protocol 15 : 華桜閣
華桜閣 表通り
門をくぐった瞬間、匂いが変わった。
香辛料と炭火の煙、甘い酒の香り、
それに何か花のような芳香が混じり合って、鼻に押し寄せてくる。
東洋の寺院を思わせる建物が通りの両側に立ち並び、
赤と金の装飾が昼の光を受けて派手に輝いていた。
飲食店が多い。入り口から湯気と香ばしい匂いが漏れ出し、
店の前に並べられた料理の見本が食欲をそそる。
珍しい魔導具を並べた小さな店もいくつかあり、
通りを行き交う人々の目を引いていた。
一見すれば、活気のある商店街だ。
だが、レインは歩きながら周囲を観察した。
店と店の間の路地が深い。
「お兄さん達、うちの店に寄っていかないかい?」
派手な格好の若い女が声をかけてきた。
赤い衣装に過剰な装飾品、厚化粧。
人懐こい笑顔で、レインとディックの腕に手を伸ばした。
レインは視線も向けずに通り過ぎた。
ディックも軽く手を振って受け流した。
女が今度はメリーとリディアへ視線を向けた。
「おや、お嬢ちゃん達、かなりの別嬪さんだね。
うちで働かないかい?結構稼げるよ」
メリーが穏やかに首を振った。
リディアは一瞥だけして前を向いた。
「もったいないねえ」
女はやれやれと肩をすくめ、また別の通行人へ声をかけに行った。
少し歩くと、通りの雰囲気が一気に変わった。
先ほどまでの賑やかさが薄れ、
代わりに路地の奥から視線を感じる空気が漂い始めた。
建物の壁に、広告が貼り出されている。いくつも。
レインは歩きながら、それらを順に読んだ。
――奴隷、高く買取ります。部位ごとでも100000マナ〜
――短時間、高報酬、簡単な仕事
――マナローン効果持続永続処置 50000マナ〜
――マナ量偽造指輪:20000マナ〜 マナレベル偽造指輪:応相談
――冒険者カード、身分証、スキル証明書、割引中。10000マナ〜
街中で一際目を引いたのは、通りの奥にそびえる高い塔のような建物だった。
建物の外壁に、看板がかかっている。
――どんな依頼も仲介します。守秘義務厳守。
公的機関の介入は受け付けませんので、安全に取引ができます。
ギルド:深淵の眼――
「裏の世界で有名な非合法ギルドっす」
ディックが小声で言った。
「名前は聞いたことがあったけど、実際に見るのは初めてっすね」
「あそこを調べよう」
レインが言った。
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深淵の眼
建物の内部は、薄暗かった。
焚かれているのか、怪しい煙が低く漂っている。
甘いような、痺れるような、正体の分からない匂いだ。
東洋の寺院を模した内装で、天井は高く、
柱に彫り込まれた奇妙な紋様が煙の中に浮かんでいる。
ちらほらと人影があった。盗賊を思わせる見た目の男たち。
フードを深く被った人物。鎧を着込んでいるが、
正規の騎士とは明らかに異なる装備の人間。
誰も、四人を積極的に見ようとしなかった。
受付には大柄な男が立っていた。
腕を組み、入ってきた四人を一瞥した。
「見ない顔だな」
「ああ」
レインが答えた。
「遠方から来たばかりだ。いい話はないか?」
男がカウンターの奥へ顎をしゃくった。
「あそこの掲示板を見な。
暗殺系に、窃盗系、薬の運搬、何でも好きなものを選べ」
「手っ取り早く稼ぎたい」
男がレインを上から下まで眺めた。
体格を見ている。戦闘能力を見積もっている。
「ふん」
男が口角を上げた。
「それなら地下の闘技場がおすすめだ。
人間も魔物も参加する、何でもありの殺し合いだ。
賭けをしてもいいし、自分が戦闘をしてもいい。
貴族も賭けに参加しているから、上手くいけば億万長者だぞ?」
一拍置いた。
「負けたら命はないがな」
レインは振り返り後ろの三人へ言った。
「どうする」
「やるっすよ」
ディックが即答した。
「私も入ります」
メリーが言った。
「聞くまでもないだろ」
リディアが剣の柄を叩いた。
レインは受付の男へ向き直った。
「参加する」
男が初めて笑みらしいものを浮かべた。
獲物を見る目だった。
「ついて来な」
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深淵の眼 地下
案内されたのは、建物の奥にある階段だった。
下へ続いている。
最初の踊り場を過ぎ、さらに下へ。
二つ目の踊り場を過ぎ、またさらに下へ。
松明の光が壁を照らしているが、
降りるほどにその間隔が広くなり、闇が深くなる。
湿った石の臭いが強くなり、それに混じって、鉄の匂いがした。
血の匂いだと、気づいた。
「思ったより深いっすね」
ディックが小声で呟いた。
「喋るな」
レインが低く言った。
階段がようやく終わった。
重い扉の前に出た。
扉の向こうから、くぐもった音が聞こえてくる。
歓声だ。大勢の人間が声を上げている音が、
石の壁を通して伝わってくる。
受付の男が扉に手をかけた。
「初めての参加者には説明しておく。ルールは一つだけだ」
振り返り、四人を見た。
「生き残れ」
扉が開いた。
光と音が、一気に押し寄せた。
広大な地下空間だった。
天井は高く、周囲を囲むように観客席が何段も積み重なっている。
人が埋まっていた。数百人はいる。
怒号、歓声、賭け声、笑い声が混ざり合い、空間全体が震えていた。
中央に、闘技場があった。
円形の闘技場の床は、石造りだ。だが所々に黒ずんだ染みがある。
新しいものも、古いものも。
今も、戦いが行われていた。
人間と、魔物だ。鎧を着た大柄な男が、犬に似た魔物と組み合っている。
観客が声を上げるたびに戦況が変わり、そのたびに賭け金が動く様子が伝わってくる。
レインは観客席を見渡した。
その一角に、それまでと異なる服装の人々が座っていた。
上等な生地の服。白い手袋。落ち着いた場所から闘技場を見下ろす、余裕のある姿勢。
貴族だ。専用の区画が設けられている。
そしてその区画の隅に、小さな台が置かれていた。
台の上に、瓶が並んでいる。青く光る液体を詰めた、小さな瓶。
マナポーションだ。
あるいは、偽造されたものか。
「見えるか」
レインがメリーへ低く言った。
「見えます」
メリーが正面を向いたまま答えた。
「貴族の区画に、それらしいものがある」
「近づく方法を考える必要がある」
ディックが言った。
「俺たちも戦わないといけないっすね。
新参者はいきなり貴族席に近づけないっすからね」
「ああ」
受付の男が、四人を闘技場の受付に案内する。
闘技場の参加種目がいくつかある。
- 人対人枠(人間同士の殺し合い)
- 人対魔物枠(人間と魔物との殺し合い)
- 魔物対魔物枠(魔物同士の殺し合い)
- 混合枠(人間・魔物との殺し合い)
4人は人対魔物枠でエントリーした。
その後控え室へ案内された。
そこには先客が数人いた。次の出番を待っている参加者たちだ。
誰も会話しない。各自が自分の武器を確認し、あるいは目を閉じている。
控え室の壁に、対戦表が貼り出されていた。
一番下に、新しく書き加えられた名前があった。
遠方からの旅人四名。
レインは対戦表から目を離し、闘技場の喧騒が漏れてくる扉を見た。
生き残れ、と男は言った。
それだけが、この場所のルールだ。




