protocol24 : 勇者パーティの魔道具
剣がぶつかる音は、もう聞こえなくなって久しい。
ルナは血にまみれた大地に膝をつき、震える指先で杖を握りしめていた。金髪は土埃で灰色に染まり、緑の瞳だけが、暗闇の中で異様な光を宿している。
「まだ動けるな、魔導具」
振り返らずとも、その声が誰のものかは分かる。ガイアス――勇者パーティの筆頭。碧眼に宿るのは労いではなく、ただの確認だった。次に使える駒があるかどうかの。
「……はい」
ルナはそう答えるしかなかった。マナレベル0。聖王国の戸籍簿に刻まれたその数字は、彼女の価値を決定づけている。総マナ濃度が1%にも満たない者。魔法を使えば使うほど、体内のマナは悲鳴を上げる。
だが選択肢はなかった。マナレベル0の人間は、聖王国が定める「救済措置」の対象だ。勇者パーティの後方支援に回り、戦場で魔物討伐に加われば、最低限の魔力の供給を受けられる。聞こえはいい。実態は、盾であり、贄であり、そして――彼らの言葉を借りれば「魔導具」だった。
「そっちはどうだ?」
ガイアスが問うと、少し離れた岩陰から黒髪の青年が顔を出した。傭兵のリオ。ルナと同じ、マナレベル0の魔導具の一人だ。
「肩をやられたが、動ける」
リオの声には強がりが滲んでいた。ルナは杖を支えに立ち上がりながら、自分の左腕の内側に視線を落とす。うっすらと、皮膚の下で何かが蠢く感触があった。
――魔力係数、-0.8。
ルナにはそれが分かる。誰に教えられたわけでもない。体の奥で、マナが囁くように伝えてくるのだ。体内のマナ濃度とイビルマナ濃度の均衡が崩れる感覚。
魔力係数マイナス1以上0以下は、軽度侵蝕、体の不調が現れる。
「……七人は、仲がいいのにな」
リオが自嘲気味に呟いた。少し離れた焚き火の傍で、勇者たちが談笑している。人間のガイアスが冗談を言い、獣人のフィンが薄紫の体毛を揺らして笑い、エルフのリリィが呆れたように肩をすくめる。竜人のドレイクが酒を注ぎ、吸血姫のローズが小さな欠伸をする。ドワーフのゴードンが武具の手入れをしながら、鬼人のアンナと軽口を叩いている。
彼らの視界の端に、ルナやリオが映ることはほとんどない。まるで、使い終わった杖や壊れた盾と同じように。
「私たちは道具だもの」
ルナは静かにそう返した。恨みではなく、ただの事実として。
だが、その夜。
野営地の外れで、ルナは異変に気づいた。腕の内側の蠢きが、皮膚を突き破ろうとするように強くなっている。慌てて袖をまくると、血管の走る場所に、薄く黒い結晶のようなものが浮かび上がっていた。
「これは……」
「イビルマナだ」
背後から声がした。振り返ると、リオが険しい顔で立っている。
「お前、さっきの戦闘でずいぶん魔法を使いすぎた。体内のイビルマナ濃度が増えている」
「戻せるはずでしょう。エーテル光を補給すれば……」
「その通りだが、ここには誰も分けてくれる奴がいない」
リオの言葉は苦い。魔力を持たぬ者同士で、分け与えられる魔力などたかが知れている。ルナは唇を噛んだ。このまま放置すれば、体の所々が変質し、幻覚を見始める。重度侵蝕。そこから先は、完全に魔物となる日も遠くない。
「……俺の血を使え」
リオが静かに言い、短剣で自らの手のひらを切った。
「待って、リオ、それは」
「俺だってギリギリだが、お前より少しはマシだ」
滴る血が、ルナの腕の黒い結晶に触れた瞬間、微かな熱がルナの体を駆け巡った。イビルマナたちが、その僅かなエネルギーを求めて蠢動する。黒かった結晶が、ゆっくりと透明さを取り戻していく。
「……ありがとう」
「礼はいい。俺たちが倒れたら、代わりはまたどこかから連れてこられるだけだ。せめて、明日まではお互い生きていよう」
ルナは頷いた。マナレベル4の王族も、マナレベル0の自分たちも、同じマナに縛られている。ただ、生まれ持った濃度の差が、王族と道具とを分け隔てている。
あまりにも理不尽な、けれど動かしようのない、この世界の理。
焚き火の向こうで、勇者たちの笑い声がまた聞こえた。ルナは黒い結晶の名残がまだ薄く残る腕を握りしめ、夜空を見上げる。




