protocol27 : 道端の道具屋
道具屋である俺は背負い袋を担ぎ直しながら、乾いた道を歩いていた。
「......この時期にしちゃ、人が少ないな」
噂の勇者とやらを一目見てやろう。
そんな軽い気持ちで足を延ばしたが、道すがら商売になる相手にもろくに会えていない。
このままじゃ、宿代すら怪しくなる。
俺は道端の丘に登り、荷を下ろした。
少し休憩がてら、通行人でも待つことにする。
――と。
街道の向こうに、土埃が見えた。
馬車が二台。
その周りを、大勢の人間が歩いている。
「......何だ、あの数」
目を凝らす。
十人や二十人はいる。
これだけの人数が固まって動いているのは、只事じゃない。
俺は荷物を担ぎ直し、丘を下りて街道に出た。
「商売、商売......」
小声で唱えながら、近づいていく。
やがて、その一団の姿がはっきり見えてきた。
先頭を歩くのは、金髪短髪の青年だった。
腰の剣は、装飾こそ質素だが、造りは一級品だとひと目で分かる。
隣には薄紫の髪の男。
獣の耳が、ぴくぴくと動いている。
(獣人......それに、あの剣士)
その後ろには、エルフの女、ドワーフの大男、鬼人の女、竜人の男、そして小柄な吸血種の少女。
種族がばらばらの一団。
こんな組み合わせ、そうそう見るものじゃない。
(――こいつら、噂の)
俺は思わず足を止めかけた。
だが、それ以上に目を引いたのは、その後方だった。
七人ほどの男女が、荷馬車を挟むように歩いている。
装備は質素。
統一感もない。
黒髪の青年が荷馬の手綱を引き、金髪の女が薬箱を抱え、若い少年が水筒を配っている。
傍から見れば、ただの旅の一団の従者たちにしか見えない。
だが――。
俺は、長年の勘でそれとなく察していた。
(あの空気は、ただの従者じゃないな)
どこか、普通の主従関係とは違う匂いがした。
うまく言葉にはできない。
だが、こういう「勘」で、これまで何度も命を拾ってきた。
俺は商売用の笑みを浮かべ、手を振った。
「おーい、そこの旅の方々! よければ、うちの品を見ていかないかい?」
一団が足を止める。
先頭の金髪の青年が、こちらへ視線を向けた。
「......商人か」
「ああ。ロントってもんだ。この辺りをうろついちゃ、旅人相手に商売してる」
俺は荷を下ろし、シートを広げた。
薬草、保存食、簡易テント、火口箱。
いつもの品揃えを並べていく。
「へえ、いいところに」
薄紫髪の獣人が、興味深そうに覗き込んできた。
「フィンだ。ちょうど、水と保存食が減ってきてたんだ」
「そりゃちょうどいい」
俺は笑った。
「今日はツイてるな。滅多に客に会わなかったんだ」
エルフの女と、ドワーフの大男も近づいてくる。
「保存食は、どれくらい日持ちする?」
エルフの女が問う。
「半月は保証するよ、リリィさん」
「私の名を知ってるの?」
「いや、これは商売の勘さ。似合う名前を適当に呼んだだけだ」
俺は肩をすくめた。
リリィと呼んだ女は、目を丸くしたあと、小さく笑った。
「変な商人ね」
「よく言われる」
そうこうしているうちに、後方の一団も近づいてきた。
黒髪の青年が、荷馬を引きながら、遠慮がちに商品を覗き込む。
「......見ても、いいですか」
「もちろんだ。何でも見ていってくれ」
俺がそう言うと、青年は少しだけ驚いたような顔をした。
まるで、当たり前のことを言われて戸惑うような。
(......?)
俺はその表情に、僅かな違和感を覚えた。
だが、口には出さなかった。
「リオ、包帯は買っておいたほうがいいんじゃないか」
金髪の女が、青年に声をかけた。
「ルナ、お前こそ、傷薬が切れかけてただろう」
「そうだったわね」
二人は、そんなやり取りをしながら商品を選んでいく。
その様子は、ごく自然な旅の光景だった。
傍らでは、獣人の青年――フィンが、荷馬車の少年に話しかけていた。
「トウマ、お前、まだ剣の素振りしてるのか」
「......少しでも、足手まといにならないように」
「真面目だな」
フィンが笑いながら、少年の頭を軽く叩いた。
「無理すんなよ。俺たちがいるんだから」
「......はい」
少年は、はにかむように頷いた。
鬼人の女――確かアンナといったか――は、腕を組んだまま、一人の男に何かを指示していた。
「バルド、次の野営地までの距離を確認しとけ」
「はっ」
男は短く応じ、地図を広げた。
姿勢の良さと、無駄のない動きが目についた。
立ち居振る舞いに、どこか軍人めいた規律がある。
だが、纏う空気には、それとは違う――何か重いものが滲んでいた。
俺は、それ以上詮索しないことにした。
旅の商人にとって、客の過去に首を突っ込むのは、あまり賢いやり方じゃない。
小柄な吸血種の少女――ローズは、灰色の髪の少女と並んで座り込み、干し肉を分け合っていた。
「ミア、あなた、もっと食べなさい。細すぎるわ」
「......ありがとう、ございます」
「敬語、堅苦しいわよ」
「......善処します」
ローズが、くすくすと笑う。
その光景は、種族も立場も関係のない、ただの気安いやり取りに見えた。
俺は、商品を選ぶ一団を眺めながら、内心で首を捻っていた。
(聞いていた話と、ちょっと違うな)
噂では、勇者パーティには、雑用専門の「魔導具」なる連中がいるという話だった。
道具として、粗雑に扱われる、とも聞いた。
だが、目の前の光景は、そんな噂とはかけ離れていた。
誰もが、互いに軽口を叩き、気を配り合っている。
(まあ、噂なんてのは、話が大きくなりがちだからな)
俺は、そう自分を納得させることにした。
商売が一段落したところで、金髪の青年――ガイアスと呼ばれていた――が、俺のもとへやってきた。
彼が差し出した手に、俺の手をかざすと、淡く青いエーテル光が漏れる。
「おいおい、多すぎるぞ」
「こんな場所で商売してくれてるんだ。それくらいは払わせてくれ」
ガイアスは、そう言って笑った。
その笑顔には、裏表がないように見えた。
「......ありがとよ。また会うことがあれば、贔屓にしてくれ」
「ああ、また会おう」
一団は、俺に軽く会釈をすると、街道の先へと歩き出した。
勇者たちも、魔導具と呼ばれる者たちも、隔たりなく肩を並べて歩いていく。
俺は、遠ざかっていくその背中を、しばらく見送っていた。
「......ガウェインの勇者、ね」
手帳を取り出し、今見た光景を書き留めていく。
――勇者七人。従者らしき者たち七人。
――種族はばらばらだが、関係は良好に見える。
書きながら、俺はふと筆を止めた。
(このまま、平和に旅が続けばいいな)
俺は手帳を閉じ、荷物を担ぎ直した。
遠ざかる一団の土埃を眺めながら、独りごちる。
「さて......この続きは、どこかでまた見ることになるのかね」
誰に問うでもない呟きが、乾いた風に流れて消えた。




