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魔法侵蝕譚ーマナ・サピエンス  作者: A.N.C.


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3/21

protocol 3 : ヴァイオレットミラー湿地帯

別名、湿地型ダンジョン“粘泉溶湿”。


数日前まで、大規模な水生生物の養殖が行われ、

観光地としても有名な場所だった。


澄んだ水面。

水上コテージ。

紫色の花々が咲き誇る湿原。


だが――


行方不明者が相次いだ。


そして二日前、

湿地帯との連絡は完全に途絶えた。


ギルドから下された依頼は、

その異常調査である。


     ◇


ぬかるんだ地面を踏みしめながら、

レインたち4人はヴァイオレットミラー湿地帯へと足を踏み入れていた。


かつて観光地として知られた景色は、

見る影もない。


湿地一帯は、

紫色に濁った水で覆われていた。


どろり、とした粘り気を持つ水面。


そこから、

背丈ほどもある水草が無数に伸び、

視界を塞いでいる。


風が吹くたび、

水草同士が擦れ合い、

ざわ……ざわ……と不気味な音を立てた。


水面には、

動物の骨がいくつも浮かんでいる。


肋骨。

頭蓋。

折れた脚。


長時間浸かっていたのか、

どれも白く変色していた。


レインは周囲を警戒しながら呟く。


「……どうなってるんだ?」


ディックが肩をすくめる。


「観光地の面影がないっすね」


「この水、大丈夫か?」


リディアが眉をひそめる。


メリーはしゃがみ込み、

杖の先で慎重に水面へ触れた。


淡い光が広がる。


「……水草が枯れていないのを見ると、酸などの薬品ではないと思いますが……」


メリーは少し表情を曇らせる。


「気を付けたほうがいいですね」


レインは静かに頷いた。


湿地帯の上には、

木製の橋状の通路が迷路のように張り巡らされている。


遠くでは、

何かが水中を動く音がしていた。


ちゃぷん。


ちゃぷん。


まるで、

こちらを追うように。


ディックが小声で呟く。


「……なんかいるっすね」


リディアが剣の柄に手を置く。


「歓迎はされたくないな」


その時だった。


「うわあっ!」


男の悲鳴。


4人は即座に顔を上げ、

声のした方向へ駆け出す。


木橋を渡り、

水草をかき分ける。


すると――


紫色の水面から、

一人の男が橋へ這い上がるところだった。


鎧姿の男。


全身ずぶ濡れで、

紫色の液体が鎧の隙間から滴っている。


レインが駆け寄る。


「あんた、大丈夫か?」


男は息を切らしながらも、

軽く笑った。


「ああ、びっくりしたぜ。この水、見た目の割になんてことはないな」


そう言いながら、

腕についた水を払う。


だが、

払ったはずの液体は、

糸を引くように肌へまとわりついていた。


男は続ける。


「あんたらも、ここのギルドの依頼でここの調査か?」


「そうっすよ」


ディックが周囲を見回しながら答える。


「かつての観光地とは思えないくらいの静けさで不気味っすよ」


男は顔をしかめた。


「ああ……この先に村があるんだが、全然人気がねえ」


風が吹く。


水草が揺れる。


だが、

鳥の鳴き声一つ聞こえない。


男は声を潜めた。


「ここは、何かおかしい。あんたらも気をつけな」


そう言い残し、

男は帰路につく。


鎧から、

ぽたぽたと紫色の雫が落ちる。


「うう、風邪をひいちまうぜ」


男は腕を掻いた。


「……少しかゆいな。帰ったらよく洗わねぇとな」


鎧の隙間から見えた皮膚。


そこだけ、

わずかに紫色へ変色していた。


ちゃぷん。


背後で水音が響く。


4人は同時に振り返る。


だが、

そこには誰もいない。


揺れる水草。


濁った紫の水面。


そして――


橋の下。


一瞬だけ。


人の顔のようなものが、

沈んでいくのが見えた。

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