protocol23 : 使命
王都へ向かう街道を、一台の白い馬車が走っていた。
車輪が石畳を規則正しく叩く。
ガイアスは、馬車の窓から流れていく景色を眺めていた。
村を出てから、もう何時間になるだろう。
遠くに見える山々。
広大な麦畑。
街道を行き交う商人たち。
そして、徐々に大きくなっていく王都の城壁。
「……本当に、俺が勇者になるのか」
思わず、ガイアスは呟いた。
村で聖王女の神託を受けた日から、何度も自分に問いかけていた。
自分は特別な人間なのだろうか。
剣の腕が特別優れているわけでもない。
魔法の名家に生まれたわけでもない。
それなのに――。
聖王女自らが、自分を勇者に選んだ。
「勇者、か……」
ガイアスは苦笑した。
嬉しくないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に不安だった。
何をすればいいのか。
自分に何ができるのか。
そもそも――。
なぜ自分だったのか。
その答えを、まだ彼は知らなかった。
やがて馬車は王都へ入った。
巨大な城門を抜けると、整然とした街並みが広がっていた。
白い石造りの建物。
聖王国の紋章を掲げた旗。
通りを歩く騎士や聖職者。
村とは、まるで別世界だった。
そして、そのさらに奥。
王都の中心にそびえ立つ巨大な建造物があった。
聖王宮。
幾つもの尖塔を持つ白亜の宮殿だった。
馬車は王宮の正門をくぐり、そのまま中庭へと入っていく。
停車すると、扉が開いた。
「到着いたしました、ガイアス様」
「あ、ああ……」
ガイアスは馬車から降りた。
目の前には、巨大な階段が続いていた。
その左右には、完全武装した近衛騎士たちが整列している。
ガイアスは思わず背筋を伸ばした。
「こんなところに、本当に俺が……」
「はい。聖王女様がお待ちです」
案内役の神官が歩き始める。
ガイアスも、その後を追った。
王宮の内部は、想像していた以上に広かった。
高い天井。
巨大なステンドグラス。
壁に掛けられた歴代聖王の肖像画。
廊下を歩くたび、ガイアスは緊張を募らせていった。
やがて、案内されたのは王宮内の大広間だった。
「こちらで、しばらくお待ちください」
「分かりました」
神官が去る。
ガイアスは一人になった。
……そう思った、その時だった。
「お前がガイアスか?」
突然、背後から声がした。
振り返る。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
短いラベンダー色の髪。
人間とは明らかに異なる獣の耳。
青年は気さくな笑みを浮かべていた。
「俺はフィン。よろしくな」
「フィン……」
「お前も勇者に選ばれたんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、俺たちは仲間だ」
あまりにもあっさり言われ、ガイアスは少し面食らった。
「仲間……?」
「そうだ」
フィンが笑う。
「俺たちは六人、先にここへ呼ばれてる」
「六人?」
「ほら」
フィンが大広間の奥を指差した。
そこには、すでに五人の男女がいた。
最初に目に入ったのは、長い桃色の髪をした女性だった。
エルフ特有の長い耳。
青い瞳。
彼女は静かにガイアスを見つめていた。
「リリィよ。よろしく、ガイアス」
「ああ。よろしく」
その隣には、白髪と白い髭を蓄えた大柄な男。
「ゴードンだ」
低い声が響く。
「ドワーフの戦士だ。困ったことがあれば言え」
「ありがとうございます」
さらに、その横。
茶色の髪を後ろで束ね、額から一本の角を生やした女性が腕を組んでいた。
背中には巨大な剣を背負っている。
「アンナ」
短く名乗る。
「鬼人だ。よろしくな」
「ああ」
その隣には、黒い短髪の青年がいた。
青年はガイアスを見ると、少しだけ笑った。
「ドレイク。竜人だ」
「ドラゴン……」
「まあ、普段は人間と大差ない。必要なら竜にもなれるけどな」
最後に。
少し離れた場所に、赤いドレスを着た小柄な少女が立っていた。
銀色のツインテールに真紅の瞳が、ガイアスを見つめていた。
「……ローズ」
口の両端に2本の小さな牙が見えた。
「よろしく」
ガイアスも答えた。
「よろしく、ローズ」
こうして。
人間。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
鬼族。
竜族。
吸血鬼。
異なる種族の七人が、一つの場所に集まった。
「これで全員だな」
フィンが言った。
「俺たちは聖王国が選んだ勇者だ」
ガイアスは七人を見回した。
不思議な感覚だった。
自分とは何もかも違う人間たち。
それなのに――。
なぜか、これから長い旅を共にすることになる。
そんな予感がした。
その時。
大広間の扉が開いた。
「聖王女様がお見えになりました」
声が響く。
全員が一斉に振り返った。
大勢の神官と近衛騎士に囲まれ、一人の女性が入ってくる。
聖王国の王女。
白を基調とした美しい衣装。
胸元には王家の紋章。
その表情は穏やかだった。
しかし、ガイアスは思わず息を呑んだ。
村で見た姿と同じだった。
「……あの時の」
聖王女は微笑んだ。
「久しぶりですね、ガイアス」
「はい」
「そして、ようやく七人全員が揃いました」
聖王女は七人をゆっくりと見渡した。
その瞳には、慈愛とも期待ともつかない光が宿っていた。
「あなたたち七人には、これより聖王国から正式に『勇者』の称号を授けます」
ガイアスは息を呑む。
「そして――」
聖王女の表情が変わった。
先ほどまでの柔らかな笑みが消える。
「あなたたちには、一つの使命があります」
大広間に静寂が落ちた。
「魔神を討つことです」
「魔神……?」
ガイアスが呟いた。
聖王女は頷いた。
「はい」
そして、静かに語り始めた。
「現在、人類は一見すれば平和に見えます」
「ですが、その平和は――すでに内側から侵食されています」
聖王女が手を上げる。
すると、広間の中央に魔法による映像が浮かび上がった。
聖王国内の地図。
その幾つかの地点が赤く染まっていく。
「聖王国内各地の冒険者たちによる調査によって、恐るべき事実が判明しました」
「聖王国内の領主の多くが魔物の神――魔神の手先となっていたのです」
「……!」
ガイアスの顔から血の気が引いた。
「貴族が……?」
アンナも眉をひそめる。
「内通者ってことか」
「その通りです」
聖王女は頷いた。
「彼らは表向き、聖王国に忠誠を誓っています」
「しかし、その裏では魔神と通じ、人類社会への侵入を進めている」
地図上に赤い点が増えていく。
「魔物の流入」
「禁忌の魔法」
「不自然な失踪事件」
「そして、複数の貴族領で確認された、正体不明の魔力汚染」
ガイアスは映像を見つめた。
それは単なる魔物との戦いではなかった。
敵は、森の奥に潜んでいるわけでもない。
ダンジョンの最深部にいるわけでもない。
――人間の社会そのものに入り込んでいる。
「魔神は、力だけで人類を滅ぼそうとしているのではありません」
聖王女の声が大広間に響く。
「人間同士を争わせ、国家を内部から腐敗させ、やがて人類そのものを魔の側へ取り込もうとしているのです」
ガイアスは拳を握った。
「では……俺たちは、その魔神を倒すために?」
「はい」
聖王女はまっすぐガイアスを見た。
「あなたたちは、魔神を討伐するために選ばれた七人です」
フィンが腕を組む。
「つまり、ただ魔物を倒して回るだけじゃないってことだな」
「そうです」
聖王女は答えた。
「敵を探してください」
「魔神の手先を見つけてください」
「そして――魔神そのものを討ってください」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて。
ガイアスが一歩前へ出た。
「聖王女様」
「何でしょう?」
「俺は……勇者について何も知りません」
ガイアスは自分の手を見る。
「剣だって、特別に強いわけじゃない」
それでも。
顔を上げた。
「だけど、俺を選んだ理由があるなら――その使命を果たしたいです」
聖王女は静かに微笑んだ。
「ありがとうございます、ガイアス」
その言葉を聞いて、フィンが笑った。
「いいじゃねえか」
アンナも頷く。
「気に入った」
ゴードンは腕を組んだまま、静かに頷いた。
リリィは微笑み。
ドレイクは小さく息を吐く。
ローズもガイアスを見つめて頷いた。
聖王女が告げる。
「今日、この時をもって」
「あなたたち七人は――聖王国公認の勇者となります」
七人の前に、聖王国の紋章が浮かび上がった。
その光を見ながら、ガイアスは思った。
これから始まるのだ。
魔神を討つための旅が。
人類を救うための戦いが。




