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魔法侵蝕譚ーマナ・サピエンス  作者: ArgasNorn
勇者の軌跡

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protocol 21 : ダンジョンの道具屋

 俺の名前はロント。


 三十を少し越えた、しがない道具屋だ。


 冒険者相手に、旅の途中で手に入れた様々な品を売っている。


 薬草、保存食、松明、魔導具、簡易テント。


 街の中で店を開くこともあれば、冒険者を追いかけるようにダンジョンへ入り、そこで商売をすることもある。


 危険はある。


 だが、冒険者がいるところには商売がある。


 それが俺の生き方だった。


 ――その日、俺はヴァイオレットミラー湿地帯にいた。


 かつて、この場所は観光地として有名だった。


 広大な湿地には水生生物の養殖施設が並び、色とりどりの水草が水面を覆っていたという。


 観光客向けの宿泊施設や食堂もあり、休日ともなれば多くの人々で賑わっていたらしい。


 しかし、今は違う。


 行方不明者が相次ぎ、養殖施設も閉鎖された。


 人の姿は消え、かつての美しい景色は跡形もない。


 湿地一帯を覆っているのは、紫色に濁った水。


 水面には霧が漂い、ところどころから枯れた木の枝が突き出している。


 俺は湿地の比較的安全な場所を見つけると、地面にシートを敷いた。


 簡易テントを張り、その前に鞄から商品を取り出して並べていく。


 これが俺の臨時店舗だ。


「さて……今日は何人来ることやら」


 俺は欠伸をしながら、椅子に腰掛けた。


 しばらくして――


 遠くから人の声が聞こえてきた。


「どうなってるんだ?」


「観光地の面影がないっすね……」


「この水、大丈夫か?」


「水草が枯れていないのを見ると、酸などの薬品ではないと思いますが……」


 四人の冒険者だった。


 俺は立ち上がり、手を振る。


「やあ、君達。探索前に、うちの商品を見ていかないかい?」


 最初にこちらを見たのは、栗色の短髪に黒い瞳をした青年だった。


 背中には魔導銃を背負っている。


「ちょっと見ていくか……」


 青年――レインが歩いてくる。


 その隣には、赤髪のポニーテールをした細身長身の女性。


 腰には剣を吊るしている。


「レイン、ここに来る前の街で準備したから大丈夫じゃないか?」


「念のためだよ」


 レインが答える。


 その後ろから、銀髪にバンダナを巻いた青年が顔を出した。


 緑色の瞳。


 背中には大きなリュック。


「リディア姐さん、念のため見ていきましょうよ。メリーもそう思うっすよね?」


 最後に、白いローブを着た小柄な少女が現れた。


 セミロングの金髪。


 碧眼。


 手には白銀の杖。


「そうですね」


 少女――メリーは小さく頷いた。


 四人はシートの上に並べられた商品を眺め始めた。


「回復薬」


「毒消し」


「簡易結界石……」


「保存食もあるっすね」


 ディックが商品を手に取って確認する。


 俺は、湿地の奥を指差した。


「この先の水には、何が含まれているかわからない。だが、触れちゃいけない。かなりやばい物だと思う」


「そんなに危険なのか?」


 リディアが眉をひそめる。


「ああ。詳しい成分はわからんが、俺は近づかないことを勧めるね」


 俺はテントの奥から、白い服を取り出した。


 特殊な素材で作られた、防護服だった。


 かなり大きめで、全身を覆う形になっている。


「南方で仕入れた珍しい品だ。特殊な環境で使う防護服らしい。安くしておくが、どうだ?」


 リディアが服を広げる。


「何だこれ? ずいぶん、ぶかぶかした服だな」


 レインも袖をつまむ。


「ちょっと……これは動きづらいな」


 メリーが申し訳なさそうに微笑んだ。


「みんな、私が防壁魔法をかけるので、大丈夫です」


 ディックが苦笑する。


「そういうことなんで、今回は大丈夫です。すいませんね」


「いや、いいんだ」


 俺は笑った。


「また何かあれば声をかけてくれ。気を付けて探索するんだぞ」


「ありがとうございます」


 メリーが頭を下げる。


 四人は湿地の奥へと歩いていった。


 俺はその背中をしばらく眺めていた。


「……若いな」


 最近の冒険者は、ああいう若者が多い。


 怖いもの知らずなのか、それとも――。


「まあ、俺も昔はあんな感じだったか」


 苦笑しながら、椅子に戻る。


 それから数時間。


 あの四人以外にやって来たのは、鎧を着た冒険者の男が一人だけだった。


 売上も大したことはない。


「そろそろ、引き上げるか」


 俺は商品を鞄へ戻し、テントを畳み始めた。


 そのときだった。


 ――何かいる。


 背後に、気配を感じた。


「……?」


 振り返る。


 いつの間にか、数人の冒険者が立っていた。


「……おい?」


 おかしい。


 さっきまで誰もいなかったはずだ。


 それに――。


 様子がおかしい。


 身体がふらついている。


 顔色も悪い。


 一人が、こちらへ手を伸ばした。


「どうグ……や……ダ」


「まナ……ぽーしょン……うッて……く」


「いタい……からダ……」


「おい……」


 俺は一歩後退した。


 冒険者の一人が顔を上げる。


 皮膚は青白く変色していた。


 眼球は濁り、口元から黒ずんだ液体が垂れている。


 その姿を見た瞬間、背筋が凍った。


「……グール?」


 次の瞬間だった。


 数人が一斉に走り出した。


「うおっ!」


 俺へ向かって襲い掛かってくる。


 俺は咄嗟に荷物を蹴飛ばし、短剣を抜いた。


「くそっ!」


 一体の腕を受け止める。


 力が強い。


 人間とは思えない。


「離れろ!」


 懐から魔導銃を抜く。


 ――パンッ!


 乾いた発砲音。


 目の前の魔物が怯んだ。


 その隙に身体を捻り、別の個体へ銃口を向ける。


 ――パンッ!


 ――パンッ!


 二体が地面へ倒れる。


 だが、まだいる。


 俺は目の前の一体を押し倒した。


「俺の手に負えないな……!」


 短剣をしまう。


 背中に荷物を背負う。


 それだけで視界のほとんどが塞がった。


「街へ戻る!」


 俺は走り出した。


「エンハンスメント・ボディ!」


 詠唱と同時に、全身が青く光る。


 筋肉が強化され、脚力が跳ね上がった。


 地面を蹴る。


 ――ドンッ!


 身体が前方へ飛び出す。


「うおおおおっ!」


 背後から、グールたちの叫び声が聞こえる。


 振り返る。


 倒したはずの奴らが、ゆっくりと起き上がっていた。


「……冗談だろ」


 俺はさらに速度を上げた。


 幸い、かなり距離を離すことができた。


 そして俺は、そのまま湿地帯を抜けた。


     *


 ――数日後。


 俺は王都近郊のギルドにいた。


 酒場の隅で、一人酒を飲んでいる。


「ヴァイオレットミラー湿地帯の事件、聞いたか?」


 近くの冒険者たちが話していた。


「聞いた聞いた。ありゃ酷かったらしいな」


「湿地帯周辺の住人、ほとんど全員がグールになったらしいぞ」


「原因は何だったんだ?」


「錬金術師だって話だ」


「錬金術師?」


「ああ。魔物の血液を使った魔導実験をやっていたらしい」


 俺は酒を飲む手を止めた。


「……魔物の血液」


 あの日の光景が頭に浮かぶ。


 濁った紫色の水。


 ふらつく冒険者。


 腐ったような身体。


 あれが実験の結果だったというのか。


「でもよ」


 別の冒険者が声を潜める。


「どうやら、ただの錬金術師じゃないらしい」


「どういう意味だ?」


「背後に貴族がいるって噂だ」


「貴族?」


「ああ。かなり大物らしい」


 俺は黙って聞いていた。


 しばらくすると、別の冒険者が話題を変えた。


「そういや、その事件を解決した奴らの話も聞いたぞ」


「誰だ?」


「例の若い冒険者パーティだよ」


「……!」


 俺は顔を上げた。


「魔導銃を持った青年と、剣士、それから情報屋と魔導士の四人組」


「そうそう」


「湿地帯に潜入して、事件の原因を突き止めたらしい」


「犯人も確保したそうだ」


「若いのに大したもんだ」


 俺は小さく笑った。


「……あいつらか」


 あの四人。


 まさか、そんな事件に巻き込まれていたとは。


 俺は懐から手帳を取り出した。


 ページを開き、ペンを走らせる。


 ――ヴァイオレットミラー湿地帯。


 ――紫色の水。


 ――グール化した冒険者。


 ――魔物の血液を用いた魔導実験。


 ――背後に貴族の存在?


 思い出したことを次々と書き込んでいく。


「おい、あんた。何を書いてるんだ?」


 隣の冒険者が覗き込んできた。


「ちょっとした冒険の記録さ」


「冒険譚か?」


「そんな大層なもんじゃないさ」


 俺は手帳を閉じる。


 すると、男が突然、声を潜めた。


「へぇ……。そういえば、面白い話を聞いたんだけどよ」


「何だ?」


「この国で、勇者が見つかったそうだぜ」


「勇者?」


「ああ」


 男は酒を一口飲んだ。


「とんでもない身体能力と魔法適性を持った、化け物みたいに強いやつらだそうだ」


「一人じゃないのか?」


「どうも違うらしい。国内の各地の街で、何人も見つかったそうだ」


「どうやって見つけたんだ?」


「この国の聖王女様のご神託だそうだ」


「ご神託……ねぇ」


 俺は少し考える。


「勇者が見つかった街ってのは、ここから近いのか?」


「ここからなら、ガウェインっていう小さな街が近いな」


「ガウェイン……」


 俺はその名前を手帳に書き込んだ。


「ありがとう。面白そうだから、ちょっと行ってみる」


「おいおい。お前、また冒険譚のネタ探しか?」


「そんなところだ」


「冒険譚ができたら、俺にも見せてくれよ」


 俺は立ち上がり、酒代を置く。


「はは、生きていたらな」


 そう言って、俺は酒場を後にした。


 夜の街へ出る。


 空には、薄紫色の月が浮かんでいた。


 俺は背負い袋を背負い直す。


 そして、街道の先を見る。


 ――ガウェイン。


 勇者。


 聖王女の神託。


「……面白くなってきたな」


 俺は一人呟き、歩き出した。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 ガウェインで出会う「勇者」が――


 やがてこの世界の歴史を大きく変える存在になることを。


 そして。


 俺自身の「冒険譚」が、いつか単なる旅の記録ではなく、


 世界の真実を記す記録


になることを。

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