑いながら、肉塊の一体を突き刺した。
「こんなところで、立ち止まってる暇はないだろ」
「......死なないでよ、絶対」
リタが、震える声で言った。
「無茶はするなよ」
ユリウスも、それだけ言うのが、精一杯だった。
「へへ、心配すんな」
仲間の一人が、笑いながら、肉塊の触手を斬り払う。
「お前らこそ、無事に戻ってこいよ」
二人は、意を決したように、勇者パーティの後を追って走り出した。
背後で、剣戟と、肉塊の蠢く音、そして怒号が響いていた。
その音を振り切るように、二人は、王宮の奥へと足を進めていった。




