protocol 3 : ヴァイオレットミラー湿地帯
別名、湿地型ダンジョン“粘泉溶湿”。
数日前まで、大規模な水生生物の養殖が行われ、
観光地としても有名な場所だった。
澄んだ水面。
水上コテージ。
紫色の花々が咲き誇る湿原。
だが――
行方不明者が相次いだ。
そして二日前、
湿地帯との連絡は完全に途絶えた。
ギルドから下された依頼は、
その異常調査である。
◇
ぬかるんだ地面を踏みしめながら、
レインたち4人はヴァイオレットミラー湿地帯へと足を踏み入れていた。
かつて観光地として知られた景色は、
見る影もない。
湿地一帯は、
紫色に濁った水で覆われていた。
どろり、とした粘り気を持つ水面。
そこから、
背丈ほどもある水草が無数に伸び、
視界を塞いでいる。
風が吹くたび、
水草同士が擦れ合い、
ざわ……ざわ……と不気味な音を立てた。
水面には、
動物の骨がいくつも浮かんでいる。
肋骨。
頭蓋。
折れた脚。
長時間浸かっていたのか、
どれも白く変色していた。
レインは周囲を警戒しながら呟く。
「……どうなってるんだ?」
ディックが肩をすくめる。
「観光地の面影がないっすね」
「この水、大丈夫か?」
リディアが眉をひそめる。
メリーはしゃがみ込み、
杖の先で慎重に水面へ触れた。
淡い光が広がる。
「……水草が枯れていないのを見ると、酸などの薬品ではないと思いますが……」
メリーは少し表情を曇らせる。
「気を付けたほうがいいですね」
レインは静かに頷いた。
湿地帯の上には、
木製の橋状の通路が迷路のように張り巡らされている。
遠くでは、
何かが水中を動く音がしていた。
ちゃぷん。
ちゃぷん。
まるで、
こちらを追うように。
ディックが小声で呟く。
「……なんかいるっすね」
リディアが剣の柄に手を置く。
「歓迎はされたくないな」
その時だった。
「うわあっ!」
男の悲鳴。
4人は即座に顔を上げ、
声のした方向へ駆け出す。
木橋を渡り、
水草をかき分ける。
すると――
紫色の水面から、
一人の男が橋へ這い上がるところだった。
鎧姿の男。
全身ずぶ濡れで、
紫色の液体が鎧の隙間から滴っている。
レインが駆け寄る。
「あんた、大丈夫か?」
男は息を切らしながらも、
軽く笑った。
「ああ、びっくりしたぜ。この水、見た目の割になんてことはないな」
そう言いながら、
腕についた水を払う。
だが、
払ったはずの液体は、
糸を引くように肌へまとわりついていた。
男は続ける。
「あんたらも、ここのギルドの依頼でここの調査か?」
「そうっすよ」
ディックが周囲を見回しながら答える。
「かつての観光地とは思えないくらいの静けさで不気味っすよ」
男は顔をしかめた。
「ああ……この先に村があるんだが、全然人気がねえ」
風が吹く。
水草が揺れる。
だが、
鳥の鳴き声一つ聞こえない。
男は声を潜めた。
「ここは、何かおかしい。あんたらも気をつけな」
そう言い残し、
男は帰路につく。
鎧から、
ぽたぽたと紫色の雫が落ちる。
「うう、風邪をひいちまうぜ」
男は腕を掻いた。
「……少しかゆいな。帰ったらよく洗わねぇとな」
鎧の隙間から見えた皮膚。
そこだけ、
わずかに紫色へ変色していた。
ちゃぷん。
背後で水音が響く。
4人は同時に振り返る。
だが、
そこには誰もいない。
揺れる水草。
濁った紫の水面。
そして――
橋の下。
一瞬だけ。
人の顔のようなものが、
沈んでいくのが見えた。




