protocol 10 : 真相 ーアイアンレッド魔導演習隔離区域
同刻 ギレーネの私室。
赤い絨毯の上に、白い壁。
午後の光が差し込む静かな部屋で、ギレーネは椅子に腰かけ、
優雅に紅茶のカップを持ち上げていた。
傍に控えるのは、黒髪の長髪を丁寧に束ねた長身のメイドだった。
目尻の泣きぼくろが印象的な、二十代の女性。
代々ブロンズ家に仕えるクローバー家の出、カレン・クローバー。
幼い頃からギレーネの傍にいる、数少ない人間の一人だ。
カレンが、少しためらってから口を開いた。
「ギレーネ様、一つ伺ってもよろしいでしょうか」
「かまわないわ。何かしら、カレン」
「なぜ、毎回、奴隷を集めてこのような催しを開催するのですか。
奴隷取引も、このような殺人ゲームも、王国では違法です。
露見すれば、どうなるか」
ギレーネはカップを静かに置いた。
「奴隷を集めた殺人ゲームは隠れ蓑。
真の目的は、この世界を支配する法則を暴くための実験よ」
「世界を支配する、法則?」
「あなた、魔法を使用するために最も必要なものは何かわかるかしら」
カレンが答える。
「才能や練度も必要ですが、なにより、
人の体内に存在するマナの量が一番重要かと」
「ええ、一般的にはそう考えられているわね」
ギレーネは窓の外へ視線を向けた。
「でも、実態は少し異なるのよ」
カレンが怪訝な表情を浮かべる。
「魔法の使用には、個人のマナ消費だけでなく、大気中のマナも消費するの」
「そのような話、聞いたことがありません」
「これは、極一部の貴族のみが知っている事実よ。
そして、大気中のマナも魔法の使用によって、
人を魔物化させるイビルマナに変化するわ」
「それでは、大気中のマナとイビルマナの濃度が逆転することは……」
「これまで、そのような現象は公式には確認されていない。
なぜなら、大気中のマナ量に応じて、
魔法の発動時に個人に要求されるマナ量が変動するからよ。
私たちはその変動分を、魔力手数料――マナマージンと呼んでいる」
カレンが眉をひそめる。
「同じ魔法を使用しても、個人が消費するマナ量が変化するなんて、
誰かが気付くのでは?」
「王国の法律で、ある一定レベル以上の魔法の使用は禁じられているでしょ?」
ギレーネが静かに言った。
「王族は、この事実を隠すために、無暗な魔法の使用を法律で禁じた」
「なぜ、そのようなことを」
「大気中のイビルマナ濃度が、マナ濃度を上回ったとき。
王族は、その先に何が起きるかを隠している」
ギレーネは紅茶のカップを再び手に取った。
「ヴァイオレットミラー湿地帯で、それが確認できたわ」
窓の外で、魔法の光が遠く散っていた。
笑い声が、風に混じって微かに届いている。
ギレーネの紫の瞳は、その光景を映しながら、どこか別の場所を見ていた。
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再び 森林。
「つまり、ヴァイオレットミラー湿地帯も今回の件も、
マナマージンの変動を観測するための実験だったということか」
レインが静かに言った。
「ああ、そうだ。ぐひひ。大気中のマナ量が極端に低下すると――」
ジョンがそこで言葉を切った。
同時に、足でレインの脚を蹴った。
「うっ」
「レイン!」
リディアが叫ぶ。
ジョンが体をひねり、肘をリディアの腹に叩き込んだ。
リディアがよろける。
「お前ら隙だらけだ」
「私が止めます!」
メリーが詠唱を始めた。魔法陣が形成されかける。
だが、発動しなかった。
ジョンが立ち上がり、足を引きずりながら後退した。
その顔に、じわりと笑みが浮かぶ。
「この周辺のマナマージンは、急激に増加した。
つまり、実質的に魔法の使用禁止領域になったということだ。
ぐひひ。残念だったな」
レインが魔導銃の引き金を引いた。弾は出なかった。
「バカめ。魔法を用いた、あらゆる攻撃は使用不能だ。ぐひひ」
ジョンが懐から取り出したのは、黒紫色の透明な結晶だった。
内側から何かが滲み出るように発光している。
「なんだ、あれ」
ディックが呟く。
「冥途の土産に、良いものを見せてやろう」
ジョンがそれを地面に落とし、杖で踏み砕いた。
結晶から黒紫色の霧が広がる。
「あの霧を吸うな」
レインが叫んだ。
「全員、口を塞げ」
霧はすぐに収まった。
「何も起こらない?」
ディックが周囲を見回す。
その直後。
周囲の空間が、紫色の光に包まれた。
木々が、草が、地面が、黒紫色のカビ状のものに次々と侵食されていった。
侵食は一本の木から隣へ、瞬く間に森全体へと広がっていく。
侵食された草木は脈動し、黒紫色に変色しながら形を歪め始めた。
根が動き、枝が曲がり、どこからともなく活発に蠢く触手が生まれていく。
森が、変わっていた。
生きているのではなく、何か別のものとして。
「これが」
ジョンが両腕を広げ、恍惚とした表情で言った。
「空間そのものの魔物化。ダンジョンの誕生だ。ぐひひ」
レインは銃を握ったまま、変容していく森を見渡した。
魔法が使えない。武器が使えない。
そして今、足元から森そのものが牙を剥き始めた。
触手が、シルビィへ向かっていった。
「させるか」
レインが腰の短刀を抜いた。
触手を断ち、シルビィの前に立つ。
触手が四方から迫り、ジョンが高笑いをし、森が変容を続けた。




