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魔法侵蝕譚ーマナ・サピエンス  作者: A.N.C.


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protocol 16 : 地下闘技場

深淵の眼 地下 闘技場控室


 石造りの壁に、土の地面。大きな木製の扉の向こうから、くぐもった歓声が断続的に響いてくる。


 四人が控室に入った瞬間だった。


 ディックの足が何かに引っかかり、前につんのめった。


「大丈夫か」レインが腕を掴んで支える。


「すいません、兄貴」ディックが体勢を立て直しながら、足元を見た。控室で待機していた男の足が、自然な位置より少し前に出ていた。


「おい、そんなひょろひょろで生き残れるのか?兄ちゃん達」


 声の主は、壁際に腰かけた大男だった。筋骨隆々とした体格で、腕は丸太のように太い。褐色の肌に無精髭、ニヤニヤとした笑みが顔に張り付いている。隣に並べた巨大な斧が、大きさの比較になっていた。


 レインは男を一瞥した。


「あんたらより先に死ぬ気はない」


「ほお」大男が口の端を上げた。「どこまでやれるか見ものだな」


 別の声がかかった。


「あんた、なかなかの別嬪だな。このあと、俺と楽しいことしねぇか?」


 大斧を持ったスキンヘッドの細身の男が、リディアへ向かって声をかけていた。にやけた顔で、顎をしゃくっている。


 リディアは男を見もせずに答えた。


「他を当たりな。あたしは、あんたみたいに暇じゃないんでね」


「バード、お前またフラれてるじゃねぇか、がははははは」


 鎧に身を包んだ別の男が腹を抱えて笑った。


「うるせぇ、お前は黙ってろ」


 スキンヘッドの男、バードが顔を赤くした。


 控室の空気が弛緩したその瞬間、扉の向こうから大きな歓声が上がった。何かが終わった音だ。


 闘技場の職員が扉を開けた。


「レイン、メリー、ディック、リディア。中に入れ」


闘技場


 長い通路を進むと、先に光が見えた。


 金属製の柵が上がり、四人は外へ出た。


 円形の闘技場だった。壁は石造りで、地面は固められた土だ。入ってきた入り口と反対側にも同じ柵がある。後ろの柵が音を立てて閉まった。


 見上げると、円形状に配置された観客席が何層にも上へ続いていた。どの席も人で埋まっている。数百の視線が、一斉に四人へ向いた。


 上段に、赤いスーツに眼鏡をかけた若い職員の男が立った。よく通る声で叫ぶ。


「続いての挑戦者は、四人の若き冒険者、チーム・陽炎!本闘技場、初参加者だ!」


 反対側の柵が、ゆっくりと上がった。


 最初に見えたのは、脚だった。


 八本。紫色に変色した人間の手足だ。それが三メートルほどの胴体を支えて、柵の向こうから這い出てきた。全体が紫色の、蜘蛛に似た形をしている。だが蜘蛛ではない。よく見れば、その八本の脚の先に、人間の指の形が残っていた。


「対するは、これまで何人もの挑戦者を屠ってきた、キメラスパイダー!」


 観客席が沸いた。


 四方から声が飛んでくる。


「どっちにかける?」「まだガキだな」「どう見てもやられるだろ」「あの娘かわいいな」


 ディックが懐からルーペのような器具を取り出し、魔物を観察した。細かな魔法陣が刻まれた、マナ濃度測定用の器具だ。


「あのキメラスパイダー、イビルマナレベル2っす。そして血液は強酸性」


「俺たちより上位のレベルだな」レインが言った。


「返り血に注意しないといけないですね」メリーが杖を構えながら言う。


「気を抜けないな」リディアが剣を抜いた。


 キメラスパイダーが突っ込んできた。


 四人が左右に散開した。


 レインが足元へ銃口を向けた。引き金を引く。轟音。着弾と同時にキメラスパイダーが後方へ跳び退き、弾を躱した。動きが読みにくい。


 メリーが詠唱した。


「プラズマディフュージョン」


 青い電撃がキメラスパイダーを包んだ。全身が一瞬硬直する。


 リディアがその隙に踏み込んだ。剣を構え、短く詠唱する。


「アシッドレインフォースメント」


 剣が青白い光を帯びた。光が収まった瞬間、キメラスパイダーの胴体に斬り込んだ。緑色の血液が周囲に飛び散り、石の床に落ちた部分がジュウという音を立てて白煙を上げた。


「おっと、危ないな」


 リディアが即座に後退した。酸が足元に広がっていく。


 直後、キメラスパイダーが体を向けた。メリーへ向かって糸を吐いた。白い糸が空中を走り、メリーの体に絡み付いた。


「きゃあ」


 身動きが取れない。キメラスパイダーがメリーへ向かって突進した。


 ディックが動いた。懐から爆弾を取り出し、メリーとキメラスパイダーの間に投げ込んだ。爆発が起き、土煙が広がった。キメラスパイダーが後退する。


 その瞬間、レインがキメラスパイダーへ向かって駆けた。リディアの斬撃でできた傷口へ、魔導銃を近距離で打ち込んだ。


「キー――――」


 甲高い叫び声が闘技場に響いた。


 キメラスパイダーが四人から距離を取り、闘技場の壁をよじ登り始めた。観客がざわめいた。


「皆様、ご安心ください」職員の男が声を張り上げた。「本闘技場は特製の結界魔法が施されておりますので、皆様に危害が及ぶことはございません!」


 闘技場の上部、観客席の手前に、薄い青色に発光する正六角形の障壁が幾つも円筒状に浮かび上がった。キメラスパイダーがその上を這い始めた。


 リディアがすばやくメリーへ駆け寄り、剣で糸を切った。


「大丈夫か?」


「ええ、ありがとうございます」


 メリーが立ち上がった直後、キメラスパイダーが上部から酸の血液をばらまき始めた。緑色の液体が雨のように降り注ぐ。


「マナフォースフィールド」


 メリーが正六角形の青白い魔法障壁を頭上に展開した。酸の血液が障壁に当たり、弾ける。だが障壁の表面が、みるみる侵食されていく。


「レベルが上位の魔物だと耐えきれません」メリーが歯を食いしばりながら言った。


「あまり時間はかけられないな」レインが言った。


 レインは「マナフォースフィールド」と唱え、自分の両腕に魔法障壁を展開した。薄い光の膜が腕を覆う。懐から大型の銀色の魔導銃を二丁取り出した。


 上を見た。


 キメラスパイダーが障壁の上を移動している。その動きを目で追いながら、二丁の銃を交互に構えた。


 引き金を引いた。


 轟音が連続して闘技場に響き渡った。


 一発、二発、三発。


 弾がキメラスパイダーの複数の脚に命中した。バランスを崩し、魔法障壁の上から転落した。ドスン、という重い音が地面に響いた。


 土煙が上がる。


 レインが走った。


 倒れたキメラスパイダーへ歩み寄り、頭部に銃口を当てた。引き金を引いた。


 それきり、キメラスパイダーは動かなくなった。


 静寂。


 それから一拍遅れて、職員の男が声を上げた。


「……勝者、チーム・陽炎!」


 歓声が闘技場全体を揺らした。

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