protocol37 : 生存者
金属製の扉が、大きく開かれた。
二つのパーティは、崩れかけたギルドの中へと足を踏み入れる。
その光景に、誰もが一瞬、言葉を失った。
一階のホールは、見渡す限り、血の海だった。
崩れた受付カウンター。
倒れた椅子とテーブル。
そして――そこかしこに転がる、既に事切れた者たちの姿。
「......酷いな」
フィンが、低く呟いた。
その声には、隠しきれない動揺があった。
「生き残りは」
ガイアスが、静かに問う。
リタは、震える声で答えた。
「......私と、あちらの二人だけです」
視線の先には、二人の人影があった。
一人は、痩せた老人。
冒険者時代に使っていたという斧を、まだ手放していなかった。
もう一人は、全身鎧に兜を被った騎士。
その甲冑には、幾筋もの血が乾いて張り付いている。
「......他の連中は」
ユリウスが、拳を握りしめながら、床に転がる骸を見やった。
誰も、その先を言葉にはしなかった。
リタは、しばらく、唇を噛んでいた。
だが、やがて、意を決したように顔を上げた。
「......皆さんに、話さなければいけないことがあります」
その声は、震えていたが、確かな覚悟を伴っていた。
「話す、というのは」
ガイアスが、リタへと視線を向ける。
「ギルド長の執務室で、見つけたものです」
リタは、懐から、あの資料を取り出した。
「緊急通達――住人魔物化事件の被害報告。偽造マナポーションに関する注意喚起。そして......」
声が、一瞬、詰まった。
「セクター5広域実験場『垓亜』における、低エネルギー・ナノエーテロイドの拡散および変異制御に関する実験計画。そう書かれた、機密文書です」
「......実験計画?」
リリィが、眉をひそめた。
「意味が分からない単語ばかりでした。ですが――そこに記されていた宛先が」
リタは、震える指で、資料の一文を指し示した。
「デービット・レイナード。うちのギルド長の名前でした」
沈黙が、血の海に沈んだホールに落ちた。
「......つまり」
ゴードンが、太い声で低く言った。
「お前らのギルド長は、何かとんでもない秘密を抱えてる、ということか」
「はい」
リタは、はっきりと頷いた。
「ギルドに来る冒険者が減っていること。街中で急に人がおかしくなったこと。それらすべてに、ギルド長が関わっている可能性があります」
「今、そのギルド長はどこにいる」
ユリウスが、鋭く問いかけた。
リタは、記憶を辿るように、視線を落とした。
「......陛下のところに行く、と言っていました」
「陛下、というのは」
「この国の王です」
その言葉に、ガイアスが、静かに口を開いた。
「俺たちも、元々、この国の王宮へ向かうつもりだった」
「......そうなのか?」
フィンが、意外そうにガイアスを見た。
「魔神の手先を探すという、俺たちの使命に関わることだ。この国の王に、話を聞く必要がある」
ガイアスは、そう言うと、リタたちへと視線を向けた。
「お前たちは、これからどうする」
リタは、老人と騎士を見た。
二人とも、無言のまま、小さく頷いた。
「......ここに留まっていても、危険なだけです」
リタが、静かに言った。
「ギルド長が何を隠しているのか、知りたい。私たちも、王宮へ向かいます」
「私も、行かせてもらう」
老人が、斧を担ぎ直しながら言った。
「この街で、これだけの仲間を失ったんだ。真相を知らずに、逃げ出すわけにはいかん」
騎士も、兜の奥から、短く頷いた。
ユリウスが、腕を組み、ガイアスを見た。
「......というわけだ。俺たちも、一緒に行かせてもらうぜ」
「勝手に決めるな」
ガイアスが、僅かに眉を寄せた。
「安全とは言えない道になる」
「ここに残る方が、よっぽど危険だろ」
ユリウスが、肩をすくめた。
「それに、リタたちだけで王宮に行かせるわけにもいかねぇ。俺たちが護衛する」
ガイアスは、しばらく、無言でユリウスを見つめていた。
その視線には、僅かな苛立ちが滲んでいた。
だが――。
「......好きにしろ」
やがて、そう吐き出すように言った。
「ただし、俺たちの足を引くようなことがあれば、置いていく」
「へいへい、了解だ」
ユリウスが、軽く手を振って答える。
その様子に、ガイアスは、それ以上何も言わなかった。
一行は、血の海となったホールを後にし、破壊された扉から、再び夜の街へと出た。
外の空気は、先ほどよりも、幾分か落ち着いていた。
だが、それも一時的なものに過ぎないと、誰もが理解していた。
「......見えるぞ」
ドレイクが、街の向こうを指差した。
一同は、その方向へと目を向けた。
街の中心部に、巨大な建造物が聳え立っていた。
幾層にも重なる屋根。
朱と金で彩られた柱。
古代の中国王朝を思わせる、荘厳な様式の宮殿だった。
その全体が、無数のエーテル灯によって、青白く、そして淡く輝いていた。
夜闇に浮かび上がるその光は、まるで、この街の混乱を知らぬかのように、静かで美しかった。
「......あれが、王宮か」
ガイアスが、その光を見つめながら、剣の柄に手をかけた。
「行くぞ」
その一声で、一行は、王宮を目指し、静寂と混乱の入り混じる夜の街を、歩き出した。




