protocol28 : 兆候
ダンジョン「脈動洞窟」。
その入り口は、地脈が剥き出しになったような裂け目だった。
一歩踏み込んだ瞬間、空気の匂いが変わる。
どこか、鉄と、それから――生き物の内側のような匂いだった。
「......うへぇ」
フィンが顔をしかめた。
「何だよ、この匂い」
「血の匂いに近いわね」
ローズが、小さく鼻を鳴らす。
洞窟の壁には、青白く光る結晶の柱が、幾本も突き出していた。
その光は、まるで生きているかのように、ゆっくりと明滅を繰り返している。
「あれが、マナ鉱石か」
ガイアスが、結晶の一本に目を留めた。
「聞いてはいたが......綺麗なもんだな」
「高く売れるらしいっすよ」
トウマが、荷物を担ぎながら答える。
「帰りに、いくつか採っていくか」
「その前に」
リリィが、壁の一部を指差した。
「あれを見て」
結晶の柱の合間、洞窟の壁のところどころに、青白く光る根のようなものが這っていた。
それは、緩やかに脈動していた。
まるで、心臓の鼓動のように。
「......気持ち悪いわね」
アンナが、眉間に皺を寄せる。
「触れるなよ、絶対に」
ドワーフのゴードンが、低く忠告した。
「あれは、恐らくこの洞窟全体の、マナを巡らせる管のようなものだ。下手に刺激すれば、何が起こるか分からん」
一同は頷き、慎重に歩を進めた。
リオとルナ、バルド、ミア、他の魔導具たちも、荷物を抱えたまま後に続く。
しばらく進むと、奥から低い唸り声が響いた。
「来るぞ」
ガイアスが剣を抜いた。
闇の奥から、赤黒い体毛に覆った狼型の魔物が、数体飛び出してくる。
「ブラッドファング......!」
リオが叫んだ。
「三体、いや、四体か」
ガイアスは、冷静に数えながら前に出た。
「フィン、右! ドレイク、左を頼む!」
「おうよ!」
フィンが跳躍し、爪を振るう魔物と交差する。
一撃で、魔物の首が飛んだ。
ドレイクは竜の腕を纏わせ、突進してきた個体を叩き潰す。
残る二体を、ガイアスとアンナが同時に斬り伏せた。
断末魔の叫びが、洞窟内に反響する。
その瞬間だった。
「......ん?」
ガイアスの体の奥で、何かが疼いた。
温かい何かが、血管を巡っていくような感覚。
「今の、感じたか?」
アンナが、剣を鞘に収めながら、自分の胸に手を当てていた。
「感じた」
ドレイクが頷く。
「魔物を倒すと、身体の中のマナが、少し増える気がする」
「マナ濃度が上がってる、ってことか」
フィンが、自分の手のひらを見つめた。
薄っすらと、青白い光が滲んでいる。
まるで、体の奥から溢れ出すように。
「魔物の体内には、凝縮されたマナがある。討伐すれば、その一部が周囲に還元される――そう聞いたことがあるわ」
リリィが、静かに補足した。
「聖王国の書物にも、そう書かれていた」
ガイアスは、自分の手を見つめた。
確かに、先ほどより体が軽い。
剣を握る力が、増しているような気さえした。
「......悪くない感覚だな」
その言葉に、誰も異論を挟まなかった。
一行は、さらに洞窟の奥へと進んでいった。
道中、幾度となく魔物と遭遇した。
そのたびに、勇者たちは次々と敵を屠っていく。
そして、そのたびに――。
体の奥に、あの温かい感覚が広がっていった。
「おい、リオ」
ある戦闘の後、ガイアスがふと声を上げた。
いつもより、僅かに刺々しい響きがあった。
「水」
それだけだった。
リオは、一瞬だけ動きを止めた。
「......はい」
水筒を差し出す。
ガイアスは、それを受け取り、礼も言わずに口をつけた。
自分でも気づいていないようだった。
昨日までなら、当たり前のように口にしていた「ありがとう」の言葉が、今は出てこなかったことに。
少し離れた場所では、ローズがミアに何かを言おうとして、口を噤んでいた。
「......何でもないわ」
結局、そう言って視線を逸らした。
いつものような軽口は、出てこなかった。
ゴードンは、バルドが運んでいる荷物の重さを確認することもなく、先を急ぐように歩き出していた。
これまでなら、「重すぎないか」と一声かけていたはずだった。
だが、今は、それが自然と省かれていた。
誰も、その変化に気づいていなかった。
誰も、悪意を持ってそうしているわけではなかった。
ただ――。
戦いを重ねるたびに、体内に満ちていくマナが。
勇者たちの内側にある、何か根源的なものを、少しずつ揺り起こしていた。
「ルナ、どうした?」
リオが、心配そうに声をかけてくる。
「......ううん、何でもない」
ルナは、首を振った。
うまく、言葉にできなかった。
ただ、先ほどまでと、何かが違う。
勇者たちの背中から漂う空気が、ほんの僅かに、変わったような気がした。
洞窟の奥から、再び咆哮が響いた。
これまでのものより、遥かに低く、重い。
地面が、微かに震えた。
「......今のは」
ガイアスが、剣の柄を強く握り直した。
視線が、洞窟の奥の暗闇に向けられる。
「随分と、デカいのがいるみたいだな」
その声には、興奮に近い響きがあった。
体の奥に満ちた力が、疼いている。
「行くぞ」
ガイアスが、歩き出す。
勇者たちが、その後に続いた。
魔導具たちも、荷物を抱え直し、黙って後を追う。
誰も、声を発さなかった。
ただ、青白く脈動する洞窟の壁が、一行の背を、静かに見送っていた。




