↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法侵蝕譚ーマナ・サピエンス  作者: ArgasNorn
勇者の軌跡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/43

protocol33 : あるギルドの日常

 東の大国、垓亜。


 その街並みは、どこか奇妙な調和を保っていた。


 瓦屋根の商家の隣に、石造りの洋館が並び、その先には異国の意匠を凝らした楼閣が聳える。


 行き交う人々の姿も、また様々だった。


 人間、獣人、エルフ――種族も、纏う衣装も、まるで統一感がない。


 それでいて、誰もが当たり前のように、同じ道を歩いていた。


 快晴の午前。街は、活気に満ちていた。


 その雑踏の中を、一人の女性が歩いていた。


 褐色の肌に、黒髪のセミロングヘア。


 頭には、イスラム圏の女性が被るヒジャブに似た布を纏い、耳元では、金色のイヤリングが揺れている。


 彼女は、迷いのない足取りで、街の中でも一際大きな、西洋風の建物へと入っていった。


「ギルド "垓亜のよるべ" へようこそ!」


 受付嬢の明るい声が、建物内に響いていた。


 様々な装いの冒険者たちが、依頼書の並ぶ掲示板の前で言葉を交わし、あるいは受付でやり取りをしている。


 活気に満ちた、いつもの光景だった。


 彼女は、その喧騒を横目に、まっすぐ受付へと向かった。


「ギルドマスターに、面会できないかしら」


 落ち着いた声で、そう告げる。


 対応した受付嬢は、少し困ったような表情を浮かべた。


「申し訳ございません、ギルドマスターへの面会には、事前のお約束が必要でして――」


「その人は、特別だ。通してやれ。」


 低く、よく通る声が割って入った。


 振り返ると、そこには、大柄な男が立っていた。


 白いシャツが、盛り上がった筋肉ではち切れそうになっている。


 スキンヘッドに、常に何かを睨みつけているかのような、険しい表情。


 ギルドマスターだった。


「......ギルドマスター?」


 受付嬢が、戸惑いながら見上げる。


 ギルドマスターは、それ以上何も言わなかった。


「アリア殿。こちらへ」


「ありがとう」


 アリアは、微かに口の端を上げ、ギルドマスターの後に続いた。


 二人は、階段を上り、二階にあるギルドマスターの執務室へと消えていった。


 残された受付嬢たちは、思わず顔を見合わせた。


「......誰、今の人」


「さあ......ギルド長って、女っけないイメージだったけど」


「別れた奥さんとか?」


「まさか、愛人とか......?」


 ひそひそと、勝手な憶測が飛び交う。


 だが、誰も、その正体を知る由はなかった。


 それから、およそ三十分。


 ようやく、二人が二階から降りてきた。


 アリアは、どこか怪しげな笑みを口元に湛えている。


 一方のギルドマスターは、相変わらず険しい表情を崩さないままだった。


「またご贔屓に」


 アリアは、それだけ言い残すと、そのままギルドの外へと出ていった。


 受付嬢たちは、慌てて噂話を切り上げ、姿勢を正した。


 だが、ギルドマスターは、特にそれを気にする様子もなく、受付へと歩み寄ってきた。


「魔法薬を仕入れた」


 低い声で、そう告げる。


「今日入荷した物を、優先して販売してくれ」


 金髪のショートヘアをした、二十代の受付嬢――リタが、首を傾げた。


「まだ、結構在庫がありますが、そちらは......」


「リタ」


 ギルドマスターは、静かに、だが有無を言わせぬ調子で言った。


「在庫品は、既に別口の注文で予約されている」


「......分かりました」


 リタは、僅かに納得のいかない表情を浮かべながらも、頷いた。


 ギルドマスターは、それ以上何も語らず、再び二階へと戻っていった。


―――――――――――――――――――――


 午後になると、依頼を達成した冒険者たちが、次々とギルドに戻ってきた。


 その中の一組が、リタの受付へとやってくる。


「ヒーリングポーション、アンチポイズン、それぞれ五本、売ってくれ」


 ぼさぼさの茶髪をした、二十代の男が言った。


 パーティのリーダー格らしい、快活な雰囲気を纏っている。


「合計、二万五千マナになります」


 リタが、手早く計算しながら答えた。


「前より高くなってるじゃねぇか」


 男が、露骨に顔をしかめる。


「物価高だから、しょうがないじゃない」


 リタは、涼しい顔で切り返した。


「俺みたいな良い男が頼んでるんだぜ。少しはまけてくれよ」


「残念だけど、ユリウス。あんたはタイプじゃないから」


「......手厳しいな、おい」


 ユリウスと呼ばれた男は、やれやれと肩をすくめながら、備え付けられた専用の魔道具に腕をかざした。


 淡い光とともに、腕からエーテル光が漏れ、魔道具へと吸い込まれていく。


 その光の量に応じて、彼の顔から僅かに血の気が引いた。


「毎度ありがとうございます」


 リタが、にこやかに笑う。


「へいへい」


 ユリウスは、苦笑しながら、仲間を連れてギルドを後にしていった。


 その背中を見送りながら、隣の受付嬢が、にやにやとリタに顔を寄せた。


「ねえ、あんたたち、付き合ってないの?」


「ただの幼馴染よ」


 リタは、即座に否定した。


「あたし、もらっちゃおうかな」


 別の受付嬢が、からかうように言う。


「......へ、へえ。いいんじゃないの、べつに」


 リタの声が、僅かに上擦った。


「冗談よ」


 その言葉に、リタは、あからさまにほっとした表情を浮かべた。


 それを見た受付嬢たちは、顔を見合わせて笑い合った。


―――――――――――――――――――――


 数日後の、ギルドの朝。


 いつものように、受付嬢たちは、噂話をしながら業務をこなしていた。


 だが、その日は、いつもと少し違う空気があった。


「......最近、ギルドに来る冒険者、減ってない?」


 一人が、ぽつりと呟く。


「何か、体調不良になる人が多いみたい」


 別の受付嬢が、声を潜めて答えた。


「西方諸国でも、似たようなことがあったみたいよ」


 もう一人が、そう付け加える。


「やだ、流行り病とかじゃないでしょうね」


 リタが、眉をひそめた。


「詳しくは分からないけど......症状が出た人たちは、その後――」


 その受付嬢が言葉を続けようとした、その時だった。


「よお、リタ、また来てやったぜ」


 軽い調子の声とともに、ユリウスが現れた。


「今日は、何の用よ」


 リタが、いつもの調子で応じる。


「郊外に出たゴブリンの討伐依頼、受けるんだよ」


「いつもいつも、簡単そうな依頼ばかりじゃない。まあ、いいけど」


「ゴブリンだって、危険なんだぞ」


 ユリウスが、むすっとした顔をした。


 だが、リタの視線は、ユリウスの背後にいる仲間たちへと向いていた。


 数人の顔が、心なしか赤く、熱っぽい。


「......あんたたち、風邪ひいてるの? 大丈夫?」


「ああ」


 ユリウスが、軽く手を振った。


「ちょっと具合が悪い奴がいるが、平気だ。稼がねぇといけねぇしな」


 そう言って、ユリウスは受付を後にした。


 ギルドを出る間際、小さく咳き込んでいたのを、リタは見逃さなかった。


(......大丈夫、かしら)


 小さな不安が、胸の奥に、静かに沈んでいった。


―――――――――――――――――――――


 夕方。


 きれいな夕焼けが、ギルドの窓から差し込んでいた。


 オレンジ色の光に照らされた館内は、いつもより静かだった。


 冒険者の数も、相変わらず少ない。


「......暇ね」


 リタが、小さく息を吐いた。


「忙しいより、いいじゃない。去年の今頃なんて、地獄だったじゃない」


 別の受付嬢が、笑いながら答える。


「まあね」


 リタも、小さく苦笑した。


 その時、慌ただしい足音とともに、一人の男が飛び込んできた。


 眼鏡をかけた、白髪交じりの黒髪短髪。


 ひょろりとした、どこか頼りない印象の男――副ギルド長だった。


「ギルド長は!」


「......部屋に、いらっしゃいますが」


 リタが答えると、副ギルド長は、そのまま急ぎ足で二階へと駆け上がっていった。


「......何かしら」


 リタが、その背中を見送りながら呟く。


「大したことないわよ」


 隣の受付嬢が、肩をすくめた。


「あの人、いつも慌ててるじゃない」


「そうそう。スライムが出たくらいで驚くような人だもの」


 軽い笑い声が、館内に響いた。


 だが、その笑いは、長くは続かなかった。


 一分ほどして、ギルドマスターと副ギルド長が、揃って階段を降りてきた。


「......だいたい、今回の件、正規の承認は、ちゃんとおりてるんですよね」


 副ギルド長が、早口で捲し立てている。


「でなきゃ、規約違反になりますよ」


「文句を言っても、しょうがないだろう」


 ギルドマスターが、低く応じた。


「緊急マニュアルの通りに対応すれば、あとは本社の部隊が、何とか――」


「よせ。喋りすぎだ」


 ギルドマスターの鋭い一言に、副ギルド長は、びくりと肩を震わせた。


「......ギルド長」


 リタが、控えめに声をかけた。


「そんなに慌てて、何かあったんですか」


 ギルドマスターは、一瞬、リタを見た。


 その険しい表情の奥に、僅かな迷いのようなものが過ったように見えた。


「いや」


 だが、それはすぐに、普段通りの硬い表情に戻った。


「大したことではない。気まぐれな陛下の呼び出しだ」


「陛下、の......」


「くだらん要件だろうが、無視はできないからな」


 ギルドマスターは、外套を羽織りながら、そう続けた。


「申し訳ないが、わたしと副ギルド長は、今日はこれで失礼させてもらう」


 そして、リタたちを一瞥し、最後にこう付け加えた。


「お前たちも、あまり遅くなるなよ」


 二人は、そのまま、足早にギルドを後にした。


 残された受付嬢たちは、しばらく、閉じた扉を見つめていた。


「......何だったのかしら、今の」


 リタが、誰にともなく呟く。


 誰も、その問いに答えられなかった。


 窓の外では、夕焼けが、少しずつその色を深めていた。


 街のどこかで、まだ気づかれていない何かが、静かに、確実に広がり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。